第13話 出迎え
「すっかりやられてしまいましたね」
砂の黄、植物の緑。かすかに漂う魔石の匂い。
人の活気が消えたことで、オアシスが持つ独特な雰囲気が色濃く表れるドレシア通りを、クリシスとモイラは歩く。
あちこち、まだ穴が空いた建物や、戦闘の跡が見える。
賑わっていた町がすっかり元気を無くし、ただ救助を求める住民が右往左往している。ちらほらと秩序を維持する兵士もいるが、誰の顔色も晴れない。
「ほんとうに大丈夫でしょうか」
列に並んで、治療を求める患者。
顔が真っ青の人もいれば、皮膚が爛れて、立つのがやっとの者もいる。医者らしき者たちがその場で薬剤を調合して手渡しているが、その成分の多くは魔石から錬成されたもので、要は魔力を頼りに自分でなんとかするということだ。
よくないと思いつつも、クリシスにとっては改めて魔法の凄みを感じてしまう光景だ。
「師匠、疫病はどうにかならないのでしょうか」
長い歳月を生きてきた不死者ならばなにか対策も知っていると思ってクリシスは聞いてみたが、モイラは首を横に振った。
「残念ながら無理だ。聖職者でもいれば話が違うだろうが、あいにくこんなところに教会はない。いたとしても異教徒に治癒を施さないだろう」
「そう、ですか」
モイラの視線を辿って、クリシスは振り返る。
そこには町の創始者リアン・トルヴィスの巨大な彫像が聳え立っていた。
神ではなく、故人を心の支えとする文化。確かに聖職者なら嫌悪感を抱くだろう。
「そもそもの話。あのアルキュミアですら手詰まりの状態だ。剣で生きてきたあたしらじゃどうにもならん。まずは自分でやるべきことをしましょう」
「……はい」
すこしためらって、うなずいて、クリシスはモイラのあとに続く。
現在二人は旧市街に向かっている途中である。ほかでもない、荷物を取り戻すためだ。
『誠意の印として、金貨2500枚、すぐにご用意いたしましょう』
アルキュミアはオルデンとの交渉のために、喜んで金貨を用意した。
といっても、たぶん、もし師匠が首を縦に振らなかったら、この話は出なかっただろうとクリシスは思った。
有意義なところにしかコストをかけない。
アルキュミアはまさしく商人の鏡とも言える人物だ。そのせいで、『結果を楽しみにしておりますわ』という応援も、さすがにクリシスも素直に喜べなかった。
「旧市街にしては秩序がありますね」
城門をくぐると、先日戦場となった大橋がクリシスの目に入る。
あちこち亀裂が入って、あるいは損傷を受けているが、未だ倒壊せず谷の両側をしっかり繋いでいる。都市と外界の架け橋に相応しい頑丈な作りだ。
クリシスはそこから旧市街を俯瞰する。
異形と鉄の蜘蛛が乱戦を繰り広げた住宅地は、無残な爪痕が刻まれていた。元々廃れた雰囲気を放っているが、倒壊して引きちぎられたせいで、人の気配がさらに遠のいていく。
――異形は、いつも徹底的に人間の痕跡を潰す。
「しっかし、異形の死体といい。アルキュミアのおもちゃといい。よくこんな短時間で片付けましたな」
あくまで無感動な口調で、モイラが指摘する。
クリシスにはまったく気づかなかったことだ。
三日は決して長いとは言えない時間だが、激戦区の旧市街には少なくとも何百ものの死体が残っていた。人間、金属体、異形。とくに図体の大きい贅肉型では運ぶだけでも一苦労するはずだ。いまは跡形もなく消え失せている。
「とにかく降り、……ん?」
旧市街を繋ぐ階段へモイラは率先して歩き出す。そこに立っている姿を目にして、眉を顰めた。
「どうやら客がきたようだな」
黒の制服を着込んだ金髪の女性は一度メガネを直して、ビシッと決めた。
「アクサス帝国〇〇魔装独立大隊のセリューと申します!前日はお世話になりました。クリシス殿」
掌を目まであげ、背筋もまっすぐ伸ばす。
軍人特有の口調で挨拶され、クリシスは一瞬懐かしくなった。
敬礼、でしょうか。西とはずいぶん違いますね。東では右腕を心臓にぶつけて敬礼するのが一般的だけど。
クリシスは剣に触れることこそ少なかったが、それでも勇者の家に育った身。とくにハルトマン領直属の部隊は西大陸においても精鋭中の精鋭。こういう堅苦しい雰囲気は逆に慣れている。
「師匠、どうしましょう」
「呼んでいるのは弟子ちゃんだ。あんたが決めなさい」
と当たり前のようにモイラは匙を投げるが、クリシスは半眼になる。
「ええと、セリュータイイ、でしょうか」
一步前に出て、とにかくクリシスは返事した。
「はっ、先日の一件で少しお時間を頂きたく、お誘い参った次第でございます。差し支えなければ、我々の駐屯地までご同行をお願いしたく存じます」
先日の一件とは、当然オルデンで交わした西の情報を提供することである。
