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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第二部 英雄の逝く町にて
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第4話 何でも屋

 ドレシア――大陸の東西を繋ぐ商人の町。


 旅を始めた直後、モイラがクリシスに示した最初の目的地。


 実際に行ったことはないが、侯爵家の者として必要な素養であるため、クリシスは大陸に関する知識を一通り学んだことがある。だから幼少時からその存在を知っていた。


 最初は、いくら大都市とはいえ、精々ハルトマン領ぐらいだと思った。


 しかし何ヶ月も砂漠を渡り、無限に広がる砂漠から朧な線が見え、それが近づいていくにつれて視界を覆い尽くすほどの山脈になった時、クリシスはしばらく言葉が出てこなかった。


 霧に遮断され、頂を覗くことのできない山々。


 険しい斜面はまるで無数の石剣が凝縮され、固まった天壁のごとく聳え立つ。


 麓に辿り着いた時、クリシスは目の前の景色に圧倒され、思わず「岩壁を登って町に入るんでしょうか」と馬鹿な質問をしてしまい、モイラに頭を叩かれた。


 それから岩壁に沿ってさらに歩く一日。


 たどり着いたのは山の割れ目、いわば峡谷と称される部分。


 進み出るにつれて砂漠の黄色が薄れ、ぎこちない緑が豊かになっていく。


「どうやら異形はまだここまで来ていないようだな」


 モイラがこう結論を出したのは、山脈から小さな湖を見た時である。


 異形は基本的に人と人造物しか興味を示さないが、水源があれば必ずと言っていいほど仲間の死体を作り、飲めないように汚染してしまう。


 サボテンが点在しつつも、発育不良の植物が繁るこの場所は山脈から流れる澄んだ水源に恵まれていた。


 隙を見せない足取りで周りを確認して、モイラは躊躇なく身に纏った服を脱ぎ捨て、湖に潜り込んだ。


 曰く、町に入るには身なりを整える必要がある。とりあえず水浴びしよう、とのことだった。


 不死者の体質は食事、睡眠といった活動を省いてくれるが、身体から分泌した汗のような排泄物までは面倒を見てくれない。


 半年に亘る旅の中、とっくに変な匂いが身体に染み込んでしまった。


 透き通った湖に身体を翻しながら、モイラは短く切り揃えた灰色の髪を水の流れに任す。普段ボディスーツで包まれた控えめな乳房と引き締まった身体を顕に、しなやかな曲線を描く。


