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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第二部 英雄の逝く町にて
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第5話 入り口

 旧市街を統括する集団――オルデン。


 従う者に保護を、抗う者に絶望を与える組織は、その名の通り「秩序」でドレシアの闇を牛耳っていた。


 奴隷、麻薬、盗品。


 表では規制品扱いの品々でも、ここは手数料さえ払えば取引の正当性が保証される。


 倫理観なんて存在しない。


 あるのは硬貨で積み上げた信用と、それに相応しい代価のみ。


 ドレシアという町が大陸に名を馳せるよりずっと前から存在していた組織は「金銭至上主義」をモットーに、今日この日まで存続してきた。


 ――これが、現在ドレシアを統括するウリウス商会が旧市街を管轄外に置くことで「旧」にさせた一番の理由でもある。


 クリシスは三日前ドレシアに到着してから殆ど旧市街でウロウロしていた。


『オルデンなら泥棒くんの情報を手に入れやすいだろう』


 とのモイラによる助言が始まりで、しかし人影の少ない場所で、たまに通りかかる人に尋ねても逃げられてしまう始末だ。オルデンまでたどり着くことは当然できなかった。


 もし偶然ミゲルの姿を見かけていなければ、クリシスは結局尻尾を巻いて師匠の助けを求めることになっただろう。そうすれば当然()()()()()罰を受けることになる。


 だから、てっきり自分は幸運の女神に恵まれていると思い、クリシスは自分の荷物を盗んだ張本人の提案でともにオルデンに赴くことになった。


「ここ、ですか?」


 ドアが半分も欠けたボロ屋の前に、二人は立ち止まる。


 屋根もなく、壁も穴だらけ。


 そんな残骸が連なるような街道は、たぶん俗にいう廃墟に相応しいだろう。


 クリシスは闇雲に旧市街をさまよった時に一度来たことはあるが、ひとの気配がなかったので、すぐ踵を返した区画だ。


「ジーク、いるか」


 ボロ屋の中に入ってミゲルは声を張り上げる。


 するとキーと甲高い音がして、床から階段が現れ、強面の漢が出てきた。


 こういう仕組みなのか……


 土をそのまま掘り出して加工した階段を一瞥して、クリシスは三日間旧市街でさまよっていた自分を思い出し、頭痛を覚えた。


「おおぉ、これはミゲルさん。ご無沙汰しております!」


 漢は、いきなりミゲルに頭を下げた。


「久しぶりだな。元気してるか」


「おぉよ、おかげさまで。しっかし、まさかミゲルさんが来るとはねぇ。今日はどんな風の吹き回しだ?」


「まぁ、」


 ため息まじりに、ミゲルは苦笑する。


「今日はボスに呼ばれた。さすがに顔を出さないわけにはいかんでね」


「どおりで、じゃはやく行ったほうがいい。客人はさっき入っちまった。たぶんミゲルさんを待ってると思うぜ、へへ。でも、ボスは怒ってますが」


「そうだな、はぁ――――――」


 盛大に、今度こそ肺まで吐き出しそうな勢いで、ミゲルはため息をつく。


「ところで、ミゲルさん、こちらの方は……」


 ミゲルに会ってよほど嬉しかったか、漢は終始満面の笑みだ。


 しかし目が節穴でなければ当然見える。


 ――ミゲルの両手が縛られて、クリシスが手綱を握っていることに。


 クリシスは身構えた。


 もしここで人を呼ばれたら、状況がさらにややこしくなるに違いない。


 さきほどのミゲルと漢のやり取りから見る限り、どうやらミゲルは組織とただならぬ関係のようだ。


 砂漠を渡りながら修業を積み重ね、クリシスは確実に強くなった。


 しかし、そもそも、勇者家の人間は損得勘定ができても、たいてい人の悪意には疎い。


『つねにありとあらゆる可能性を頭に入れておけ』


 そういうことを師匠が教えようとしているのは分かる。


 分かってはいるが、必要とは、思わなかった……


「ああ、こいつもボスの客人だ」


 相変わらず無気力のままで答えて、ミゲルぷいと手に縛った縄を千切った。


 !


 すると漢は得心したような笑みを浮かべる。


「そうか、そういうプレイなのか。さすがミゲルさんだぜ!」


 そして両者の関係を思いっきり誤解した。


 眉がビクビク動くミゲル。結局がくんと肩を落とす。


「別に変なプレイをしているわけじゃねぇが。まぁいい、とにかく入らせてもらうぞ」


「へい、どうかお気をつけて!」


 さも面倒くさそうに、ミゲルは下へ続く階段に踏み入る。


 一方、クリシスは動かなかった。


「どうした?荷物は回収しなくてもいいのか?」


 振り向いて問いかけるミゲル。


 その顔は最初会った時と同じく気怠かった。


 でも、さすがのクリシスもいまどういう状況なのか理解した。


 ――よくない。ここに来たのは連れてもらったのではなく、誘われたのだ。


『見ていたならどうして止めないのですか!』


 三日前、荷物を盗まれた現場を目撃したのに止めなかった師匠に、クリシスは思わず声を荒げた。しか

し……


『弟子ちゃん、荷物を交代制で守ることは釘を刺したよね』


 モイラは非を詫びるところか、むしろ顔をしかめた。


 クリシスはもちろん覚えている。


 ただ、てっきり魔獣から守るという意味で、人間に荷物を盗まれるという発想はまるでなかった。


 いまこうして旧市街に放り込まれたのも、実は修行も兼ねたことだ。


 モイラはクリシスを心配している。


 甘い理想に溺れて、再び取り返しがつかない事態になるのではないかと。


 だからいつも『善人になりたければ、悪人より狡猾になるべし』と口にしていた。


 しかし、クリシスにとってそれは受け入れがたい言葉だ。


 まるで騙されたほうが悪いと言わんばかりだ。


「おい。こないのか」


 動かないクリシスを見て、ミゲルはややうんざりしたように促す。


 息を吐き出し、クリシスは腹をくくる。


 一旦城内に戻って師匠を呼ぶ手もあるが、自分を証明するためにも、ここは荷物を確実に回収する必要がある。

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