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Armed Wizard Vanguard(アームド ウィザード ヴァンガード)  作者: 伊森 維亮
第三章 鋼鉄の越境者(スティール アウトサイダー)
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師と弟子

(なん、で…………ど……して…………どうして、なの…………)

 

 どこからか聞こえる、弱りきったか細い悲鳴。

 脳内へと染み込む、その幽鬼(スピリット)じみた悲し気な声に、アビゲイルはゆっくりと目を覚ました。

 正気を取り戻した彼女は、鉛のように重たい頭を(うごめ)かし、微動だにしない胴体を見下ろす。

 柱へと腰掛ける姿勢で座る彼女の服は、胸の傷口から溢れた血で、前面のほとんどが黒味を帯びた赤へと染め直されている。

 既に、出血が致死量に達しているのは、確かめるまでも無く明らかだった。


 氷のように冷たく固まった手足は動かず、もはや息も力を込めなければ続けられない。

 機能と自由のほとんどを失っている体に、アビゲイルはもうじき、自分が死ぬことを悟った。

 現世における命が尽きれば、その魂は契約を結んだ悪魔の物となる。

 それはつまり、今までは自身に隷属していたギスティアが、今度は自分の所有者になるという事に他ならない。


 これから永劫に続くであろう、彼との主従関係が逆転した地獄での生活に、アビゲイルは訳も無く可笑(おか)しみを覚えて笑みを零した。

 引きつらせた口端へと血の(あぶく)を作っていた彼女は、ふと、先程自分を覚醒させた小さな声が、未だに耳朶(じだ)を打ち続けているのに気付いた。

 部屋には、ネックマンと侵入者の戦闘によるものらしき、激しい轟音が木霊(こだま)している。

 その中でも、掻き消されることなく聞こえ続けている何者かの声は、普通に発せられた肉声でもなければ、死の間際における幻聴の(たぐい)でもなさそうだった。

 声の正体を探して視線を揺らしていた彼女は、自分がメリッサの入れられている容器へと寄り掛かっているのを知る。瞬間、アビゲイルは微かに耳へと届く謎の声が、彼女のそれと同じ響きを帯びているのに気が付いた。


 強力な魔力を有し、その扱いに()けた魔術師同士であれば、放出する魔力の波動を調節して意思を疎通させることが可能となる。ネックマンによって余剰な魔力が吸収され、メリッサは一時的に、その高等魔術を行使できるようになっていたようだった。

 思わぬ副産物へと驚くアビゲイルに、半ば無意識のまま、メリッサは水越しに問い続ける。


(どうして……私を、裏切ったの…………なんで……私を……殺そうとしたの…………)


 途切れがちに発せられる、今にも消え入りそうな彼女の声は、悲痛な音色を帯びている。

 戸惑いと恐れが滲むその声音に、アビゲイルはふと、初めて出会った日の彼女もまた、同じような反応をしていたのを思い出した。

 生意気で不愛想で、一匹狼的な雰囲気を装いながらも、どこか危うい(もろ)さを感じさせずにはいられない、貧相なまでに小柄な銀髪の女の子。

 そんな彼女を孤児院で初めて遠目に見た時、アビゲイルはその異質な髪の色が、その身に秘められた膨大な魔力によるものだと、すぐに見て取った。


 その後、教会からの依頼を達した彼女は、報酬として例の子どもを求めた。

 生まれつきの才能と素質に恵まれ、しかし魔法には全くの無知である存在。

 そんな()(さら)のままの雛形が、自分が手を加えることによってどのように変化するのか、アビゲイルは魔女としての興味と好奇心をくすぐられたのだった。


 それに、もし思い通りに事が進まなければ、好きな方法で始末をすれば良い。

 そんな、打算的で場当たり的な軽い気持ちで、アビゲイルはメリッサという名の少女を、弟子として育てていった。しかし、メリッサがもって生まれた天賦(てんぷ)の資質は、アビゲイルの想像を遥かに超えた、強大で異質なものだった。


 メリッサの魔力は、既にアビゲイルへと匹敵する程の、圧倒的な質量を備えていた。

 片や、それを秘めている彼女の肉体は、余りにも貧弱で脆弱(ぜいじゃく)に過ぎた。そのため、彼女は自らの体を守るために、本能的に魔力へと蓋をし、身の奥へと封じ込めてしまっていた。


 やがて、アビゲイルの試行錯誤も実を結ばないまま、メリッサは幼女から少女へと成長した。

 未だ恵まれない体格の彼女の中で、行き場を失った魔力は、更にその力と密度を増していた。

 もはや、彼女が魔術を体得するための手段や時間は、残されてはいない。

 長い煩悶(はんもん)の末、そう結論を下したアビゲイルは、自らの弟子を殺すと決意した。

 だからこそ、彼女は確実にその目的を達するため、悪魔であるギスティアと契約を結んでまで、逃走を続けるメリッサの命を狙い続けたのだった。


 姿を消して逃げ惑う彼女を、放置するという選択肢はなかった。

 もし、今のメリッサを捨て置けば、膨れ上がった魔力は遠からず爆発を起こす。

 そうなれば、彼女は暴走する魔力から、死よりも怖ろしい苦しみを味あわなければならなくなる。アビゲイルは、例え自分の魂を悪魔に売り、自らの手をその血で汚すことになっても、自身の弟子をそのような目に遭わせたくはなかった。

 

 アビゲイルの誤算は、メリッサを一人前の魔女とできなかったことだけではない。

 彼女は、弟子である彼女にいつの間にか情を移していたばかりか、名ばかりのはずであった師匠としての責任を、切実なまでに感じるようになってしまっていた。

 幼い時分から風来坊(ふうらいぼう)として生きてきた彼女は、常に孤独を友として旅を続けてきた。

 それ故、決して仲は良好ではなかったとはいえ、初めて長い年月を一緒に過ごした相手に、アビゲイルはいつしか家族のような感情を抱くようになっていた。


 だからこそ、彼女は得体のしれない、ネックマンという鋼骸種の誘いにも応じた。

 彼は、自身の操る鋼骸器を用いれば、メリッサの魔力を根絶できると(うそぶ)いた。そうなれば、例え副作用から後遺症は残ろうと、彼女は死ぬことも、暴走を引き起こすこともない。

 メリッサは、ただの一人の人間として、生きていくことができるはずだったのだ。


(そんなの……嫌…………絶対に……絶対に……嫌だ…………!)


 走馬灯のようなアビゲイルの告白に、メリッサは音にはならない声の語気を強める。

 混濁した意識のまま、彼女は相手の不器用な好意を、(かたく)なに拒絶し、否定した。


(私は、絶対に、魔女になる…………あの日、私を薄暗くて、狭い檻から助けてくれた、あの魔女のような人になる…………だから、私は死なない…………私は、諦めない…………!!)


 悲鳴にも似た、血の滲むような彼女の訴えに、アビゲイルは止まりかけていた息を詰める。

 直後、熱を帯びた鈍痛に(うず)いていた胸へと広がる、柔らかい温もりの感触に、彼女の血に汚れた口元は自然と(ほころ)んでしまっていた。


 意地っ張りで(ごう)(がん)不遜(ふそん)、気が強くて自己中心なくせに、本心を表に出したがらない臆病者。

 最後まで変わらない愛弟子に、自分に娘がいたらこんな子だったのだろうかと、アビゲイルは何気なしにそんな事を思った。


 そんな、取るに足らない夢想に(ふけ)っていた彼女は、ふと誰かの視線を肌で感じる。上げた視線の先には、薄い影となって眼前に立つ、苦り切った面持ちをしたギスティアの姿があった。

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