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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第一部 ハルトマン領陥落
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第3話 通路

「ったくよ、無茶をしやがって」


 薄暗いトンネルに、おじさんは少女を背負う。


 二本の剣を腰に下げ、少女が掴む松明の光を頼りに、一歩ずつ。


 この体勢は既に一時間以上続いていた。


「靴も履かないで山道を走るなんざ、嬢ちゃんもたいしたもんだよ。並大抵のお嬢様ができる芸当じゃねぇぞ」


「それ、褒めているのかしら」


「ハハッ、もちろん嫌味だよ」


 普通の人間なら体力が尽きてヘトヘトになるところだが、ベーゼは平気な顔をしてオヤジ臭い文句を垂らす。


 一方、むしろ背中のクリシスがいたたまれない面持ちであった。


 我を忘れて走ったのはいいものの、肌足で山道を踏み抜いていれば、血だらけになるのは当然だった。


 無論、こんな愚行のために使う治癒のスクロールはなく、包帯で簡単な手当をして、マント一枚姿の少女はみすぼらしい冒険者の背中に乗ることになった。


「にしても、ハルトマン家もさすが勇者を輩出する家系だな。まさかこんだけ長い隠し通路をつくるとは。城塞からさっきの山、少なくとも十キロはくだらねぇだろう」


「これは……こういう時のためのものですから」


 やや俯いて、クリシスは呟く。


 脳裏にあの真っ赤な光景がよみがえって、いつもの癖で、自分の不甲斐なさを嘆きたい気持ちに囚われた。


 もしベーゼの助けがなければ、クリシスはすでに焼き払われた森の一部となっただろう。にもかかわらず、無理夢中で走ったせいで、さらに迷惑をかけることになった。


「ベーゼさん、ほんとうにありがとうございます」


 せめて感情を言葉にして、クリシスはもう一度感謝を口にした。


「ああ、要塞に連れ戻すことか。何度も言っただろう。別にいいぞ、こうして……っと」


 一度止まって、ベーゼはクリシスが落ちないように軽く体勢を調整する。


「背中で年頃の小娘の温もりを楽しめたわけだし」


 ヘラヘラと、ベーゼは不真面目な表情を崩さない。

 

 ただ、それがかえってクリシスの顔を曇らせることになった。


「…………もういいですよ。わざわざ嫌われるような言い方をしなくても」


「ん?」


「ベーゼさん、こうして不謹慎なことを言って私の気を紛らそうとしているでしょう。それぐい分かっています。目から熱意をひとかけらも感じませんから」


 クリシスは思い出す。


 舞踏会に招待された時、殿方から伝わるあの舐めるような視線。


 対してベーゼは最初から冷静なままだった。


 冒険者の職業柄か、むしろ終始何かを警戒しているような雰囲気さえあった。


「それに、変に気を使われたりしないのも助かりました。私、可哀想な目で見られるの、あまり好きではありませんから」


「なるほど、つまりオレは口だけが悪いおじさんだという認識になったかな」


 どこか自分とは無関係のように、ベーゼは笑う。


「しっかしよ。嬢ちゃん、人間ってのは善悪で区別できるほど単純な生き物じゃねぇぞ。いい人だって悪いことをするし、悪い人もたまには良いことをする。みな灰色だ。例えば……そうだな。きみを助けたこのおじさん。実は現在進行系でとてつもない良からぬことを企んでいるとか」


 はーと、クリシスは短いため息をつく。


 この男、よほど女の子をからかうのが好きらしい。


 何なら合わせてみようと考えた。


「もし許可をとりたいのなら無駄ですよ。私も年頃の乙女です。おじさんが二十歳ほど若返ったら考えてあげてもいいですけど?」


「ハハハ、それは残念」


 言葉と裏腹に、ベーゼは無遠慮に笑う。


 まるでこれから向かう先は異形に籠城を強いられた城塞ではなく、任務帰りの冒険者が集う酒場のようだ。


「でもさ、嬢ちゃん。もう一度言っとくが。術式に入らせてもらうぜ」


「いいえ、そういうわけにはいきません」


 暗闇に包まれたトンネルの先は、緑の色彩が波を打つ。


 ――最終防衛術式。


 この中に入るとどんな意味を持つのか、さすがのクリシスも分かっている。


「さきほども説明したように、最終防衛術式は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です。魔力源が確保できるよう、人間が一度入ったら術者の合意がなければ解除することはできません。まさに背水の陣です。ハルトマン家の血を引く私には戻る責任があっても、ベーゼさんはありませんから。最悪、餓死か術式が崩壊して魔物の餌です」


