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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第二部 英雄の逝く町にて
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第10話 魔装独立大隊

 警報。


 舌打ちと罵倒が飛び交い、金属がぶつかり合うキンカンと鈍い音が漣のように辺りに響き渡る。旧市街に駐留する異国の部隊はドレシアに到着してから数日羽を伸ばしたものの、精鋭部隊らしい的確かつ迅速な反応を見せている。地面を踏み抜かんばかりの重厚な振動が鳴り響き、さきほどまでテントや廃墟に籠っていた兵士は瞬く間に規定の位置につき、隊列を組んだ。


 ――所定の位置につくまで二分。三分の規定時刻よりはるかに短い時間である。


 砂漠に合わせて黄色に塗装したフルアーマーの表面、魔力回路が緑々しく光を放つ。対魔族用に開発された重装甲は使用者の神経と同調することによって常人離れの力量、機動性、持久性を発揮する。加えて、乗り手は全て死線を潜り抜けた精鋭のみ。肩部装甲にはメイン武装、ほかに各自各応戦用の汎用型装備。この場に集まる物々しい質量を擁する軍団――アクサス帝国第〇〇魔装独立大隊はまさしく東大陸最強戦力の一つだ。


 整列した兵士総勢316名の横を、指揮官――ウーイー少佐は一步一步踏みしめるように歩き、先頭に立つ。


「各隊、状況報告せよ!」

「魔装歩兵第一中隊、準備完了!」

「魔装歩兵第二中隊、いつでも出ます!」

「魔装猟兵隊中隊、外出中の偵察小隊以外、完了っす!」

「第〇〇魔装独立大隊、外部で待機中の部隊以外集合完了、ご指示を!」


 声を張り上げるセリュー大尉に目をやり、ウーイー少佐は全員に向けて敬礼。


 風を切る音がして、兵士全員が一斉に礼を返す。


「セリュー大尉、戦況を報告せよ」


「はっ、現在峡谷の入口付近にて、新型の異形が多数出現、ドレシアに進軍中の模様。ただ、現在確認済みのアルファ(贅肉型)ベータ(肢体型)ガンマ(関節型)デルタ(毒型)エプシロン(指揮官型)の五種のほかに、向かってくる異形には投擲性能が備わっている新しい個体も発見されております。暫定新型と呼ぶ。数は新型53、アルファ59、ベータが965体追随しており、さきほどドレシア城内に落下したベータも新型によって射出されたものと思われます。推測が正しければ、接敵するまでおよそあと十分!」


 ざわめきはない。全員の視線が一斉に長官に集まり、指示を待つ。


 しかし、表面上こそ冷静沈着なふりをしているが、当の指揮官本人も実は心中穏やかではなかった。


 いずれ遠距離型の異形も出てくると思ったが、まさかこんな砂漠のど真ん中で現れるとは。


 未知の敵と戦うとなれば情報不足で膨大な犠牲が出がちである。


 ウーイーはこんなところで部下に屍を晒したくない。アクサス帝国の名誉ある兵士たちは、こんな作戦で満足して逝くはずがなかった。


 それに……隊には死なれてしまうと厄介な人もいる。


 ウーイーは隣のセリュー大尉に目をやる。


 ほかの戦士に比べてやや小柄な彼女は大型武器を駆使するための重装甲ではなく、偵察部隊のような軽量化された特注品を着込んでいる。腰には切断を特化した長剣――鋸刃(チェーンソード)


 階級が大尉なだけに戦力としては申し分ないが……


 ったく、中将閣下はいったいなにをお考えで娘をこんな危険な大隊に異動したのか。


 まだ魔装甲冑が装備できればウーイーも少しぐらい援護できるが、歳を取るにつれ甲冑との神経同調が難しくなり、いまじゃすっかり指揮官ヅラになってしまった。


 おかげで、この場で唯一軍服のままなのはウーイーだけである。


「今回の戦闘は、我々の生還を最優先事項とする!」


 現在大隊が待機しているのは、堀としての機能が期待されている谷――旧市街の北東。


 元々は行商が貨物整理をする区画である。


 異形の目的がドレシアならば、一直線に大橋を渡ることだろうとウーイーは踏んだ。経験上異形の進軍の目的地は主に都市部が中心で、散らばる少人数の集落や部隊に関心を向けることは少ない。距離は五キロ弱。攻めて来る可能性は極めて低い。


