ありふれた挨拶を
ルチアが帰路へと着いたのは、夕闇もすっかりと深みを増した頃だった。
港へと打ち上げられていた大型の飛行鋼骸種には、駐在の兵士達が辺り一帯を封鎖していたために、近付くことさえ出来なかった。
それでも、広場を中心にした街中に、小型の鋼骸種の死骸や、鋼骸器の破片が散らばっていた。
まだ兵士達に回収されていないそれらを、ルチアは一日中、目を皿にして探し回り、必要な部分だけをこっそりと拝借していった。
昼食を抜いた甲斐もあり、成果は中々のものだった。
しかし、中身が一杯に詰まったリュックを背負う足は軽やかにならず、彼女の心は手に入れた鋼骸器ではなく、カイトやメリッサの事ばかりに囚われていた。
攫われたメリッサの救出へと向かった二人に、足手まといとなる彼女は付いていけなかった。
だからこそ、ルチアはカイトに彼が所望する鋼骸器と、最高の状態の右腕を貸し与え、自分が出来る精一杯の応援をして送り出した。
今の彼女には、決死の想いで戦いに赴く彼へと、それだけの事しかしてあげられなかったからだった。
そうして晴れない気分を抱えたまま、ルチアは自分の家である鍛冶店へと帰り着く。
工房の窓には明かりも無く、ひっそりと静まり返っている。外出時と何ら変わらない自宅の様子に、彼女は小さく溜息を吐いて肩を落とした。
暗い気持ちを抱えたまま、ルチアはズボンのポケットを弄る。
と、ようやく指先が薄く細長い鉄片を探し当てた時、彼女は囁くような蹄鉄の音が聞こえてきているのに気付いた。
息を呑んだ彼女は、鍵を取り落としたのにも構わず、路地の方へと取って返す。
店先の路地は夕暮れの闇に沈み、人気も無く静まり返っている。
そんな静止画のような風景の中を、大通りとは逆の側からこちらへと向け、三つの影がゆっくりと近付いてきていた。
長い影法師を伸ばす三人組の人影に、ルチアは正体を見極めようと歩み寄っていく。
やがて、互いの風貌が識別できる距離になった所で、彼女は背負っていた荷物をかなぐりすてる。
そして、抑えきれない高揚感に突き動かされるまま駆け出すと、並んで歩いていた彼らの真ん中に立つ、一際大きく高い影へと体当たりをするように跳び付いた。
「あははっ、メリー!! 良かったぁ、無事だったんだね! 本当に良かった、良かったよぅ!」
「痛っ、何、ちょっと、えっ、ルチア!? やめっ、止めろッ、降ろしなさいって!! こっちは怪我してんだから、乱暴に持ち上げるな、振り回すな、もう、このっ、うああああアアっ!!」
黒燕号の上から引き降ろされたメリッサは、喜びを爆発させるルチアに抱えられたまま、彼女と共に路上で勢い良く回転を切る。
突然に羽交い絞めにされ、情熱的な演舞へと巻き込まれたメリッサは、怒りの絶叫を迸らせる。それでも、目尻に涙を浮かべて喜ぶルチアに、彼女の抵抗はどこか鈍く、握り締めた拳はただ虚しく空を殴り続けていた。
友人の帰還を心から祝うルチアと、その熱烈な歓迎を拒みつつも、どこか満更ではない風のメリッサ。
そんな微笑ましい二人の少女の抱擁を前に、カイトとヒルデブレヒトは黒燕号の鬣越しに、決まり悪そうな微苦笑を交わした。
そんな彼らの存在に気付いたルチアは、目を回し始めていたメリッサを下へと降ろし、喜色満面の表情のまま二人へと破顔した。
「ありがとう、カイト! それに、ヒルも! 約束通り、メリーを助けて帰ってきてくれて!」
「残念ながら、俺はお前の趣味の材料には、ならなかったけどな。だが、代わりにこの借りてた腕は、ちゃんと持って帰ったぞ。まあ、ちょっとばかし、ボロボロにはなっているが―」
「ううん、大丈夫だよ! 修理代は、働いて返してくれればそれで良いから!」
「ええ……そこは、大目に見てはくれないのかよ…………?」
「正規の契約に基づいて貸し受けた物なら、損害分は弁償するのが道理だよ、カイト。同情はするけれど、そこはちゃんと相手の言い分に従わないとね」
「分かってるっての! ああ、クソッ、これなら逃げる途中で、武器の一つか二つでも拾ってくるんだった…………」
横からやんわりと忠告を入れるヒルデブレヒトに、カイトはぶっきらぼうに返しつつ、歯噛みして悔しがる。そんな彼らは、共に衣服は無惨に破れ、全身傷だらけとなり、乾いた泥に塗れた顔には色濃い疲労の影が滲んでいた。
彼らの激戦と苦闘を彷彿とさせる姿に、ルチアは言葉にならない熱い何かが、胸の奥から込み上げてくるのを感じた。
穏やかな微笑みを浮かべた彼女は、不機嫌そうに頬を膨らませるメリッサの頭に顎を乗せ、彼らへとにこやかに尋ねた。
「ま、そんなことよりまず、二人ともお疲れ様! 私の家でゆっくりしてって良いけど、ご飯とお風呂、どっちを先にする?」
彼女の問い掛けに、カイトとヒルデブレヒトは戸惑い気味に顔を見合わせる。
短い黙考の後、彼らは和らげた表情をルチアへと返し、それぞれの要望を伝えた。
「じゃあ、僕はまず、身を清めさせてもらおうかな。それはそうと、彼女の方も綺麗にしてあげたいんだけど、この辺りに大きな水浴び場や、厩舎みたいな所はないかな?」
「俺は、第三の選択肢として、君っていうのがあれば、是非ともそちらをお願いしたいんだが」
「は? あんた何言ってんの、鋼骸種の体してるクセに。クッソ寒いんですけど!」
あくまで生真面目なヒルデブレヒトの隣で、にやにやとした笑みを作って茶化すカイトを、冷めた口調でメリッサが容赦なく罵倒する。
そんな、どこかくたびれた口調で、打ち解けた雰囲気を醸す彼らに、ルチアは温かい心地へと浸りながら、「おかえり」と告げた。
藪から棒に放たれた言葉に、三人は虚を突かれて戸惑う。
それでも、すぐに各々の笑顔を浮かべた彼らは、それぞれの「ただいま」で答えた。
路地の彼方に煌めいていた陽光の名残が、水平線の向こう側へと溶け込んでいく。
長かった四人の一日が、今、終わった。




