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待ち人は、旅立ちの知らせ

「うわ!? すげー見ろよ、ユニコーンだぜ! あの幻獣って結構レアなんだぜ、スゲー!」

「でも、あれって黒い毛をしてるよ……もしかして、別の種類とか、偽物なんじゃないの?」

「えっ、じゃあ、もしかして肉食だったりすんのか!? やべっ食われるぞ、逃げろぉッ!!」


 黒燕号を遠巻きに眺めていた子ども達が、おどけた悲鳴を合図に、一斉に逃げ出していく。

 人混みを機用に駆け抜けていく彼らを、ヒルデブレヒトは微笑みを浮かべて見送る。

 黄色い叫び声が遠くへと去った後、彼は忙しなく流れる人の波へと黒燕号を乗せ、大通りをゆっくりと進んでいった。


 グランドール公謀反における騒動が終結し、一ヶ月近く。

 鋼骸種によって甚大な被害を受けていたブルトロットの街は、既に、以前と変わりない活気と賑わいを取り戻していた。


 特に被害の大きかった中央広場も、支部から派遣された部隊によって、完全に元の姿へと改修されていた。

 青天の下、街路を行き交う人々の顔も明るい。

 どこか命の息吹さえ感じる街の風景と、そこに生きる人達の力強い姿に、それらを馬上から眺めるヒルデブレヒトの口元は、自然と緩やかな弧を描いて(ほころ)んでいた。

 温かな気持ちへと包まれながら、彼は大通りから細い脇道へと()れる。

 人影も(まば)らな隘路(あいろ)を進んだ彼の前には、やがて色褪(いろあ)せた(たたず)まいをしたメイダ鍛冶工房が現れた。


 軒先の柵へと黒燕号を繋いだヒルデブレヒトは、表の出入り口から店の中へと入る。

 焼けた鉄の匂いが(ほの)かに漂う室内には、脇に置かれた長机へと向かい、大量の鋼骸器と対峙するカイトの姿があった。


「おっと、いらっしゃ……ヒル、ヒルじゃないか!? 何だ、お前、久しぶりだな!」


 来客の気配に顔を上げた彼は、相手が顔見知りの人物と知って驚きの声を上げる。

 カイトは手にしていた軍用携帯食(レーション)の缶詰を放り出すと、浅く腰掛けていた椅子から立って戦友(とも)へと駆け寄る。気さくな物腰で来訪を歓迎する彼に、ヒルデブレヒトもまた、気心の知れたにこやかな笑みを返した。


「ああ、しばらく振りだ。あれからだいぶ経ったから、もしかして、例の自家中毒とやらで大変なことになってないか心配していたんだけど、どうやら大丈夫そうで良かったよ」

「お陰様で、どうにかまだ生きてるよ。まあ、必要な鋼骸器が手に入らなくて、メリッサの奴の調子が悪い時は、たま~に死にかけているけどな」

「ということは、やはり彼女の魔力が、君の体を浄化していたというので間違いなかったのか……。じゃあ、彼女も遂に魔法を自由に使えるようになったのかい?」

「一応は、な。だが、思い通りにってのには、まだまだ程遠いみたいだけどな」


 例の事件以来、体内の魔力を無理に(いじ)られた影響からか、メリッサは少しではあるが魔法めいた力を使えるようになっていた。そして、それはカイトの生理電解液の汚染度を緩和させるという、原因も理由も判然としない、最高に素晴らしい効果も有していた。


 だが、遂に手に入れた念願の異能を、未だメリッサは充分に使いこなせずにいた。

 カイトは魔法や魔術について、何一つとして知識は持ち合わせてはいない。

 なので、思い悩む彼女に有益な助言(アドバイス)も出来ないまま、彼はその書籍を読み漁っての独学を見守り、また一種の実験台となることで助力する日々を送っていた。


 そんな、無力感を(ともな)った懐古に小さく溜息を漏らしたカイトは、ふと、ヒルデブレヒトの方へと疑わしげな眼差しを向ける。


「そういえば、どうしてお前がここに? まさか、俺の見舞いに来たってわけじゃないだろ?」

「それも、無くはないけどね。でも、僕が一番に用事があるのは、いま話に出た彼女で―」


 訪問の目的を告げる彼の言葉は、しかし、上階(じょうかい)から降ってきた激しい物音に(さえぎ)られた。

 扉を乱暴に開け放つ衝撃に続き、慌ただしい足音が廊下を駆け抜ける。

 突き当たりで鋭くターンをきり、階段を三段飛ばしで一気に降りてきたメリッサは、来訪していたヒルデブレヒトを見付け、飛び切りの笑顔を浮かべた。


「やっぱり、あんただったのね! ちょっと、来てたのなら私にも声を掛けなさいよ!」

「やあ、済まない。少し、彼と話し込んでいたんだ。聞いたけど、君も魔法を使え―」

「そんなのは後々(あとあと)! それより、今日来たのって、あれを持ってきたからよね!? ただ遊びに来ただけとかだったら叩き出すわよ!」


 相手の発言を問答無用で封じた彼女は、小走りでヒルデブレヒトへと迫る。

 険しい糸目を輝かせ、間近から弾んだ声で恫喝(どうかつ)する彼女に、彼は気圧(けお)されたように両手を上げて苦笑した。


「分かった、分かったから落ち着いて。君が言っているのは、これの事だろう?」


 真下から睨み上げる彼女にそう答え、ヒルデブレヒトは降参の恰好(ポーズ)で掲げていた左手を、上着の懐へと差し込む。間を置かずに抜き出されたそこには、濃紺の短い装飾布(リボン)が付けられた、銅貨とほぼ同じ形状と色合いをした小さな円板が握られていた。