「敵の数は前線ほど多くないが、新型との戦闘はなるべく避けたい。異形どもが仕掛けて来なければ、ひとまず岩壁を背に臨戦態勢で待機、新型の能力を観察したのち、改めて命令を通達する。以上!諸君の健闘を祈る。各自位置にかかれ!」


「はっ!」


 命令を受け、隊員たちは動き出す。


 先頭の重装歩兵は盾を構え、次に接近戦に特化した軽装歩兵。一番うしろの猟兵は各自の機動を活かすために散っていく。


 すると、喧騒の中からセリュー大尉が寄ってきて、敬礼した。


「少佐、進言の許可を頂きたい」


「許可する」


「はっ」


 ヘルメットをかぶっているせいで表情はよく見えないが、ウーイーはセリュー大尉が何を言おうとしているのか大方予想がつく。


「少佐、ここ数日ドレシアの防御工事を偵察してみたが、かなり脆弱だと思われます。兵士の練度は低く、そもそも数が少ない。この半年、ドレシアは砂漠の中心という地理的優位のおかげで異形の襲撃から免れたが、このような状態だと甚大な被害を受けることが予想される」


「つまり、ドレシアの守備を手伝うべき、と」


「はっ、今回上層部が我々に下した命令は、魔石鉱の運送ルートを確保することです。戦闘となれば都市の生産性に影響を及ぼします。とくに旧市街は魔石鉱の発掘機能を握っており、また城壁の外にあるため、一般住民の安全が確保されていません。対して、我々〇〇魔装独立大隊がもし参戦すれば、その被害を最小限に抑えることが出来ます。管理者のウリウス商会や、旧市街の実権を握ったオルデンにも恩を売ることができます。命令の執行にはプラスになるかと」


「なるほど……」


 唸る。


 ただ、ウーイーは別に進言に触発されたわけではなく、どう返答すべきなのか考えているだけだった。セリュー大尉はいつも上からの命令を最優先事項とした。それは別に間違ってはいない。むしろ軍人にとっては至極当然のことだ。


 しかし、ウーイーは指揮官で、さらに広い視野で物事を見る必要がある。


「大尉、いつどこで異形と遭遇するのが分からない状況において、重要な戦力を一時の同情に割く余裕はない。それが分からないきみではないだろう」


「はっ、理解しております。ただ、この町の防御工事はあんまりにも脆弱で、とても異形の猛攻に耐えられるものではないと判断して、進言したまでです」


「ドレシアは商人の町とは言え、侮ってはならん。でなければ、これほど裕福な資源を持つ場所、諸国が今日この日まで放置するはずがない。必ずなにかしらの手段を所有しているだろう」


 セリュー大尉は城壁のほうに向く。その視線を辿っていくと、城内から黒い煙が立ち上り、城壁に構えている守備兵が左往右往している光景が目に入った。統制が取れた様子がまったくない。帝国なら、間違いなく指揮官が首を刎ね飛ばされるだろう。


「あれで、ですか」


「そうだ。あれで、だ」


 それでも、ウーイーは力強く肯定する。


「了解しました」


 相変わらず起伏の少ない声で、セリュー大尉は一礼して踵を返す。真面目なだけに、疑問はするが、命令には背いたりしない。おかげでウーイーも辛辣な言葉を上官の娘に突きつけずに済む。


