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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第二部 英雄の逝く町にて
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第9話 案内【イラスト:肢体型】

『もしモイラさんに引き受けていただければ、ベーゼという方が使っていた義肢の情報はもちろん、クリシスくんが必要とする金貨二千五百枚も立て替えいたしましょう。ミゲルくんは、そうですね。とりあえずクリシスくんにドレシアを案内してみてください。報酬はいつも通り借金から引かせていただきますわ』


 ドレシア・商業区・セントラル通り。


 さっきのアルキュミアの言葉を思い出し、クリシスは頭を押さえる。


 隣、フードを羽織った青年はバツが悪そうに顔をそらし、明後日のほうを見ている。


 ほんとうに、偶然にしては出来すぎていますよね、これ。


 二人とも敢えてオルデンでの出来事に触れないようにしているが、空気は当然ながら気まずい。


「では、まずはどこに行けばいいんでしょうか。案内人さん」


 クリシスはなんとか眩しい笑顔を作ったが、返ってきたのはため息である。


「はぁ……それはこっちのセリフだよ。クリシスお嬢さん」


「初めてこの町に来た人に言われても返事に困るんですけれど」


 クリシスは半眼で睨み返す。


「じゃうちにこないか。こっちはもう何日もろくに寝てないんで、さっさと帰って睡眠を補充したいところだよ」


 言いながら、ミゲルは大きくあくびをしてみせた。


「それ、案内ではなくて仕事放棄でしょう」


「あ~じゃ決まりね。うちへレッツゴーだ。さすが西から来た依頼主、感激だわ」


 ミゲルはあるき出す。


 咄嗟の反応でクリシスは服を掴もうとするが、なんと軽く身を翻されて、避けられた。


 この男、本気で帰ろうとしている。というか旧市街で捕まえられたのはやはり私を騙すための演技ね!


 いろいろ複雑な気分になるものの、しかしクリシスはミゲルから聞きたいことはやまほどある。偶然だろうと、そうではなかろうと、再び出会ってしまった以上は付き合ってもらわないと思った。


 師匠にも追い出されてしまったし……


『そうだな。様子からして、弟子ちゃんはもう少しこの町を知ったほうが良さそうだ。しばらくこの男に一緒にいてもらいましょう』


 アルキュミアの提案に、モイラも二つ返事で同意した。


 これからいったいどうなるのやら……


 クリシスは心の中で頭を抱える。


 当面の目標は一応荷物を取り返すことだが、今すぐオルデンに殴り込んで荷物を回収するという選択肢を拒否した以上、必要なのは金貨五千枚という代価。


 中の半分は一応の東の客人が払ってくれることになってはいるが、問題は残り半分――モイラに町に残ってほしいという条件だ。


 クリシスはこの町を守りたいと思うが、その判断は結局師匠の判断に委ねるだろうと理解している。なにぶん、自分はまだ未熟なのだ。


 それに、本音を言うと、一人で東大陸へ行って目標を完遂する自信なんて、ない。


「ちょっと待ってください!」


 人の雑多に踏み入ろうとするミゲルを、クリシスは急いで追う。


 鉱石の鑑定、義肢の整備などドレシアならではの店舗が並び、あちこち肉類、野菜のような普通の市場の風景もある。人魔戦争のせいで客がめっきり減ってしまったと言われているが、それでも普通の町が比肩するような場所ではなかった。


「ミゲルさん、見たところオルデンでは相当地位があるのに、どうしてなんでも屋をしているのですか」


 クリシスが下から覗くように尋ねるが、ミゲルは目にすらくれなかった。


「プライバシーに関わるので、回答を拒否する」


「……そうですか」


 クリシスは考える。


 どうすればいいだろう、と。


 そもそも、なぜそこまで突き放されているのか分からない。


 怒るとしたらむしろ自分が怒る立場なのに。


 かといって一度断られた手前何を言えばいいかわからず、結局黙り込んだ。


「はぁ……」


 ミゲルはため息をつく。

「あんた。もう少し話術とか勉強したほうが良さそうだぞ」


「はい?」


「つまり、そんな顔をするな。こっちが悪者みたいじゃないか」


 ミゲルはさらにため息を追加する。


 そして右腕を掲げてクリシスに見せた。


「こいつのせいだ」


「義肢、ですか」


 捲り上げた袖から、人間の肌と程遠い金属の光沢が現れる。


 クリシスがこれを見るのは二度目だ。


 アルキュミアに直してもらった義肢。


 全体的に鉄に近い色合いだが、表面には術式らしきもの――細いチューブが交錯し、中には淡い緑がゆっくりと流れる。


「いまはなんでも屋をやってるが、昔ではオルデンでほかのヤツじゃ手に負えない仕事をやってきたんだ。で、ある仕事をしくじったせいで、瀕死の重症を負ってしまった」


「その時助けたのがウリウス会長、ですか?」


「お察しの通り。助けてくれたのはありがたいが、状況からして助けるにはこの腕をつける以外方法はなかったらしい。まぁ、おれを組織から剥ぎ取る言い訳みたいなもんかもしれないが。でも義肢はたくさん見たが、こんな高度なもんは初めてだ。一応命を助けてくれたんで、条件を呑むほかなかった」