 通貨にしてはやや大きく、妙な意匠(いしょう)も凝らされたそれを、ヒルデブレヒトは両の手で持ち直して胸元へと構える。


「メリッサ・アースキン。今回の有事に際して貴殿は市井(しせい)の者として、その解決のために惜しみない働きを果たした事を認める。よって、その尽力と国家への忠誠を称え―」


 背筋を伸ばし、表情と声も(つくろ)った彼は、(おごそ)かな物腰となって固い言葉を(つむ)いでいく。

 急に硬質な物言いを始めた彼に、しかしメリッサは全く意に介せず、差し出されていた銅色の小円盤(メダル)を強引に(かす)め取った。


「やったぁ、手に入れた……遂に、手に入れちゃったあ!! これさえあれば、もう、誰にも文句は言わせない……これで、私は完璧な……ムフフふふっ――」


 奪い取った品を頭上へと(かざ)し、彼女は恍惚(こうこつ)とした面持ちで軽やかに旋回(ターン)する。

 部屋の中を小躍りして回るメリッサに、カイトは呆気に取られた顔をヒルデブレヒトへと向ける。

 その戸惑いの眼差しに気付いた彼は、小さく口角を歪めて笑った。


「あれは、騎士団から協力的な国民に与えられる勲章(メダル)だよ。今回、グランドール公の反乱の阻止において、一定の功績が認められたから、僕が特使となって彼女へと届けにきたんだ」


 彼の説明に納得したカイトは、同時に、意外な驚きに打たれて戸惑う。

 傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な性格のメリッサは、普段、周囲の目を気にする素振りをあまり見せない。

 そんな彼女が、社会的な評価を気に掛け、受け取った褒章(ほうしょう)に喜びを爆発させているのは、どうにも彼の持つ人物像(イメージ)にはそぐわなかった。


 (ひと)り浮かれ騒ぐメリッサを、カイトは奇妙な違和感を抱きながら眺める。そんな彼に、ヒルデブレヒトは相手の顔を覗き込むようにして、申し訳なさそうに謝りを入れた。


「済まない、カイト。君の事は、上にはまだ内密にしてある。だから、特別褒章も間違いない働きをしてくれた君でも、彼女のように表彰するのは無理なんだ……」

「別に要らねぇし、黙っておいてくれた方が助かるから、俺は構わねぇよ。てか、お前も騎士団の使いっぱしりとか、国を救った英雄の割には、随分と地味な仕事を任されてんだな」

「結果だけ見れば勲章ものだけれど、騎士団側では僕の独断専行として処理しているからね。本来なら、除籍処分も(まぬが)れないところを、今は功績と懲罰を相殺させて帳消しにしているってところかな。今回の件に関する正式な処分は、これから通知されるかもしれないけれどね」

「そうか……俺のせいで、迷惑を掛けて悪いな」

「反省をするところはあるけど、後悔はしていないよ。それに、何かと大変そうなのは、君の方も同じみたいだしね」


 ()びを入れるカイトへそう断ったヒルデブレヒトは、彼のくたびれ切った作業着の出で立ちを見下ろす。それとなくこちらの事情を察し、思いやりの言葉さえも掛けてくれる相手に、カイトは思わず感涙へと(むせ)びそうになってしまう。


 実際、メリッサからの魔力の供給もあって、どうにか義身の維持を行っているカイトは、今や彼女との間に完全な上下関係を築き上げられていた。

 加えて、寝食の場所を間借りしているルチアにも、以前の戦闘で損傷した右腕の修繕(リペア)費と、それの日常的な貸賃(レンタル)料も含めて、多額の借金(ツケ)を作ってしまっている。

 それらを完済するために、カイトは彼女の求めるまま、鋼骸器の収集と封印(ロック)の解除にほぼ毎日従事していた。

 要は、今のカイトは体良(ていよ)く、二人の少女の奴隷(スレイブ)となっているも同然だった。


 そんな血涙も禁じ得ない苦境への愚痴(ぐち)を、彼はこれ幸いにぶちまけようと口を開く。

 だが、彼の恨み(つら)みのこもった苦情は、機先を制して上げられた、甲高い()頓狂(とんきょう)な叫び声に(さえぎ)られた。


 唐突に足を止めたメリッサは、手にしていたメダルを愕然として凝視していた。

 やがて、鋭く(きびす)を返した彼女は、素早く強い足取りでヒルデブレヒトの前へと戻り、眉を険しく吊り上げながら彼へとそれを突き出した。


「ちょっと、何よ、これ!? このメダル、『栄誉魔術師賞』じゃなくて、『栄誉市民賞』のじゃないの! 何で、私が普通の人と同じ扱いになってんのよ!?」


 記章に彫り込まれた牡鹿の絵を見せながら、メリッサは声高に彼を詰問する。

 一方、その非難に身に覚えがあるのか、ヒルデブレヒトは決まり悪そうに(うなじ)(さす)り、彼女へと小さく頭を()れた。


「ごめんよ、君の働きについても上には伝えたんだが、魔力を行使したという確かな証拠が示せなかったのと、君に魔術師としての実績がなかったのを踏まえて、今回は『栄誉市民賞』での対応になったんだ……。期待に添えなくて、本当に申し訳ない―」