「敵影確認!」


 と、その時、偵察隊員が声を張り上げる。


「全員気を引き締めろ!」


 ウーイーは陣形を組んだ隊員に一喝して、望遠鏡を手に取る。


「なんだあれ」


 異形の不気味さには慣れたつもりだが、それでも思わず吐き気がした。


 豹のように素早くベータが先陣を切り駆け抜け、後ろから肉の山となるアルファがぬるぬる続く。それらはいい。ベータの口が喉まで裂けようと、アルファの巨大な胴体から腐臭が放たれよう、少なくとも生命体として原型を留めていた。


 しかし、一番後方。ベータに囲まれ、無数の肉を重ね合わせてできたような大虫は違う。


 身を翻しながら前方を追行し、視覚、聴覚、嗅覚を司る感覚器官がなく、代わりに無数の空洞が体表に満遍なく連なる。鼓動するたびに穴という穴から液体が吹き出し、肉の皺に垂れる。


「ああいうものと接近戦したくありませんわ……!」


 淡々とした口調でセリュー大尉は呟くが、後半のトーンがおかしかった。


 ウーイーはその視線を追う。すると大虫の一体が目に飛び込む。その体の丸っこい先端が割れた――重なった肉塊で気づかなかったが、そこには巨大な口があった。


「射程距離、推定十キロ以上!」


 偵察兵が叫ぶ。


 ウーイーは大虫が隣のベータ(肢体型)を呑み込んだところは見た。


 体が異様なほど膨らみ始めた大虫が蠢き、次の瞬間、一気に膨らんでそれが震えだす。


 ――四肢を屈め、丸まったベータがドレシアの上空に射出された。


 ウーイーは舌打ちを一つ。


 仲間を砲弾扱いとは。


 新型の射出速度、人間であれば瞬く間に千切れてしまうだろう。しかし、異形の強靭の肉体は耐えうる。そして理性がなければ死も恐れない。となれば……


「シールド展開!」


 ガン!

 ガン!ガン!

 ガン!ガン!ガン!


 背負った大きな十字架を、盾兵が地面に次々打ち込んでいく。重魔装の表面に流れた魔力が経路を通じてそれに伝わった途端、半透明のバリアがノイズとともに展開される。


 留まらぬ速度で撃ち込まれるベータ。砲弾として使われた異形は着弾の瞬間木っ端微塵に砕けて、辺りは異形の体液で青く染まる。


「医療兵!こっちだ!」


 的確な命令を下したものの、しかし風圧を撒き散らす衝撃はすべて吸収されず、跳弾が歩兵の数人を巻き込んで陣形の内部に炸裂した。


 乱れはしない。第〇〇魔装独立大隊の兵士は全員数多の死線を潜り抜けた猛者だ。動揺は恐怖を呼び、死へ近づいてしまうことを知っている。


 しかし兵士といえども全員こうも冷静でいられるわけではない。


 もし前線で、大規模の作戦でこの新型が出現したらたちまち崩壊を招いてしまうだろう。


 ウーイーは冷静に判断を下す。


 この情報、一刻も早く本国のほうに伝える必要がある。


「ん?」


 新型の砲撃はなお続くが、盾兵がシールドを展開してから明らかに火力が弱まって再びドレシアに集中した。


「少佐、どういたしましょう」


「待機だ」


 セリュー大尉は出撃を要請するが、ウーイーはたちまち却下した。


 異形は通常闇雲見るものすべてを喰い散らかす。こうして標的を変えたりする場合、ある一定の確率で戦術を組み立てるエプシロン(指揮官型)が存在する。いわば変異種に近いイメージのエプシロンは、外見でほかの異形とほぼ区別がつかないのが難点だ。ただ、帝国にとってその手の異形は非常に高い研究価値があり、前線ではどんな犠牲を払っても必ず生け捕りにするほどである。


