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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第二部 英雄の逝く町にて
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第7話 ウリウス商会

 笑顔、ドヤ顔、若干眉を顰める顔、いたずらっぽい顔。


 人気が溢れるセントラル通りを抜け、クリシスは町の中心地へ向かう。


 戦時中で物流が著しく停滞した最中、ドレシアは何度も人魔戦争を耐え抜いた経験から、自給自足の体制を整えている。ゆえに廃るところ(旧市街)は廃っても、町全体の雰囲気は未だ良好だ。


 ただ、さっきの地下での出来事が胸に刺さり、クリシスは見えない糸に操られているような気がして、素直に周りの活気に溶け込めない。ゆえに足取りもかなり重い。


 北に進むにつれて砂色を基調とした市場が消え、代わりに石畳みを敷いた街道と、ある程度の装飾が施されている建物が街道の両側に聳え立つ。


 大手商人を目当てとする区画なだけに、上品な雰囲気を醸し出している場所だ。


 クリシスは中で一番立派なドーム状の建物へ踏み入る。


 十数人が同時に通れるような扉をくくると、従業員がいそいそと動き回る姿が目に入った。ただ、千人を余裕に収納できそうなホールは建設時想定していた客が入っていないせいで、若干寂しさを覚えてしまう光景である。


 ええと、どうすればいいでしょうか。


 だだっ広い空間に、クリシスは立ち尽くす。モイラには荷物を見つけたらウリウス商会に来るようにと言われたが、来てからどうすれば会えるとまでは教えてもらえなかった。


「失礼ですが、お名前をうかがってもよろしいでしょうか」


「私、ですか」


 キョロキョロと行動不審になっていると、長身の老人がクリシスに近寄って尋ねた。


「クリシス、と申しますが……」


「わたくしはここで補佐官をやらせて頂いている者で、名はクラニオと申します」


 身体を屈めて、老人は洗練された動きで招く仕草をひとつ。


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 えっ?


 もしかして変なところへ連れていこうとしているのかしら。


 そんな考えが一瞬頭に過ぎって、クリシスはすぐ自分が過敏になっていると戒める。


 老人の身なりは整っているし、見れば従業員たちは次々とこちらに向けて頭を下げている。恐らく相当地位のある方だろう。


 誰もがあの男のような人間ではないわ。


 そう自分に言い聞かせて、クリシスは案内されるままにホールを渡り二階へ上がった。


 鉱道の荒々しさに無理やり人間の痕跡をねじ込ませたオルデンと違い、ウリウス商会は全体清潔かつ精巧な印象だ。


 ただ、荷物のことを思い出すと、クリシスは別の意味で地獄へ向かう気分になる。


「あの、つかぬことをお伺いしますが。ここ何日、し、モイラさんはどのように過ごしたのでしょうか」


 しかし、老人は答えない。


「わたくしはただの補佐官ですゆえ、客人についてとやかく言う資格はございません。何とぞご容赦を」


 至極真っ当な回答が返ってきて、クリシスは慌てて「あ、いえ、わたしのほうこそすみませんでした」と謝罪する。


 結局、無言のまま進み、クリシスは幾つかの応接室が設置された廊下を通って、その一番奥に着く。


「お嬢様、クリシス様がお見えでございます」


 補佐官が黒檀色のドアを軽く叩く。


 すぐ「通してちょうだい」との女性の声が返ってきた。


 誘われて、クリシスは室内に入る。


 ホール同様、オフィスもやけに広い一室だ。


 あちこち棚が並び、ファイルや書類に埋め尽くされている。中でオルデンと似た鉱石を展示する区画もあれば、加工した完成品――魔石灯、ポーション、そして義肢を収めるスペースも用意されている。


 さきほどまで旧市街にいたこともあり、クリシスは誰が町の支配者なのか見せつけられた気分になった。


「ようやく来たな、弟子ちゃん。こっちは待ちくたびれたぞ。こんなところに師匠を何日も放置しないでもらいたいものですね」


 相変わらず口調の癖が強い、師匠――モイラは慣れた手付きで煙管を口に咥えて、接客用と思われるソファーに腰を掛けている。その向こうに一人の少女が座って、お茶を楽しんでいるところだった。