その時のやり取りを思い出すとクリシスは頭痛がするが、当時ショウサという人物――キツネ顔でちょっとわざとらしく見えたが――クリシスに助け船を出した存在であった。
「ええ、もちろんです」
「感謝いたします」
クリシスとモイラが旧市街に訪れた一番の理由はオルデンにあるが、最初から東の部隊には寄るつもりだった。ただ、こうして迎えに来るとはさすがに思わなかったが。
とりあえず探す手間が省けたので、クリシスたちはセリューに付いて斜面を下る。
元々寂れて人気がない旧市街で瓦礫と化した区画が増えた。クリシスが町に訪れる前からあった廃墟と違い……戦闘に巻き込まれた場所はより徹底的に潰されている。見れば家具や衣類などが散乱して、突き出して、中には不器用に包んだ献花が置かれた建物もあった。
クリシスの心にぐっと何かが湧き上がり、しかし、「あるいは」という喩えを幾度心の何か往復した末結局虚しさが増すばかりで……考えたことを口にしなかった。
「こちらへどうぞ」
旧市街の北東。元々は行商が貨物整理をする区画は、大きなテントが林立している。
「おい、誰だこの二人」
「知らねぇよ。セリュー大尉が先導しているから客人だろう」
「いやまって、あの赤い髪、もしかしてこの前の……」
「なにっ!」
外見は西大陸とそっくりで、言葉も通じている。服装はやや違うが、やはり西と東はそう変わらないとクリシスは歩きながら思った。駐屯地で各処に武器が並んだり、物々しい雰囲気はあるが、昔兄のサルースに会いに行く時もだいたいこういう感じだ。
ただ、向けられる視線はややぎこちなく、目にする装備もどうもカラクリが多い。
セリュー大尉に誘われて、二人は中央の一番大きなテントに入った。
「西大陸の客人よ。ようこそ」
恐らく普段は作戦会議室として使われている場所だろう。壁には地図のようなものが貼ってあり、大きな机が幾つも並ぶ。奥に使い道のよく分からない精密機械らしき道具の山。
狐顔の士官は薄い笑みのまま立ち上がり、両手を広げた。
相変わらず制服を着込んでいるのにどこか不安定な気配を漂わせる男だとクリシスは思った。
「ちゃんとした挨拶は初めてだね。自分はウーイーと申します。階級は少佐、この〇〇魔装独立大隊の指揮官だ」
「クリシスと申します。先日は、」
「モイラだ」
クリシスは貴族式の対応で相槌を打とうとするが、モイラに睨まれて、口を閉じた。
『こういうのはアルキュミアぐらい計算できるようになってからしろ』
さり気なくモイラはクリシスに耳を打ちするが、当然ウーイー少佐の注意を引くことになる。
「おや、こちらの方は」
「私の師匠です」
「ほほ、これはこれは……まさかお師匠様まで来てくださったとは、光栄至極」
脱帽して、ウーイー少佐は頭を下げる。
一方、セリュー大尉はその後ろに控えた。まっすぐ先方を見据えて、先日クリシスが見た時と同じ、いかにも生真面目な軍人といった佇まいだ。
クリシスはショウサという階級がどれほどのものか知らない。が、指揮官であればそれなりに地位のある方だと思った。ぱっと見る限り、駐屯地には少なくとも百人以上の兵士はいる。西大陸では男爵以上の貴族だ。
「さぁ、どうかおかけになってください」
クリシスたちを席へ促しながら、ウーイー少佐は真ん中の位置に腰掛ける。
「さてと、ちょうど時間ですし、お二人も食事をご一緒にいかがですか」
時は正午、たしかに普通なら食事を取る時間帯だが、身体が常にある状態に戻され続けているクリシスにとって食事を取る行為はずいぶん昔のことである。だからごく自然な流れでクリシスはモイラを見た。
モイラの眉がピクピク跳ねる。
あっ、師匠……怒ってる。
とそれが分かったところで、何故こうなったかクリシスはいまいち理解できなかった。
「弟子ちゃんの安直さは重々承知したよ。ったく、よかろう。東の食事は久しぶりだしな。それに、おまえら東の人間は食卓で相談するのを好むのでしょう」
「ほほ、モイラ殿は東へ行かれたことがあるのか」
ウーイーは少し驚いたように言う。
「いや、任務で東出身の冒険者と一時ともにしただけだ」
「これは面白い。東にも好事家がいるもんだ。わざわざ西にいって冒険するとは。でもそれなら話がはやくて助かる」
手を組んで、ウーイー少佐は薄い笑みを浮かべる。
それはアルキュミアのような狡猾を内包する笑みではなく、しっかり訓練を積んだ軍人らしい顔つきだと、いまになってなぜかクリシスは思った。
「では単刀直入に伺わせてもらおう。クリシス殿との約束どおり、西の情報を教えていただきたい」
どこまでもまっすぐな眼差しで、ウーイー少佐は切り出す。