 でもウーイーからみれば兵士を死なせるほどの価値があると思えない。それに……


「ドレシアの部隊がもう出動するぞ」


「なんですと……いつの間に」


 さっきまで混乱を極めた城壁の上、うじゃうじゃと数え切れないほどの六足歩行型の鉄塊が湧き出る。


「元々城壁の内部に設置してあるとしか思えないな……やはり、ドレシアの衛兵はあくまで治安維持のための存在か」


 唸って、ウーイーは観察を続ける。


 誰かが操縦している、ではない。円形の胴体自体は小型で、とても人間が入りきれるとは思えない。しかし、六本の足――刃に似た鋭い表面、無数の擬似神経が交錯し、中には血の赤が流れる。


 ――外部装甲で人体を強化する東と違い、義肢という領域に力を注いだドレシアだからこそなしえた凶器。それが群れを成して動き回る様は、人によっては異形と同じく禍々しく見えた。


 そして、その人造物の軍団が城壁から襲来する異形を俯瞰して……飛び降りた。


「籠城ではなく、自ら打って出るだと⁉」


「ふむ、自律型の兵器。なかなか興味深い。でもそうするしかないのも事実だ」


 新型による遠距離砲撃で、城壁に設置された大砲は悉く破壊されているのだ。


 大橋を駆け抜け、異形の先鋒――ベータが殺到する。一方、身を翻し、金属体は六本の足で着地。歪んだだけでびくともしない。恐らく接続部に緩衝材が仕込んであるのだろう。両者が交錯する一瞬、金属体は跳ねて飛び、ベータを四等分に切り刻む。が、後ろに続くもう一体のベータに噛み付かれて、右側の三本の足が引き抜かれる。ベータの口の内部には針形の牙が並び、加えてその咬合力は人の頭蓋骨をいとも簡単に噛み砕くほど強力である。対して金属体は足の切断力によって対抗する。


 生物と呼ぶのは憚られる両者は青と赤の液体を地面にぶちまけ、歪な死骸が積み重なっていく。


 この様子だと、城内に発射されたベータはもう処分されただろう。となれば問題は大型のアルファと新型だ。


 ウーイーは冷静に戦況を分析する。


 数において金属体は圧倒的有利だ。次々と飛び降りるにもかかわらず、壁上の影は一向に減らない。しかし、巨体を持つアルファといい勝負ができるとは思えない。


 アルファが大地を揺らして踏み進む。古樹並みに図太い胴体は金属体に切り刻まれ、体液が溢れるが物ともしない。金属体はサイズからして精々人間ぐらいの大きさしか持たない。その足となる鋭い凶器は、鈍ったアルファに致命傷を与えることはできなかった。


 ウーイーは城壁の上に設置された大砲に目をやる。全て狙い撃ちされて、もはや使い物にならない。遠距離攻撃を実現した新型は、今までの対異形戦術を根本から覆す恐れをもたらした。


「四時方向、峡谷から新たな異形確認!」


 偵察兵が叫ぶ。


ガンマ(関節型)です!数は三百前後!」


「フシーロ、ここから撃ってガンマだけこっちに誘導してくる可能性はあるか」


 山脈の向こうから現れるガンマ――岩壁を這ってくる異形を指して、ウーイーはダメ元で聞く。


 もし現在戦闘中の異形は厄介な存在ならば、ガンマは戦略的な脅威だ。


 城壁をものともせずよじ登る機動力、尾主要な攻撃手段としてリーチも柔軟。


 そして何より、ガンマは生物を呑み込んで巣を構築し、新たな異形を産み落とす。


 町が滅ぶのはいい。だが異形の糧になるのは駄目だ。


「無理っすよ少佐。エプシロンがいりゃ奴ら賢いっす。うまく誘導できるわけないっしょ」


「ふむ、ならアルファの頭を狙ってくれ。大型がくたばればドレシアの金属体も異形といい勝負ができるだろう」


「了解っす」


 キンと機械が摩擦する音がして、猟兵隊隊長――フシーロ大尉は武器棚から自身よりも長い銃器を手に取る。砂漠塗装の帝国製N17魔装ライフルは、甲冑とリンクすることでエネルギー推進の弾丸を射出する。全長3・57米、口径14・5ミリ。あまりにも巨大な威力で、事実上銃という名の砲であった。ただ、欠点として魔力の消耗が激しく、二発を撃っただけで魔力バッグを交換しなければならない。