 派手な装飾が施された袖から、肌白い手でコップを持ち上げ、桜色の唇に運ぶ。丁寧に梳かれた黒金色の長い髪に一際大きな花が飾られ、そこからのびた黒いベールが顔を覆う。


 一瞬舞踏会に参加する令嬢だとクリシスは勘違いしそうになるが、その深紫なドレスから発する奥深い雰囲気で、クリシスはすぐ考えを改めた。


「あら、こんなところだなんて心外ですわ。わたくしはとても楽しいお時間を過ごさせていただきましたわよ。モイラ様」


 クスクスと、少女は笑う。


 透き通った音色だ。


 落ち着いた声音(こわね)はある種の温厚を纏い、まるで赤子をあやす母の優しさすらある。


「ええと、師匠、この方は……?」


「おい、アルキュミア、自己紹介しなさい」


「この場合、先に弟子に紹介していただくのが客人に対しての礼儀なのでは?」


「どっちからだっていいんだよ。こんなもの」


 師匠、イライラしている……


 モイラは普段から無愛想な人間だが、クリシスは半年に及ぶ旅の中でその微妙な違いが分かるようになった。いまのように口が悪い時はたいてい考えごとをしているから、無言でいるほうが身のためだ。


 でも、とりあえず、いまは…… 


「失礼いたしました。私、クリシスと申します」


 手に胸元に当てて、クリシスは一礼をする。


 さすがにスカートを摘みあげる真似はしなかった。


 一方、アルキュミアと呼ばれる少女は机に置いた扇子を取り、口に添えて上品に笑う。


 服とよく似合う、黒と紫を基調としたシルクの扇子だ。


「ふふふ、はじめまして、わたくし、アルキュミア・マックリ・ウリウスと申しますわ。一応ウリウス商会の会長という肩書きがありますの。今後どうぞお見知りおきを、()()()、のお嬢さん。律儀な子は嫌いではありませんよ」


 不死者?


 まさか相手が自分の正体を知っていると思わず、クリシスは一瞬たじろぐ。


 すぐすがるようにモイラのほうを見るが、モイラは眉を顰めて、煙管をふかすだけだった。


「どうして知っているという顔ですね」


「師匠には不死者であることを隠しておくようにと釘を刺されましたので」


「でしたら平静を装って否定すべきなのよ。いまの反応は認めたと同じではありませんか」


 クスクスと、少女はまたしても笑う。


 クリシスはモイラが不機嫌になる理由に薄々勘づいた。自分がからかわれたように、もしかして師匠もこの二日間言葉の鞭を間断なく浴びせられてきたかもしれない。


「ひょっとして、ウリウス様も不死者ですか」


「あら、それはまたどうして?」


 クリシスが聞くと、商会の主はわざとらしく首を傾げた。


「ウリウス様とは初対面のはずなのに、私が不死者であることを知っていました。つまりそれだけ師匠に信頼されているということです。加えて、商会のまとめ役にしては稚すぎる外見です」


「なるほどね」


 ふむふむと、少女はうなずく。


「どうやら経験は浅いけれど、おバカさんではないようですね」


 目を細めて、しかしクリシスの言葉を肯定も否定もせずに、アルキュミアはいとも簡単に質問を受け流した。


 まるでお手本を見せているようだとクリシスは感じた。


「ですが、答え合わせはあまりしないほうがよろしいですわよ。わたくしたち商人は知恵よりも暴力よりも、いかに他人に悟らせないように物事を進めることが大事なの。端的に言えば、持っている情報をいかに有効活用する、というところかしら。これはいろんなところで役立ちますわよ」


「はぁ……」


 ちんぷんかんぷん。


 アルキュミアが言った言葉は、クリシスにはいまいちピンとこなかった。


「それよりもお座りなさいな。ずっと立ったままも疲れるだけでしょう」


「あっ、どうかお構いなく、私はこのままでいいのです」


 二日も奔走して、風呂は当然入っていないし、さっき旧市街で一悶着があったせいで、クリシスの身には変な匂いが立つ。ソファーに座るのは恐縮、ということもあるが……なにより、機嫌の悪い師匠の傍に座りたくなかった。


「弟子ちゃん。商会まで来たということは、荷物は見つけたのか」


「それはその、一応、でも……」


 当の師匠本人がすぐ話題をクリシスの望まない方向に持っていった。


 短く息を吐いて、しばし躊躇って、クリシスはオルデンでの出来事を報告した。


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