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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第一部 ハルトマン領陥落
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第23話 真実

「おい、お嬢様が来たぞ」

「ご無事でしたね」

「顔色が芳しくありませんわね」

「当たり前だろ。仕えてた奴が魔族だぞ」

「欠陥姫ね……とっくに知ってたんじゃないかな」

「バカ野郎、領主様が亡くなられたぞ!」

「食料もないうえに、最終防衛術式もいつ解けるかわかりません。あたしたちはいったいどうなるのかしら」

「死にたくない!死にたくない!死にたくない!」

「もっと楽観的に考えましょう。ほら、神官様も勇者候補の方もいらっしゃいます。きっとなんとかなりますわ」


 クリシスが大広間に踏み込むと、室内に群がった喧騒が沸き返ったように激しく泡立つ。ただ、負の感情に塗りつぶされた先日と違い、一部はどこかほのぼのした表情が浮かんでいた。


 クリシスは人数を改めてみる。


 77人。


 すると得心した。


 リサ以外は、全員無事ということになる。


 それである程度安心を覚えているのだろう。


 唇を結んで、クリシスは心から溢れ出そうな悲しみをぐっと堪える。


 自分が大事にしていた者が亡くなったのに、周りの雰囲気が好転していくという齟齬が、その心を切り裂く。


 それでも、自分にやるべきことがあるという責任感が彼女を突き動かした。


 壇上。昨日と同じ佇まいの勇者候補ベーゼと見習い神官トリアが立っていた。


 これから問い詰める相手に、クリシスはすべてを投げ出す覚悟でいた。


「みなさん、お話があります」


 人の群れを掻き分けて、クリシスも壇上にあがる。


 できるだけ落ち着いた口調で、ゆっくりと紡ぐ。


 さっきまで泣いていたせいで目元が腫れているものの、その身から放つ剣呑な雰囲気に、会場は次第に静まり返っていく。


「ご存知のように、昨日、ハルトマン家当主ズィーゲル・フォン・ハルトマンは亡くなりました。そして、私の付き添いが連日殺人の容疑でうたがわれていることも」


 しんと、今度こそ壇下の誰もが口を閉ざし、ただクリシスの話に耳を傾ける。


 恐怖、憎悪、驚き。

 

 各種の感情が入り交ざった視線が飛び交い、でもクリシスは窮することなく、ただまっすぐに見つめ返す。


「さきほど、彼女の遺体は三階の廊下で発見されました……殺されたのです。腹部にある致命傷のほかに、その体はあちこち爛れていました」


 ざわざわざわざわ。


 再び動き始める声の波を、クリシスはただ手を伸ばし、制する。


「別に残忍な殺し方をされたわけではありません。トリア神官が昨日おっしゃったように、彼女は半魔族です。人間と魔族の血を兼ね備えた、ハーフ。我々人間と同じ高い知恵を持ち、また魔族のように強靭な肉体を持っていました。ですから、彼女は教会の治療術を受ければ逆に怪我をし、結果として肉体にだけ大きな影響を及ぼします」


 リサが教会の催しに一切参加しない理由。


 トリアからもできるだけ距離を置いた理由。


 その正体が周知になった以上、クリシスも隠す必要を失った。


 誰一人話すことができなかった。


 視線は壇上に立つ私たち三人に集まり、息を呑む。


 さきほどのクリシスの発言は何を意味しているのか、彼らは気づいているはずだ。


「トリア見習い神官。あなたは夜のうちでも動けるのですね」


 錫杖を握り締め、天井を見つめる金髪の少女。クリシスが入室して以来、見習い神官はずっと祈るような姿勢で周りに目をくれなかった。


 これは、復讐するためではない。あってはいけない。


 心に群がる暗い感情に気づいて、それに囚われまいとクリシスは自分をただす。


 すべての謎をここで明らかにする。


 そしてようやく次へ踏み出せると、クリシスは信じて疑わなかった。


「ハハッ、こりゃ参ったな。嬢ちゃん、もしかしてメイドちゃんに何かを吹き込まれたのか。気持ちは分からなくもないが、もうちょい冷静になろうぜ」


 相変わらず飄々とした風体で、さぞ面白いものを楽しんでいるようにベーゼは腕を組んでいる。


 怒りがクリシスを支配した。


 胸を焦がすような、激しい憤怒。


 でも少女の理性が告げている。


 この男はいつも通りだった。そして言っていることもまた正しい。


 リサをよく知らない者なら無論考えるはずだ。目の前の少女――クリシス・フォン・ハルトマンは勇者の血筋とはいえまだ若い。もしかして半魔のハーフに誑かされ、利用され、自分たちを崩壊へ導こうとしているのではないか、と。