「狙○一に通達、目標、アルファ。慎重に狙い定めるんっすよ」


「ちょっと待ってください!」


 やる気満々で部下に命令を下すフシーロ大尉を、セリュー大尉が止める。


「またなんっすか大尉!文句なら少佐にっ」


 元々犬猿の仲で、フシーロは不機嫌を隠しもせず口走る。


 しかしその不満は途中で遮られ、驚愕に変わった。


 ――旧市街を跨る大橋。


 無数の亀裂が生じ、城壁まで迫ろうとした数体のアルファが一瞬のうち木っ端微塵に消え去った。五キロも離れた陣地まで衝撃の余波が巻き起こされ、当然と言わんばかりに周りの金属体とベータも巻き込まれていく。


「十、十二時方向、戦場に突入した者がいます!」


 一瞬遅れての報告、恐らく偵察兵も目の前の状況を理解していないだろう。


「隊長、あの娘は」


「ああ、今朝オルデンで会った西から来た娘だな……まさか出てくるとは。名前は、クリシスと言ったな」


 赤い炎を纏った少女。


 素手で襲来する異形を殴り飛ばし、橋の向こうに陣列する新型へ突っ込んでいく。その動きはまさしく人外であった。


 アルファ一体と近接戦となった場合、〇〇独立魔装大隊の練度でも少なくとも三人以上の連携が必要だ。


 脂肪と贅肉の壁を、少女はたったの一蹴りで貫通し、脊椎骨を引き抜く。血と臓腑に塗れながら、襲ってくるベータの攻撃を目に留まらない速さで回避して、流れるように引き裂いていく。


 ある意味悲惨で、同時に不条理な美しさがあった。


「少佐、避け!」


 ウーイーの視界が突如暗転する。


 セリュー大尉の言葉が耳に入った直後爆音に支配され、気がつけば抱えられていた。


 轟音が地響きとともに脳内を揺さぶって、そのせいでウーイーの背中にズキズキと痛む――長く魔装甲冑を着込んだ後遺症だ。


「助かった、大尉」


「いえ、副官として当然のことです」


 すぐさま起きあがって、ウーイーは状況を確認する。


 さっき立っていた場所から落石が俄か雨のように降り注いでくる。隊員たちは独自の判断で陣形を立て直し、後方待機の重装兵がシールドを展開して防いでいる。


 もしセリュー大尉が咄嗟の判断でウーイーを安全地帯へ連れていなければ、今頃とっくに下敷きになっていただろう。


 まさに歳の差を実感させられるような状況だ。


 あと何歳か若ければウーイーも魔装甲冑を着こなせていたら、これぐらいの危険で部下の手を煩わせずに済む。しかし、指揮官が必要なのは戦闘力ではなく経験と分析ということぐらい、彼もまた弁えている。


 くそ、岩壁を崩落させて頭上を狙ってくるとは。指揮官タイプがいてこそ異形が取る戦法とはいえ、頭が良すぎる。地形を利用するぐらいの知恵があれば、人間とのコミュニケーションも取れるはずだ。いったいどうして……


 いや、そういうことなのか!