 面目なさそうに謝罪する彼に、メリッサは顔面を引きつらせて絶句する。

 彼らが口にする幾つかの名称の賞について、カイトは良くは知らない。

 それでも話の流れから、彼は記章を貰った時には大喜びしていたメリッサが、今になって激怒しているのかを、大まかにではあるが理解できた。


 詳しくは分からないが、この世界の市民へと与えられる褒章には、普通の人間と、魔術を体得した者で、それぞれ与えられるものが異なるらしい。

 当然、自分は魔術師を対象とする方に該当すると、メリッサはそう考えていた。

 だが、実際に与えられたのは、一般人に対しての賞だった。

 それは彼女にとって、自分は認められた本物の魔女ではないと、そう社会から宣告されたも同然に違いなかった。


 思惑とは全く違った結果に茫然として立ち尽くしていたメリッサは、やがて(ゆる)く長い溜息を吐いて肩を落とす。

 そして、二人が息を呑んで見守る前で、ゆっくりと右腕を掲げた彼女は、その手に握っていた記章を、淀みの無い動きで背後へと放り投げた。

 青い尾をはためかせ、宙を低く裂いた円盤は、部屋の脇に積まれていた不良品(スクラップ)の山へとぶつかり、そのまま中へと(まぎ)れて見えなくなった。


 唖然(あぜん)として棒立ちとなるカイトとヒルデブレヒトを余所(よそ)に、メリッサはすっきりとした面持ちで彼らの方を振り返る。

 軽やかに両手を(はた)き合わせながら、彼女は苛立たしげに、小さく鼻から息を吹き出した。


「まったく、あんなお門違(かどちが)いの物を送りつけるなんて、ホンット騎士団って脳筋バカのお間抜け集団よね! 私が魔法を使えるか分からない、ですって? 良いわ、そういうことなら―」


 怒りを込めた低い声音で(つぶや)いていたメリッサは、唐突に途中で言葉を切ると、カイトを正面からまっすぐに指差した。


「この私が直々に、自分達の間違いを証明しに行ってあげるわ! ということで、アーリヴァンの騎士団本部までの旅の準備、急いでしなさいカイト!」

「はっ、え、俺がかよ!? てか、わざわざそこまですることか!?」

「そんなの、当ッたり前でしょ! あんたも、自分の主人を(ないがし)ろにされて、悔しくない訳!?」


 正直、メリッサの肩書きがどうであろうが、カイトにとってはどうでも良かった。

 しかし、一度火の着いた彼女は、どうあっても引き下がりはしない事を、それなりに長い付き合いとなっている彼は充分に理解していた。

 気怠(けだる)げな溜息を漏らしたカイトは、ふと、隣に立つヒルデブレヒトに尋ねる。


「なあ、お前のいる騎士団本部のある街ってのは、やっぱりここより大きいんだよな? そこは、ここよりも鋼骸器やそれに関する情報とか、沢山集まったりしているのか?」

「あそこは、東部でも屈指の大都市だからね。僕はそこまで詳しくないけど、鋼骸器を専門に扱うギルドも幾つかあるはずだから、調べればどっちも色々と手に入るはずだよ」


 だとすれば、場合によればナノマシン注入器だけでなく、あわよくば義身の浄化(クリアリング)に関わる装置も手に入る可能性もある。もしくは、ひょっとしたら、時空間転移装置(タイムマシン)部品(パーツ)や周辺機器など、元の世界に戻るための手掛かりも得られないとは限らなかった。


 メリッサの我がままに付き合う利点(メリット)を列挙していくカイトに、やがて痺れを切らした彼女は、唇を尖らせて三白眼を向ける。


「あんたの都合は、どうでも良いの! 私がいる所が、あなたのいる所なの! 分かった!?」

 

 有無を言わせない調子で言い放つメリッサに、カイトはやれやれと肩を(すく)める。

 そして、彼は大仰な身振りで姿勢を正すと、腰に手を添えて仁王立つ彼女へ、(うやうや)しく身を屈めて頭を垂れた。


「了解しました。我が(マイ)愛しの主殿(マスター)


 おどけたように恭順を示すカイトに、メリッサは得意気に、嬉しそうに微笑み掛ける。

 天窓から差し込む朝日が、主従の恰好で向かい合う二人を照らし上げている。


 二人の新しい一日が、今、始まろうとしていた。

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