 現在下から投げられる視線に、どこか懐疑の念が拭いきれないことぐらいクリシスは当然分かっている。ベーゼはその言葉を代弁したに過ぎなかった。


「いいえ、これはあくまで私個人の意志です」


 ここからの一挙手一投足は情勢に大きく影響を与える。


 ゆえに言葉のひとつひとつを、クリシスはゆっくりと、慎重に切り出す。


「それにベーゼさん、あなたにも聞きたいことがあります」


「ほう、なんだ。知らないことは答えないぞ」


 顎髭を撫でて、ベーゼはからかうように笑う。


「昨日、あなたは術式の影響で同じく昏睡状態に陥ったと言いましたが、それは嘘ですね」


「……ふむ」


「私が目覚めた時、書斎は氷漬けにされ、リサの身に纏った服もボロボロでした。つまり……トリア様と戦ったことになります」


 間を挟んで、クリシスはトリアをみる。


 さっきから言葉の的になっているのに、見習い神官はまったく反応を見せなかった。


「半魔のリサでさえ術式の中で起きていられるほどです。一昨日会った瞬間彼女を制したあなた、勇者候補ともあろうお方は眠ってしまうはずがありません」


 理屈には適っている。


 が、クリシスにはなんの証拠もない、ただの推測だ。


 ベーゼが否定するなら、それだけで打つ手がなくなるだろう。しかし……クリシスにとって唯の希望はそこにあり、ゆえに男が味方だと信じて、賭けに出るほかなかった。


 人に見えないように、クリシスはてのひらに滲んだ汗を拭く。

 一方、ベーゼはぷっとわざとらしく噴き出した。


「ハハハハハハッ、まぁ、隠してもしょうがないか。そうだ。嬢ちゃんのいう通り、オレは夜でも普通に動いていたんだ」


 悪びれるもなく、ベーゼはあっさり認めた。

 ただ、その言葉はそこで止まらない。


「ついでに言うと、小僧、いや、ファルミ隊長を殺ったのもオレだ。野郎夜になって人を殺し回っていたからな。それを止めた」


「なっ」


 突拍子もない発言により、大広間に集まる者が一斉に目を丸くした。無論、そこにはクリシスも含まれている。さっきから場を包んでいた重く沈んだ雰囲気は、氷に燃やした炎のごとく、いびつに歪む。

 

「ベーゼ様、ここはわたくしにお任せいただいてもよろしいでしょうか」


 トリアが動いた。


 ヘラヘラとまた何かを言おうとするベーゼを遮って、神官服を着込んだ少女は前へ一歩出る。さっきまで無心に祈りを捧げていたせいか、微かに恍惚とした顔をしながらも、その蜂蜜色の瞳はまっすぐにクリシスを捉えている。


 信仰、使命感。それらを通り過ぎた何かが神官の目に宿っているようだとクリシスは感じて、無意識に一步後ずさった。


「皆さん、さきほどベーゼ様がおっしゃったファルミ隊長が守備軍を殺めていたこと。及びクリシス様がおっしゃったわたくしがメイドのリサさんを手に掛けたこと、ともに真実でございます」


 クリシスは冷たい息が全身をすり抜けた感覚がした。


 知っているつもりでも、いざ認められてしまったらはやはり耐えられないものがあった。


「どうして」


 心がズタズタにされそうな痛みを必死に堪えて、クリシスの喉から弱々しい声が漏れる。


 張り詰めた空気、周囲の視線。


 一方トリアはクリシスを相手にせず、迷いのない口調でさらに続ける。


「しかしクリシス様、わたくしからもう一点補足しなければならないことがございます。昨晩、リサ殿を手にかけた時、実は()()()()()()()()()のですよ。それもあなたの心臓の鼓動がちゃんと止まったのを確認してから、身体も氷漬けにする封印までかけたはず。にもかかわらず、なぜクリシス様はいまここに立っているのでしょうか」