 頭上の岩壁、いまなお砲撃を浴び続けている場所にウーイーが目を凝らすと、朧げに蒸気が見えた。隣のセリュー大尉もハッと息を呑む。甲冑を装備しているなら、当然ウーイーよりはっきり見えているはずだ。


 ――少女、クリシスは新型の砲撃に直撃されて、ここまで吹っ飛ばされた。


「猟兵!援護しろ」


 砲弾となったベータが次々と新型により打ち込まれる。


 巨大な振動が間断なく響き渡り、半ば釘付けにされた形で少女は岩壁の奥に嵌め込まれていく。あちこち舞う石の破片が飛び交わし、その混乱から「無理っす、少佐!」というフシーロ大尉の苦々しい声が辛うじて騒音をくぐり抜けてウーイーの耳元に届く。


 くそ。


 正直の話、ウーイーもこれだけの砲撃を受けて少女がなお生きているとは思わなかった。それでも、せっかく手に入れた情報を失いたくない。西の戦況次第で上層部の戦略も大きく変わるはずだ。


 それに……


 このような力を持ちながら、あの場で少女は力ずくで荷物を取り戻そうとしなかった。


 ウーイーの知る限り、こういう人間はだいたい二種類しかない。


 単なる馬鹿か、あるいは……本物の善人だ。


 さらに岩壁を抉った鋭い一撃。今度こそ異形の砲撃が止んだ。


 朦々と舞う煙。


 大隊全員の視線が集まる中、ピシャリと、潰れた塊が重力に囚われ、地面に落ちる。


 砲弾として使われ、バラバラになった異形の死骸に混じって、赤が咲く。


 死。


 戦場では溢れかえるもの。


 無価値に、容赦もなく、時には鮮烈に。しかし、この場にいる歴戦の猛者たちは目の前の光景に囚われ、ほぼ全員が唖然となり動けなくなった。


 ゆらり、ゆらり、火炎が舞う。白いボディスーツに包まれた肉塊は見る見るうちに骨が形作って、ぐしゃぐしゃになった皮膚が再びツヤを取り戻す。


 ――気がつくと、少女がそこに立っていた。


 白さが混じる深紅の髪。何もかも吸い込むような白藍の瞳。女性として大きめなたわわに、細くて柔らかい肌。そんな深窓(しんそう)こそ相応しい容姿の持ち主がさっきまで異形と死闘を繰り返して肉塊となり、そして再び元の姿に戻った。


 少女は辺りを見回して、ボロボロになったマントを死骸から引っ張り出して、身に纏う。一步、また一步、無表情のまま魔装大隊のほうへ近づく。一部の兵士が武器を構えた。一部の兵士は伺うように指揮官を見る。ウーイーは何か命令を下すべきと思ったが、情報があまりにも不足しているせいで、考えがまとまらない。


 やがて、不安定な足取りで少女は立ち止まり、落石の中から無造作に、さっき負傷した歩兵が残したグレートソードを蹴り上げた。


「おい!それは、」


 それは帝国製S09魔装重剣。

 刃先には魔力で切断力を高める鋸刃(チェーンソード)、峰には複数の噴射装置(スラスター)。分厚いアルファの脂肪を断ち切ることができる、一瞬の力を爆発的増加する対大型魔獣専用武装である。しかし、これらの機能は甲冑と同調することにより初めて実現可能となる。


 もしチューニングなしで気軽く触れたら、たちまち内部に蓄えた魔力が暴走し、使い手の神経を焼き殺すだろう。


「なっ……殲滅モード(オーバーヒット)、ですと」


 セリュー大尉は呆けた声で呟く。


 少女は、細長い腕で、それも片手でグレートソードを掴み取った。その途端重剣に流れる緑の魔力が赤にすり替えられ、まるで生命が宿ったように暴れだす。オーバーヒット状態は、使用者が廃人になることを覚悟して発動する。一時的に武装の内部に装着したリミッターを解除し人外の力を手に入れるが……それ以前に、帝国に対するとてつもなく強い忠誠心が必要だ。


