間話 ボス
東西両方の客人が帰路についた部屋で、ミゲルはため息をつく。
「んで、あの娘はどうやって出会ったんだ」
鉱物を手に弄んで、デミカスは面白がるようにミゲルに質問した。
外部の人間がいない時、旧市街の支配者もいつまでも強面はしない。
おかげでミゲルもガチガチの姿勢を保たずにすむ。
「来る途中であっちから追いかけてきて、その流れで」
「とんだアクシデントだな。もともとは切り札として使うつもりだったが、こうなりゃ計画変更するほかない。にしても、あの小娘が常識人でよかった。俺の知る限りじゃ祝福を受けた人間はみんな頭のいかれた奴ばかりだ。ここで暴れ出したらさすがに困る」
「おそらく貴族の出かと。見た目もそうだが、立ち振舞と金銭感覚は明らかに庶民のそれではない。それに、さきほど言葉の裏で行われた駆け引きもまるで気づかなかった様子だし」
「まぁ、危険人物だったらお前もここまで連れてこないだろう。苦労をかけた」
「とんでもございません、デミカス様」
あくまで覇気のない声でミゲルは言うが、それでもデミカスの癇に障ったらしい。
眉を顰めて、その視線が鋭くなる。
「この呼び方をよせ、聞いてるこっちが気持ちわるい」
「しかし……」
「あんたがどう拒もうと、このオルデンの人間だ。ミゲル」
「はい」
「返事は?」
「はい、ボス」
すでに何度も繰り返されたやり取りを、ミゲルはぎこちなくこなす。
頷かないといつまでもこの話題がぐるぐる回ってしまうので、話が進まない。
「んで、いつなんでも屋をやめてこっちに戻るんだ」
ミゲルの右腕。義肢に取り替えられた部分を一瞥して、デミカスは問う。
「まだしばらくかかります」
「ふう……義理堅いのはいいんだが、あんたのそれは利用されているだけだぞ」
これも同じく耳にタコができるぐらいほど言われたが、ミゲルは反論しない。
ミゲルは本来身寄りのない子供だ。
路傍で野垂れ死にするところだった彼を拾ったのは、ほかでもなくデミカス。
子供を集めて新メンバーを育成する訓練で、ミゲルは見事クリアして組織のために働いてきた。
普段からため息ばかりついているが、腕はたしかで頭もきれている。そのうえ義理堅い。ゆえに周りからの信頼もあつかった。
デミカスは子供がいない。
もし半年前の事故で腕を失わなければ、ミゲルはデミカスの後継者になるはずだった。
「恩人を裏切るような真似は出来ません。誰かを裏切ってしまったら、今度はボスを裏切る可能性もあります。こういうことは最初からしないほうがいい。人によってやり方を変えるなんて、おれはそんな器用な真似は出来ません」
「くっく」
喉を転がして、デミカスは嗤う。
しかしそれは組織のトップの陰湿な笑みではなく、歳相応の、仕方なさそうな笑い方だ。
「まぁいい。じゃ、客人について報告しろ」
「はい。東の部隊は旧市街で駐屯しているが、人数は300前後。ただ、装備は全員並大抵の兵士のそれではない。そのうえ練度も高く、恐らく東のほうでも精鋭に分類するだろう。部隊は数個小隊に分かれて、それぞれの武装も違う。どんな場面にも対応できるように編成してきたと見える」
ミゲルは組織から抜け出ているが、やることはちゃんとやっている。
正直自分でも矛盾している自覚はある。
「なるほど、それだけ外の様子は厳しいってことか。今まで国家規模で魔石を買取に来ることはなかったからな。むしろ戦争になれば、それを目当てにする商人が出てくる印象だが」
唸って、デミカスは考える。
「これなら、あのいけ好かない女を引きずり下ろすことができるかもしれん」
「……」
デミカスが誰のことを言っているのか、ミゲルは当然知っている。
だが現在は素直に喜べる立場ではなかった。
「ボス、ほんとうにやるのか」
「ああ、当たり前だ。ここ数ヶ月で旧市街からどれだけの人間が病気で消えたと思う。これほどいい機会はないだろう。それに……せめて死ぬ前に一矢報いてやりたいものよ」
「はぁ……」
ミゲルはため息をつく。
何か確固たる証拠があれば、ボスはすぐでも行動に移るだろうと思った。
しかし、何も得しないのは、商人のやり方とかけ離れている。
まぁ、だからみんながボスについていくのだが……
「ふむ、いずれにせよ、用心するに越したことはなねぇ。引き続き状況を把握しろ」
「了解した」
経験上これで報告も一段落終えたはずなので、ミゲルは「では、私はこれで」と踵を返す。
「ミゲル」
しかし、なぜか呼び止められた。
「はい」
「気をつけろよ」
?
一瞬意味が分からなかったので、ミゲルは立ち尽くす。
見ればデミカスは目を細めて、酒を口に含んでいるところだった。
ボス、いったいどういうつもりだ。まさか、いや、でも……
「善処します」
いま自分が置かれている状況はたしかにいろんな意味で危ういと、ミゲルはため息をつく。