 いま、なにを…………

 


 とてつもながい時間、クリシスの頭が空白状態になった。


 意味が分からなかった。


 いいえ、言葉の意味は分かっている。


 分かって、彼女は理解すること自体を拒んだ。


「みなさまにも理解できるように、来た初日からお話させていただきます。どうしてわたくしが、ファルミ様に人を殺めることをお願いしたのか。そしてどうして昨晩はクリシス様に封印をかけたのか」


「し、神官様が……⁉」


「どうして!」


 驚愕と不可解。


 いま壇下に渦巻く二つの奔流から目を逸らさず、トリアはただ静かに言葉を並べる。


「皆さまは無論、不死者をご存知ですよね。連日ミサに参加してくださった方が多くいらっしゃるので、少なからず神に信心をお持ちだと存じます。そうでなくとも、西諸国の生まれであれば、不死者がいかなる邪悪な存在なのかご理解いただけるはずです」


 これは説明ではない。


 審判の前触れだ。


 そう直感したクリシスは、しかし凍りついて、この場から動けないでいた。

 

 かけ離れた事実を前に、この場で最も現状を呑み込んでいないのはほかでもない、まさに彼女自身になった。


「終わりがあってこそ生が意味を成す。不死者とは、わたくしたち人間のあいだに生まれ、呪いを受けし存在。不死ゆえに悠久の時を亘り生き、徐々と人間から怪物へ変貌するのです。インフェルノの死靈変。サクリファイスの砂漠化。エレジーアの異端収容。どれも人間に大きな災厄をもたらしました。中には傾倒した国まであるほどです。単体でこれほどの破壊力。ある意味、奴らは魔族よりもずっと恐ろしい存在です」


 ……


 クリシスは感じる。


 壇下からぼんやりと漂ってくる視線――いまはかすかな敵意が混じるようになった。


「実は屋敷に閉じこもった初日、わたくしは錫杖の力を頼りに不死者の気配を捉えました。それで、ファルミ様に協力を仰いだわけです。口にするのは大変恥ずかしいお話ですが、わたくしの未熟ゆえに、魔族と不死者を感知こそできるけれど、特定するのはできなかったのです。よって、()()()()、捜査に当たるしかありませんでした」


 ざわつきがさらに広がる。


 不穏な空気を感じ取って、大広間の外へ向かおうとする者が数人。


 トリアの行いが果たしてなんの意味を持つか。恐らく理解できた人物は少ないだろう。ただ、彼らを戦慄させるほど、神官の口から述べられる真実は恐ろしかった。


 決して狂信ではない。


 その瞳には自ら意志を決め、行動する光がある。 


 同時に、その所業は狂気なしに決して届かないものだった。


「いろいろあって、ファルミ隊長はご協力くださいました。しかし守備軍以外の者には決して手を出さない。もし守備軍が全員亡くなっても不死者が発見できずにいたら、手を引くと、わたくしたちはそういう約束を交わしました。もちろん、検証する人の中にファルミ隊長ご自身も含まれております。ただ結果はご存知の通り、一昨日の夜に倉庫が発火し、隠し通路の遺体を含め、十三名もの死者もでました。これも明らかに不死者の暴走によるものだとわたくしは判断しました」


 微かな間をおいて、トリアはクリシスを見つめ直す。


「クリシス様、わたくしが治療を施した時のこと、まだ覚えていらっしゃいますよね」


 ちりょう……チリョウ……。


 言葉がクリシスの頭に反響して、しかし鈍った思考は意味を読み解くことができなかった。


「実は、足の怪我を治した時、クリシス様の回復が異常に速いことに気づきました。わたくしは神官として未熟です。あのような火傷、通常であれば二分以上かかるはずですが、貴女は一瞬で完治に至ったのです。最初は勇者の末裔ですから、何かの祝福を受けていると思いました。しかし調べたところ、クリシス様はどうやら常人と変わらぬようです……それで、昨日の火事の際治療を施したあと、確信に至りました。貴女がハルトマン家の人間ということが私の判断を鈍らせました。代々人間のために戦い導いた家系から、まさか忌み嫌われる不死者が産み落とされるなんて、ほんとうに……出会った当時、もっとはやく決断さえすればファルミ様も死ぬ必要はありませんでした」