 異邦人で、甲冑も装備もなしで使える技ではない。


「ごめんなさい。少し、お借りします」


 鷹揚のない口調で、少女は頭を下げる。


 しかし、とっくにそんなことに気を取られている場合ではなかった。

「報告!ガンマと合流した異形はこちらに向けて進軍中!数は約半分に及びます!」


 ひゅぅぅぅう。


 風が裂く鋭い音。


 直後、鼓膜が殴られたような衝撃音が直近距離――少女が立っていた場所に炸裂した。


 飛び交う砕石と異形の臓腑、でも問題はそこではない。


 くそ、異形風情がこんな高度な弾道計算ができるのか。


 ウーイーは予想が悉く裏切られたことにさらに舌打ちする。


 わずか三キロの距離を、高度を調整して盾兵の防御を潜り抜けて狙い撃ちできるのはもはや手強いというレベルを通り過ぎている。


 ウーイーは即座に戦況を確かめる。


 アルファとベータを先頭に、後ろにガンマが橋を下って建築を破壊しながら接近している。元々どんよりした気配が漂う場所は、あらゆるものが無惨に破壊された痕と化す。


「重装兵、引き続き防御を徹底しろ。歩兵と猟兵はアルファが近づくまでできるだけ数を減らせ。歩兵はギリギリ惹きつけてからぶっ殺す!」


「異形、進軍方向転換!」


「なに、」


 ウーイーが指示を飛ばしてからすぐ、戦況がまたしても変化した。


 猟兵が発射する弾丸で被害を受けたのも意に介さず、新しく攻勢に加わったガンマ(関節型)が一斉に岩壁へしがみついて登り始める。対してアルファ(贅肉型)ベータ(肢体型)は再びドレシアから湧き出る金属体との乱戦に突入した。


「少佐、あそこを」


 異形の砲撃が続く。


 しかし狙う場所は再び岩壁に戻り、そこに――ほぼ垂直に等しい斜面を駆ける少女がいた。放物線を描く新型の砲撃を、手に持ったグレートソードで流し、切り裂き、また皮一枚で躱す。その速度は衰えるところが、むしろさらにましていく。


 どうやらエプシロン(指揮官タイプ)はドレシアを攻め落とすよりも彼女を始末することを優先したようだ。戦力の半分も割って一人の人間に当たるとは……それだけ彼女が脅威なのか、それとも異形にとって祝福を持った人間はいかなる場合でも最優先対処目標なのか。


 ウーイーには分からない。


 でも少女がまっすぐ新型へ向かっているのは事実であり、敵を後方の火力部隊に近づかせない異形の判断もまた正しい。合流したガンマは鋭い関節で出来た足で岩壁によじ登っていく。本来なら防御工事の天敵ともなりうる異形が、いまはたった一人に対処するためうじゃうじゃと動き出す。赤い火炎を纏った少女は凄まじい速度で駆ける。が、先回りされて、直にガンマと遭遇する。


 さて、どう対処するだろう。クリシスとやら。


 ゴン!


 後方に鈍い音が炸裂して、ウーイーは思わず眉をひそめた。続いて各処から緑の光が点滅し、少女の進路を阻むガンマが吹っ飛ばされていく。


「少佐、今度は援護できたっす!」


「ふむ……まぁいい。よくやった」


 少女があれだけ潰されても死なないから、ウーイーはもう少し観察したかった。しかし猟兵隊は偵察の任務を含め独自判断する権限を与えられている。加えて、少女を援護したい気持ちはウーイーにもなくはない。状況が刻一刻と変化していく中、その流れを逆らって効率を悪くするような真似をウーイーはしない。


 通信設備が整っていない砂漠の地では、手で合図をするのが基本だ。ウーイーはあちこちに散らばっている狙撃小隊に「移動してから構え直す、再射撃」の合図を送る。一発だけで位置が特定されてしまうとは考えにくいが、慎重を期すのに越したことはない。