 クリシスとしては術式の前まで届けてくれればいいのだが、ベーゼはなかなか引き下がらない。


 おかげでこのやり取りは既に十何回も繰り返されていた。


「ふむ、どうも嬢ちゃんは何か勘違いしているようだな。おじさんも別に正義感なんかで付き合ってるわけじゃねぇんぞ。そうだな……そういや、嬢ちゃんは特級冒険者にどういう認識をもっているんだい?」


「どういう認識、ですか。正直、ベーゼさんと出会うまでは遠目でしか冒険者の方々を見かけたことがありませんでしたので、よく知りません」


 過去のことを思い返しながら、クリシスは言葉を選ぶ。


「ただ、兄によると勇者の仲間は時々特級冒険者から選び出すぐらいですから、人類の支え、とでも言うべきでしょうか」


「ハハ、はたから見れば確かにそうなるかもね」


 ベーゼは仕方なさそうに肩を竦める。


「嬢ちゃん、特級冒険者ってのはな、オレに言わせてみれば、さっきの地獄で平気な顔をして歩いて、そして()()をもらう奴を言うんだよ」


 思いがけない、でもある意味では当たり前の言葉に、クリシスの目はわずかに見開く。


「報酬、ですか」


「そうさ。冒険者なんざ聞こえこそいいが、ぶっちゃけ無頼漢の集まりだ。技術があって信仰心がなく教会には入れない。かといって兵士になっても大した稼ぎにならん。そういう組織に属せないけど夢だけ大きい連中が、冒険者だ」


「そんな……」


『強者が弱者を助けるのは義務であり、損得勘定にしてはいけないものだ』


 物心がついて以来、クリシスはずっとそういう教育を受けてきた。


 ーー正しさを貫くまえに、人間は生きる必要がある。


 生まれて十六年、彼女はそんなこと一度も考えたことがなかった。


「なら、わざわざ治癒のスクロールをまで使って私を助けたのも報酬のためですか」


「いや、じつは最初嬢ちゃんだと知らなかったんだ。ただ遠目でナイスボディーのお姉ちゃんが爆風に直撃されたから、こりゃ助けたらもしかすると何かハッピーな展開があるんじゃねぇ、的な期待をしてたんだよ」


 クリシスが半眼になる。


 さきほどの衝撃を返してほしいと言わんばかりの目だ。


「もし男だったら助けませんでしたか」


「ナイスボディーじゃなかったら助けなかった」


「知性ある人間として最低な行為ですね」


「ハハハ、でも結果的にはよかっただろう。少しでも遅れたら嬢ちゃんは消し炭だ。これじゃ依頼も不成立。わざわざ手紙を辿ってこんな遠いところまで来た意味が分からん」


 なるほどと、クリシスはため息とともに肩を落とす。


「だからベーゼさんは一度城内に入って報酬を受取りたい、と」


「それもある。が、あれだ。手紙に書いたおまえを弟子にする話。いったいどういう意味かさっぱりわからん。勇者の家系がオレなんざに頼むのも変な話だろう?それで伯爵様に話してみようって算段だ」


「私は嫌ですよ。むしろ断固反対です」


 珍しく、クリシスは頭よりもさきに口が動いてしまった。


 でも言ってよかったと、不思議なぐらい後悔の念がこみ上げてこない。


「ハハッ、奇遇だな。オレもおまえみたいな小娘を弟子にする気は毛頭もないわ」


 それはそれでちょっと苛立ってしまうけど……。


 そんな不満を心でつぶやくと、突如クリシスの前に何かが飛んでくる。


 右手には松明をもっているため、慌てて空いた左手で受け止めたが、そのせいで危うくベーゼの背中から落ちそうになった。


「び、びっくりしました」


 クリシスが手のひらを開いてみると、なんとどろどろの液体が詰め込んである小瓶だった。


「薬だ。治癒のスクロールほどではないが、足裏に塗れば痛みはだいぶやわらぐ。冒険者用のヤツでね。負傷してからすぐ戦えるよう、若干の麻痺効果もある」


 一瞬あまりにも多くの感情がこみ上げたせいで、クリシスの顔が面白いことになる。


「おっとと、こりゃどうしてはやく出さないのかと聞きたいんだな。分かる分かる。おじさんには分かるぞ。でもな嬢ちゃん。痛みの伴わない教訓なんて無いと同然だろう?これは教育も含めてのことだ」


 息を吸って吐き出し、クリシスはなんとか気を確かに持とうとする。


 男に振り回されてついかっとなってしまったが、そもそも足が怪我したのは自分のせいで、こうして面倒を見てくれること自体申し訳ないのだ。


「あと、うら若き乙女とのスキンシップも満喫したい、という目的も兼ねているでしょう」


 一応反撃のつもりで嫌味っぽく返したけど、ヘラヘラ笑うベーゼは「全部お見通しか」と誤魔化そうともしない。


 結局、クリシスは大きくため息をつくほかなかった。

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