 苦虫を噛み潰したような苦しい声で、トリアが続ける。


「でも、これで全てを終わらせることができます」


 錫杖を掲げ、神官服の少女は凛とした顔で、動揺するクリシスに向く。


「クリシス・フォン・ハルトマン。もしあなたにまだ少しでもハルトマン家一員としての誇りがあるとしたら、このまま動かないでおいてください。どういう方法で封印を解いたのかは存じませんけれど、今度こそ身動きできないように厳重に封じます」


 ………………


 混濁とした記憶。


 クリシスの頭に繋ぎ合って、また解けてバラバラになる。


「ひとつだけ、答えてくださいませんか」


 掠れた声が、クリシスの喉から零れた。


「どうしてリサを殺したのですか」


 恐ろしい真実を叩きつけられたあと、少女の心残りと言えるものは、それしかなかった。


「貴女を護ったからです。半魔族ということは最初から承知のうえでしたので、殺意はありませんでした。ひどいことをした自覚はあります。しかし、不死者を退治することがわたくしに与えられた宿命、全ては覚悟のうえで成し遂げました」


 両手で顔を覆って、クリシスは立ち尽くす。


 涙が、不甲斐なく溢れ出し、頬を濡らす。


 その姿、まさしく審判を待つ罪人のようであった。


「お悔やみ申し上げます」


 トリアが近づいてくる。


 トン、トン、トン。


 なぜかその足音がクリシスはやけにはっきり聞こえてしまった。


 手に持った錫杖から神々しい光を発し、その唇から祈祷の言葉が発される。


「尊き神よ」


「いやはや、神官ちゃん、もう少し待ってもらってもいいかね」


 横に一歩、ベーゼはクリシスを庇うように立つ。その左手に、使い古された短剣を握っていた。こういう時でも、男は不真面目なところを崩さなかった。


「勇者候補の貴方が邪魔するおつもりですか、ベーゼ様」


 冷え切った声で、神官は問いただす。

 しかし、男はひらひらと空いた右手を振る。


「邪魔は邪魔だが、そういう意味の邪魔ではない。ただいいことを教えてやろうと思って」


「いいこと、とは」


「神官ちゃん、どうして嬢ちゃんが封印が解けるのかって不思議がってただろ。実はね、おじさんは知ってるんだよ」


「……」


 トリアは返事をしなかった。


 間合いを測るように動き、いつでも錫杖を横から払えるように背中に引く。


「ハハッ、そんな怖い目で見るなよ。嬢ちゃんをからかって楽しんでた時もそんな目で見られなかったぞ。いや~~いまの若い子ってほんとうにわからんな。だから娘も言うことを聞かなかったのかな」


 ベーゼの右手は、長剣に触れる。


 包帯に巻かれた長剣は、いま何故か鞘に収められていた。白銀色の長めの武具――クリシスは一目で分かった。それはファルミの装備だった。


「まぁ、もったいぶるのはやめておこう。つまり、あれだ。封印の手順が正しくないからだ。見習いには分からないと思うが、とてつもない強い不死者を封印する時には一回エネルギーを()()させる必要があるのよ」


 その瞬間、トリアの顔が強張った。


「みなさまお逃げください!」


 上ずった声で、神官はなりふり構わず叫ぶ。


 恐怖か。


 まるで化け物を見たような目をして、端正な顔が歪んでいく。


 右手で錫杖を振りかざし、途端に魂が凍ってしまいそうな寒さが周囲を支配する。


 クリシスはどうすべきか分からなかった。


 一刻でもはやくこの場から離れるべきなのに、足が動かない。そして、気がつけば何故か錫杖ではなく古びた短剣が眼前に迫ってきた。


 なんで?


 頭の内側から軋むような音がして、少女の意識は瞬時に砕け散った。

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