 その時、無数のガンマに囲まれ、行く道を塞がれた少女は両手でグレートソードを握りしめ、潰された肉塊を踏み台に跳躍する。


「異形の本陣に突入します!」


「馬鹿な!」


 後ろに追ってくる異形はたしかにまいたが、容易く身動きできない上空ではいい的だ。


 肉眼でも識別できるような赤が宙を舞い、少女は手にした武装で跳ねてくるガンマを両断する。


 ――それでも、射出された砲弾の速度には及ばない。


 足が飛んだ。少女は残った両腕で頭を庇ったが、瞬時に潰されて、ありえない方向へ曲がっていく。しかし、華奢な体が不完全になるにつれその身に纏った炎が燃え盛り、最後は上空を覆うほどまで膨らみ、浸透していった――砲弾に使った異形を、近づく前に溶かすほどの熱量がそのまま地面に直撃する。


「くっっ!」


 熱風はありとあらゆる角度から襲来する。盾兵隊のシールドで辛うじて真正面の衝撃を防いだものの、一瞬溶岩に放り込まれたような灼熱がウーイーの身を襲う。耳鳴りがひどい。全身にノイズがかかっているようで、頭だけが澄んではっきりしている。こんな感覚に囚われたのは、ウーイーにとっては魔装甲冑が暴走して、神経が損傷した時以来だ。


「……ぎょう、て……をか…ししま……た!」


 聴覚がうまく働かない。ウーイーが無理やり目をあけると、ぼんやりとした視界に、本来黄色を基調とした世界はなぜか赤く染まっている。


「少サ!ご無……ですか」


 それがセリュー大尉の切羽詰った顔だとわかった途端、ウーイーは即座に体に鞭を打つ。


「状況は」


「はっ、異形どもは撤退をはじめました」


「……」


 重傷を負って動けなくなったベータ。爆風に吹っ飛ばされてから重力に囚われたガンマ。こういう息をしているのはまだマシなほうだ。本来新型が群がっていた区域――峡谷の出口となる平坦地帯にひときわ大きな爪痕が残されて、黒焦げた色が砂漠の地に爛れる。異形の殆どが凄まじい熱量で消し炭にされ、肝心な新型は一箇所に集まっているせいで、当然のように跡形もなく消え失せた。


 西から訪れた少女はボロボロになったグレートソードを地面に挿して、体重を任せている。その視線の先、異形がなお金属体と交戦中の仲間を切り捨て、のうのうと来た方向へ逃げている。


 ウーイーは少女の後ろ姿を見つめる。


 ポニーテールにまとめた赤い髪が解け、風に任せて靡いている。神から与えられた祝福はどんなものなのかウーイーには知る由もないが、きっとひどく消耗しただろうと思った。


 心なしか、赤髪に交じった白も多くなった気がする。


エプシロン(指揮官型)を仕留め損なったのですね。追いかけましょうか」


 セリュー大尉が至極真っ当な提案を口にした。


 異形は基本的に本能のまま――人間を滅ぼすという原理で行動する。どんな劣勢に陥っても逃げることはないし、必ず最後まで人間の血を貪るために動く。これは多くの調査により得られた結果だ。そして、組織的な行動、とくに戦略的撤退という選択をする時、必ずどこかに指揮官タイプが存在する。


 もはや確定事項だ。


「いや、深追いは禁物だ」


 ウーイーはあくまで慎重に物事を進めることにした。


 それに、いま異形を撃退したらいろんな意味で都合が悪い。


「ただ、偵察隊を何人か行かせろ。これぐらい集まっていれば巣はどこかにあるはずだ。突き止めて損はない」


「はっ!了解しました。では残った異形はいかに?」


「猟兵隊に任せる。遠距離でアルファだけを始末すればいい。ベータはドレシアの金属体がなんとかしてくれるだろう。新型がいなければ猟兵たちを危険に晒すことはない。簡単な仕事だ」


 戦いはなお続行する。


 ドレシアの城壁外で、谷の上に架けた大橋の上で、巻き込まれた旧市街の廃墟で。


 しかし、ウーイーの心はどうしようもなく少女に囚われていく。


 一人で独立大隊規模さえ凌駕するほどの戦闘力……


 これが、魔王さえも倒しうる西大陸の祝福。


 それは、羨望よりもずっと深い傾倒だった。


挿絵(By みてみん)

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