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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第二部 英雄の逝く町にて
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プロローグ

 プロローグ


 見渡す限り黄色が広がる世界に、フードを羽織った少女が一人。


 太陽に焼かれた砂の荒野に佇んで、手には無骨な短剣を握る。


 砂漠の民なら決して行うはずのない愚行――照りつける日差しに身を晒し――少女はまるで何かを待ち構えているように澄んだ気配を放っていた。


 大陸の南を渡る旅は、本来日中は身体を休め、涼しくなる夜に活動するものだ。


 風もなく、乾燥しきった大地に立っているたけで汗は浮かび、体力を奪われ……


 そして、辺りに棲息する魔獣の餌食にもなりうる。


 もしちゃんとした案内人が傍にいれば、きっとその蛮勇を止めることだろう。

 

 わざわざ身を危険に晒してまで魔獣退治をするほど不毛な行為はない。


 それが界隈の常識だ。


 なにぶん相手は強いばかりではなく地の利もある。


 人間風情が立ち向かうには、得られる一時的な安全に比べて支払う対価はあまりにも釣り合わない。


「……」


 しかし、少女はただ途中で拾った不出来の短剣を握りしめて、やや斜め下に構える。


 いま敵となる相手に臨むことは非合理的であることぐらい、彼女も弁えている。


 ――反撃剣(カウンターブレイド)


 あらゆる物理攻撃を真正面から打ち消す剣技は、いわゆる一瞬で勝敗を決する切り札とは違い、強さではなく技術を求める。


 死線を幾度なく潜り抜けて磨き上げた経験と直感があってこそ成す人外の技。


 だからいま少女は動かずに、じわじわと、足裏を撫で回すように遊離する振動に耳を傾けている。


 何ヶ月にも及ぶ旅の中で、少女はずっと死と隣り合わせてきた。


 最初の頃こそみっともなく――身体が言うことを聞かず、剣を握る手が震え、動かずにいただけで億節だったが、旅が始まっておよそ一ヶ月経って、何度も何度も失敗して……


 それで分かるようになった。


 ――不死者にとって、死は糧になることを。


 丘から砂がサラサラと落ちる。


 地下からの振動をひしひし感じ取って、少女は身体中の神経を研ぎ澄ます。


 一騎打ちの戦いにおいて先読みが基本、ゆえに敵を知り、その相手の動きを捉えるべきだと。


 ああ、これは力を溜める時の動きだ。


 経験に基づいた直感が告げ、少女はそんな不確かなものに身を任せる。


 地下の魔獣はいまだ徘徊してはいるが、まもなく痺れを切らす。


 まるで相手の筋肉を隅々まで把握できたように、少女は起きる小さな異変を見逃さなかった。


 右足を一步引いて、支点にして回転する。


 突如巻き上がる風圧に空中に攫われながらも、少女は致命の一撃を紙一重で躱す。


 地下水脈を縄張りとする魔獣――黄蛆(こうしゅ)


 鱗を覆った円筒形の体をくねらせて、砂をうって飛び上がる。


 もし砂漠の頂点に立つ獣に少しでも知性が備わっていたとしたら、不意打ちの一撃が命中にしなかった時点でもはや警戒すべきだろう。


 こんなにも矮小な存在も己の命を脅かす可能性を秘めている、と。


 しかし黄蛆はそのような頭脳を持ち合わせていなかった。


 長年砂の中に埋もれ、五官まで退化した奴が、知恵を持つなんて到底ありえない。


 ――だからこそ強大な力を持っていようと結局彼は()()であり、()()とは称されない。


「はっ!」


 視界を遮る黄砂の嵐から、少女は鱗に覆われた黄蛆の長身を切り裂いていく。


 どんな金属にも負けない強度を持つ鱗でも、相手の動きを利用する反撃剣を前に意味を成さない。


 砂の中で縦横自在に動き回る巨体を、少女は隙間を縫って的確に要処を破壊する。


 噴き出す緑の血液。


 サボテンの臭いが辺りに広がる。


 どんな鉱石もいともたやすく砕く黄蛆の顎を蹴って、少女は黄蛆の噛み合う一撃を避ける。


 狙うのは心臓となる魔石が埋まっている首筋。


 生物の機能を停止させるには、要処から撃破するのが常だった。


「っつ!」


 が……


 黄蛆が巨体を突如捩る。


 決め手となる一撃を躱され、咄嗟の反応で少女はその皮膚を蹴り体勢を立て直す。


 また失敗した……


 その考えが頭を過るよりもはやく、ゴンという衝撃音が迸った。


 短剣が届くよりもはやく、黄蛆は地中にねじ込む。


 その鱗の覆った尾が外部に露出して、乱暴に薙ぎ払う。


 巻き上がる風圧で、少女の軽い体重はあっけなく吹っ飛ばされ、気がつけばすでに大の字になり砂の上に横たわっていた。


 フードは捲れ、ポニーテールに纏めた髪が情けなく顔にかぶる。


 特製のボディスーツを着込んだため、幸い華奢な身体には傷跡が見つからないが……


 目的の黄蛆はすでに跡形もなく消えていた。


「また……逃げられてしまいました」


 常人ではまずありえない感想を零し、少女は上体だけを起こして、辺りを見回す。


 すると、ガンと、頭に衝撃を受けた。


「くっっっっ」


 さきほどよりも数倍強い痛みに襲われ、少女――クリシス・フォン・ハルトマンは頭を押さえるのだった。


「すみません師匠、また失敗しました……」


「失敗しました、じゃなく、喰われずに済んだ、でしょう」


 同じボディスーツを纏った女性はクリシスを責める。


 少し離れた地にできた窪み、そこに溜まった緑の血を一瞥して、やれやれと肩を竦めた。


 黄蛆は逃げる。


 砂漠の覇者と称されてはいるが、知性がないゆえに誇りという感情もない。


 想定外の激痛に見舞われれば、生存本能が働きかける。


 ――だから黄蛆は()()であって()()ではないのだ。


「まぁ、進歩があるのはたしかですな」


 クリシスに黄蛆を退治させた張本人――勇者候補モイラは無造作に手をクリシスの頭に載せてポンポンと叩く。一方、さきほどの手刀の痛みから回復していないクリシスにとってそれは文字通り傷口に塩を塗るという行為だった。


「師匠……」


 不服はあっても文句はない。


 これが何ヶ月も続く旅の中でクリシスにまつわる現状だ。


 同伴するのは手練の渡り人ではなく、世界の命運さえ左右する実力者の一人。


 そんな者に師事すれば、魔獣の対処策など打倒という一択になるのも、失敗したあとで罰を受けるのもごく自然な流れだ。


「進めよう」

「はい」


 乾燥しきった大地の高温を意に介さず、モイラは腰に帯びた煙管を口に咥え、短く切り揃えた灰髪を風に任す。

 

 慌てて、クリシスはその後に続く。

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