 ミゲルは小さなため息をつく。


 目の下にできたクマは死にそうな顔と相まみえて、ある種の悲惨さえ覚えてしまう。


「とにかく、いまはご覧の通り、借金を返すためにほぼ毎日こき使われている始末だ。本音を言うと、一日でもいいから、ゆっくり休みたいもんだぜ」


「ええと、その借金ってどのぐらいの額になりますの?」


「金貨五千枚だ」


「あっ、なるほど」


 だからデミカスも金貨五千枚という条件を出したんだと、ふっと理解した。


 クリシスが半眼になる。


 いつの間にか自分はこの町のトラブルに巻き込まれていたことに、少女はようやく気づいた。


「でも、お高いとはいえ出せない額じゃないですよね。旧市街を支配しているオルデンなら」


「まぁな、しかし組織にそんな迷惑をかけられん。旧市街では金貨一枚で命をかける奴がごろごろいるんだ。それに……一応命を助けてくれたからな、あの女は。そこまで恩義知らずではないよ」


 頭を掻いて、ミゲルはため息一つ。

「恩を受ければ、返すのが人情だ。小さい頃からボスにはそう言われてきた」


「あの爺さんがそんなことを」


『しかし嬢ちゃん、人間ってのは善悪で区別できるほど単純な生き物じゃねぇぞ。いい人だって悪いことをするし、悪い人もたまには良いことをする。みな灰色だ』


 突如頭の中に男の言葉が過り、クリシスは唇を噛む。


「で、あんたはどうなの」


「あんたではありませんわ。クリシスです」


 よくない記憶のせいでクリシスの口調は一瞬尖る。しかしミゲルは気にすることもなく「はいはい、クリシスね」と適当に返事した。


「んじゃ、クリシス。どうしてこんな時期にドレシアに来たんだ。祝福を受けるぐらい信仰心が強いなら、今頃教会の指揮下で魔族と戦っているはずだろう」


 祝福は信仰心と関係なく、そもそも『炎』は祝福より呪いに近い能力で、私からしたらいい迷惑だ。


 など、反論したいことがいっぱい出てくるが、クリシスはひとまず堪えた。


 これはオルデンで一度聞かれて、返答を拒否した質問だ。


 おれは話した。今度はおまえの番だ。


 ミゲルがそういう顔をしている。


「ある男が勇者の聖遺物を奪って、戦場をかき回しています。本来なら勇者は既に魔王のところまで旅立ったはずだけれど……いまはできなくなってしまいました。ただ、その男は両手両足ともに義肢をつけているから、ドレシアに来ればなにかの情報を掴めるかもしれない。必要があれば東まで行くようにとの命令を受けました」


 あながち嘘ではない嘘(さっき商会で師匠に釘を刺された言い方)を若干棒読み口調でクリシスが言う。


 ――いわゆる、情報を省いた真実というものだ。


 無論クリシスはひっかかってうまく言えないが、ミゲルはバツの悪そうな顔になった。


「もしかしておれ結構やばいことをしたかな」


「かもしれませんわね」


 クリシスは肯定も否定もしない。すると「ったく」とミゲルはため息を吐く。


「大したもんだな。おまえも、あの勇者の武器を奪った野郎も。でも、東から旅立って随分時間が経つんだろう。ほんとうに大丈夫か。もしかして戦争はすでに終盤まで来ているかもしれんぞ」


「その可能性についてないとは言えませんが、極めて低いと思います。歴史を鑑みれば、魔族が第一次防衛戦が突破されて、一年以内に終結できた人魔戦争はほぼありません。殆どの場合は泥沼状態に陥ってしまいました。とくに今度の敵はある意味魔族ですらありませんから……私としては、むしろ第二次防衛戦が突破されていないかとても心配です。はやくあの男を探し出して、聖遺物をおに、勇者様のところに届けたい」


 危うく口を滑らすところを、クリシスはなんとか踏みとどまった。


 疑われたりしないよね……


 恐る恐るクリシスは隣を見るが、なんとミゲルの姿がなかった。


 逃げた⁉


 一瞬のうち羞恥混じりの怒りが湧き上がって、クリシスは慌てて人の雑踏から窶れ顔の青年を探す。


 しかし振り返ると、ミゲルはなんと隠れもせず佇んでいた。


 ――ただ、その視線は宙に向いて、ぼんやりと空を眺めている。


「おい、なんだあれは!」


 野太い男の声がした。


 セントラル通りの喧騒の中でよく響いて、それで周囲の視線が一斉に彼の指差すほうに向く。


 岩壁に囲まれた空は澄んで青く、雲ひとつない。


 なのに、無数の黒い粒が放物線を描いて、降り注いでくる。


 クリシスにぞっと悪寒が走った。


 見間違うはずがなかった。

 あれは……ちゃんと質量を持っていて、大型犬の大きさを備えている醜い肉塊。


 ギイ――と、甲高い悲鳴が鋭く耳の奥を抉って、続いて空全体を覆うような大音量が炸裂する。さっきまで賑わっていた大通りが一瞬にして静まり返って、その奇声に支配される。


「なんでだ。そんなはずが……」


 ミゲルは呆けた顔で、動揺か、一步後ずさる。


「っつ!」


 クリシスは駆け出す。


 武器さえ持たないまま、屋上に躍り出てまっすぐ城壁の向こう側へ走る。


 おそらくこの場の誰より彼女は分かっているだろう。


 直にくる地獄が、はたして何を意味しているのか。

挿絵(By みてみん)

肢体型

イラスト:CTZ

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