 羨ましい。


 クリシスに真っ先に浮かぶ感想はそれだ。


 同じく不死者でも、クリシスの身体はハルトマン領で頭部を破壊された時に戻され続けている。そのため、いくら鍛錬を積んでも身体は柔らかいままだ。


 小さい頃から剣の稽古はおろか、激しい運動をやらせてもらえなかったのがいけなかったが……いま思えば、不死者であることを周りに気づかせないための計らいだろう。


『あんまり過去にとらわれないほうがいい』


 そうモイラはよくクリシスに釘を刺すが、自分の肩にのしかかる責任を、クリシスは一時でも忘れることができなかった。


 燃え盛る故郷。


 砕けた最終防衛法陣。


 四面に散っていく関節型の群れ。


 湖に浸かっている時、クリシスの頭の中はぐるぐるとそんなことばばかり考えていた。


 そのせいで、彼女は気づいていなかった。


 自分たちはすでに人里の近くまで来ている。


 そして、二人の水浴びを狙って、こっそり荷物を盗んだ人がいることに…… 


「おいおい、暴力はっ」


 クリシスは拳を振り下ろす。


 一瞬苦痛で顔を歪める青年。


 これでようやくおとなしくなったかなと、クリシスは息を吐く。


 排泄物や乾いた嘔吐物がついた地面。


 それらを養分にして生え茂ったような歪な小屋の群れ。


 そんな廃退した路地の中、クリシスは横たわる青年のうえに跨っていた。


 彼の右腕――義肢は強い衝撃を受けて、ビリビリと変な火花が散る。


 寝癖のついた深緑の髪が地面の汚物にべっとりついて、顔には鼻血が盛大に咲いている。しかしこんな惨状にもかかわらず、目は依然死んだ魚のように無気力なままだった。


 正直、終始元気がないので、クリシスも加減がちょっと分からなかった。


「大丈夫ですか」


 とりあえず、傷の具合をクリシスは確かめる。


「おいおい、マジか。逆に怖いぞ」


 は―――と、長い息を吐き出して、青年は左手で顔を押さえる。


 対してクリシスは半眼で睨む。


「私の荷物を盗んだあなたが悪いんですからね」


「いや、だからさ。普通はものを盗んだぐらいでここまでやらないだろう。あと何発か食らったら、今頃死んでだぞ、おれ」


「でも、師匠にこの町の泥棒なら半殺しにすれば話しやすいって釘を刺されましたの。これでも手加減したほうですよ」


 あの時、悠々と湖に漂っていたモイラは荷物を盗まれたところを一部始終見ていた。


 世間知らずのクリシスと違い、長い時を亘って生きてきた不死者はいついかなる時も警戒を怠ることはなかった。


『それならさっき死んだ魚の目をしている男が持っていったよ。俗にいう泥棒だろうね』


 モイラの真似をして、クリシスは縄で青年をしばりながら、質す。


「で、私の荷物はどこですか」


「闇市だよ。旧市街の」


 身体の自由が奪われてから六度目のため息を盛大に吐いて、青年は項垂れる。


「ため息ばかりついていると幸せは逃げてしまいますわよ」


「勘弁してくださいよ、お嬢さん。不幸だからこそため息をついて気を紛らわしてるんだ、こっちは。ったく、これから仕事だっていうのに、どうしてこんなことに……くそ、これもあれも全部あの女のせいだ」


 ブツブツと意味の分からない文句を呟いて、最後は苦々しい声になる青年。


「どうやら泥棒さんも難儀しているようですね。でも、私も()()()として一刻も早く荷物を取り戻したいんです。泥棒さんならよく捕まると思います。今回もスムーズに行きましょう」


 青年の両手を縛っている縄を引っ張って、クリシスは半眼になる。


 すると、苦々しい声で泥棒さんは不服を表す。


「一応言っとくが、おれは泥棒じゃなくてなんでも屋だ。あんたの荷物を盗んだのは仕事帰りのついでだし、当事者に捕まったのも生まれて初めてだ」


「ええと、私の故郷の常識ですと、どんな職業であれ盗みを働いたら泥棒になります。このドレシアでは泥棒も立派な職業でしょうか」


「そうだよね……外国人じゃ旧市街の常識は通用しないよね……」


 さすがにこれでは反論できそうにないのか、青年はまたしても盛大なため息を洩らす。


「それに逃げたところで追いつかれてボコボコにされるだけだしなぁ。さっきのでよぉくわかったよ」


 縛られた右腕――義肢。


 クリシスの攻撃をガードしてできた凹みを見せつけるように掲げて、青年は嫌味を零す。


 金属製の造物に、術式らしい、実のところは血管と神経の代わりに用いられる細いチューブが交錯する。


 中の一部は破損していた。


 何日も荷物を盗んだ犯人を探すためにドレシアを奔走して、クリシスはこの町では義肢の使用者が意外に多いことを知った。


 ――身体の改造は神に授けられた肉体への冒涜。


 教会のおしえだ。


 西大陸では身体が欠損したら、たちまち聖職者が奇跡で回復させるので、無理をしてまで義肢を装着する必要もない。


 だからこういうモノは一切禁じられている。


「生身の身体ならとっくに折れてたぞ。どんな怪力だよ。あんた」


「これは生まれつきなので、仕方がないのです」


 はぁ――と、青年はしおれる。


「まぁ、ちょうど今回の依頼主はあんたの荷物を買い取ったヤツでもあるんだ。二日前のブツならまだ処分されていない可能性も高い。案内してやろう」


「捌きましたの!」 


「おい、あんた、まさかおれを女の荷物を盗んでコレクションにする変態だと思ってるのか。ただのお金目当てだよ。捌くのが当然だろうが」


 さすがのおれもそんなことはしない。


 青年は呆れ顔で訴える。


「とりあえず地下街に行くぞ。案内してやる。ただ先に言っとくが、取り戻せるとは限らないからな。その場合は売った時もらった金で弁償する」


「それはとても困ります。中にはお金で買えないモノがありますから」


「はいはい。できるだけ善処するよ。こっちにとっちゃ無駄な出費も御免こうむりたいんで」


 明らかに焦り始めるクリシスと対照的に、青年は悪びれもなく肩を竦める。両腕とも後ろから縛られているというのに、まるで主導権を握っているように余裕な態度を見せた。


「それで、お嬢さん、お名前はなんだっけ」


「クリシス。ただのクリシス」


「ふむ……」


 縛られたまま、青年は値踏みするような目つきでクリシスを見た。


 なんなの、この町のひとたちは……


 ドレシアに来てから三日、クリシスは誰かに話しかけるたびにそういう目を向けられてはいたが、まさか荷物を盗んだ犯人までそう見てくるとは考えもしなかった。


 言語は通じているのに、感性はズレている。


 そうクリシスは自分を説得する。


「はぁ……まぁ、いいだろう」


 若干重いと感じる足を引きずって、青年は歩き出す。


「おれはミゲルと言うんだ。短い付き合いになると思うが、とりあえずよろしく、クリシス」


 結局、手綱を握って、クリシスはゲルのあとに続くほかなかった。 

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