第2話 戦端【イラスト:関節型】
最初に異変に勘付いたのは、北に位置する小国グラシエだった。
ある吹雪の夜、町の守備は任務で国境付近の山道で待ち伏せしていた。
一応、密入国者を捉えるためだ。
魔道具、魔物の卵、教会に禁忌と定められた東諸国のカラクリ。
ここから抜けて西大陸に流れる規制品は数多くあり――五回待ち伏せば三回は捕まる。
それぐらい高い確率で、悪徳の商人は税関を逃れるためにこの道を使っていた。
――どんな輩が来ようと厳しく取り締まる。
そういう考えは最初から守備隊員の頭にはない。
上からの命令とはいえ、誰だってこんな大雪の中で戦いたくないのだ。
用意周到な商人から小金をもらったり、適当に荷物を押収したりして、さっさと帰るのがいつものことだ。
真面目に任務を執行したところで、結局お金は上官の懐に入る始末。
辺境の小国で、すき好んで忠義を貫く騎士様はいなかった。
しかし、その夜、小隊三十人のうち半数以上も戦死した。
守備軍は利益損得を考えず、本来の職務を全うしたのだ。
獣の毛皮にきつく身を包む人の形をしたもの、しかし隙間から確かに覗く黒い肌。
山道を通過しようとしたのは人間ではなく異端――魔王を神として祭り崇める魔族だった。
生き残ったのはほんの僥倖だと、守備隊員の一人が告げた。
魔族は人間を食料と見なしている。
会えば殺すか殺されるかの二択だ。
ただ当日、遭遇した魔の数こそ多いが、その殆どが戦闘力の欠如した雌と幼体であった。
もし、彼らの上官がもう少しまともな人間であれば……あるいは、こっそり上官から魔族を買い取った奴隷商人が魔族語に堪能であれば、まったく違う結末を迎えたかもしれない。
――二日後、クラシエが陥落した。
檻に閉じ込められ、裸に剥かれた魔族の少女は震え続けていた。
それは囚われた恐怖ではなく、背後からの殺意によるもの。
曰く、魔王が復活した。
曰く、魔王が生なるものを見境なく殺す。
曰く、魔王が魂を失せた肉片を使い、おぞましい傀儡の群れを創り上げた。
北の氷原、東の森林、南の砂漠。
大陸の中央から襲来する異形の大軍はいともたやすく国を滅ぼし、西諸国の門を叩き破った。
歴史を鑑みても未曾有の事態に、無論、勇者は動く。
連れてゆくのはハルトマン家に所属する精鋭中の精鋭。
教会の支援のもとに、まずは激戦地の北へ赴いた。
戦果は上々、なにしろ勇者だ。
人類の象徴、不敗の希望。
彼が敗れることは人間の滅亡を意味し、過去にはなく、未来にもあってはならない。
北方前線を押し返してから南下する、東方を維持しつつ、最終的に南の砂漠へ。
その時だった。
一旦落ち着きを取り戻した東戦線が容赦なく食い破られた。
屋敷ほど肥え太った贅肉型の一撃は城壁を揺さぶるが、巨体にゆえに鈍足。
猟犬並み素早く奔る肢体型は一飛で咽喉を喰い破るが、矮躯にゆえに非力。
しかし、顕れた新型の異形――関節型はまるで違う。
身長は常人男性二人分前後。手足は無数の関節で構成され、城壁をものともせずよじ登る機動力。尾を主な武器とし、一体一体が長年修行を積んできた剣士すら太刀打ちできない。
総合的に優れた箇所がなく、ゆえに劣る箇所もない。
加えて襲われるのは勝利の余韻を噛み締める東部戦線。
まるで最初から狙い定めたように、防御線を突破した異形はおよそ200キロ後方に位置するハルトマン領に一気に押し寄せた。
前線を支える要衝は、いまや人ならざる異形が跋扈している。
なのに、地獄に陥りつつある戦線を維持するため、勇者は己の故郷に戻れずにいる。




