時間切れ
突然の奇行から露出された奇形の心臓に、カイトは唖然として言葉を失う。
思考停止に陥りかけた彼は、しかし、視線の上端に見切れたD・ウォルトの嘲笑を目に留めた瞬間、謎の右腕の正体と、彼の行為が意味するところを全て悟った。
「そうか……残念だが俺は、もうお前へと手を貸してしまっていたみたいだな。こっちへと流れ着いた、あの基地に備えられていた兵器。それらの使用制限を解除し、自律兵器の支配権までも掌握できたのは、切断された俺の右腕をお前が持っていたからだったのか―」
「本当にお前には、いや、お前の腕には助けられたぞ。渡界の際に大半の機能を失っていた私の義身では、例え我が軍の装備品であっても、自由に行使ができなかった。そうした苦境にあって、貴様が残していってくれた、この制限解除の端末が内蔵された作業腕がなければ、我が命を繋ぎ止めることも、不相応な野望に支配された小権力者を懐柔することも、新たな希望を我が手に掴むことも叶わなかった。本当に貴様には、感謝しても感謝しきれぬわ!」
「礼には及ばないさ。だから、さっさとそれ、返してくれないか?」
「既に新しい物が生えておるらしい貴様には、もう必要はないだろう? 逆に、お前には残りの左腕の方も、是非とも私に譲って欲しいと思っているのだ」
「ハッキング装置の代替用にか? 悪いがそういうのは、貸していた方の腕から複製品でも作っておけよ。まさか、そんな作業も無理な程、そっちの物資事情も苦しいってか?」
「いや、システムの解析と複製化は、とっくの昔に済ませておる。問題は、その時に私が発見した、右腕の記録媒体に残されていた内容だ。そこには、貴様が時空間転位装置のハッキングを試みた際、機器側から受けた信号の波長や種類が、断片的にではあるが詳細に記録されていた。これが、何を意味するか、分かるな?」
思わせ振りなD・ウォルトの問いに、今度はカイトもすぐに、その発言の意図を察する。
固い仏頂面を作った彼は、肩口から地肌が露わとなっていた、自身の左腕を横目で睨んだ。
「あの時、俺はタイムマシンへの介入操作を、両腕の端末で行った…………もし、お前の言った事が本当なら、こっちの腕にも異常反応に関する情報が残っている、そういうことか」
「正しく!! そして、その二つの記録を解析し、照合すれば、我々が別世界へと飛ばされた際、時空間転位装置内でどのような反応が起こっていたか、完全に把握できる! そうなれば、それらを基に時空間転位装置へと改良を施し、『異空間転位装置』の製造も可能となる! 魔法という新たな力を手にした私が、真・世界帝王として、自らの世界へと凱旋を果たすのだ!!」
「前に、お前の名付けの発想力は貧弱だと言ったが、訂正する。壊滅的の、間違いだったな」
「おとなしく降伏し、私の配下となれ、カイト! その腕を差し出し、私へと忠誠を誓えば、貴様も元の世界へと戻れるのだぞ! 既に生来の血肉はない貴様とて、こんな見知らぬ異界になど骨を埋めたくはないだろう!?」
「ああ、そうだな。それじゃあ、お前からその腕を取り戻して、俺だけ帰らせてもらうとする! お前は、このままこっちで、朽ち果てていろ!!」
世界規模の大戦を引き起こし、多くの罪無き者を虐げてきた上、更なる戦火を二つの世界へ拡げようとしている、加虐と支配と自己顕示の欲望に溺れた一人の男。
そんな、世紀と世界を越えた大罪人に従うつもりも、その血濡れた野望を見逃すつもりも、カイトには毛頭なかった。
禍々しい力と意志が封じられた、因縁の敵の巨躯へと向け、カイトは怒声と同時に駆け出す。
義憤と私憤に駆られるまま、全速で標的へと躍り掛かった彼は、斜向かいへと置かれていた装置の残骸へと衝突した。
激しく転倒した彼の視界は、その視覚範囲と解像度が、加速度的に悪化していく。
それと合わせて、徐々に重さと痺れを増していく手足に、カイトは生理電解液の汚染が、遂に許容域を超えたことを体感的に悟った。
伏せた顔へと苦悶の色を浮かべ、彼は軽い痙攣を起こす左手を腰へと伸ばす。
ベルトへと挟んでいたはずの、彼が必要としている物は、しかしそこにはなかった。
「おやおやカイトくん、調子が悪そうだねぇ。もしかして探し物は、これかなあ?」
鼓膜を揺らす軽いノイズ音に紛れて、間延びした野太い声が響く。
うつ伏せの体勢から顔を上げたカイトの視線の先では、D・ウォルトが脇の下から伸ばした補助腕の先で、彼が落としたナノマシン注入器を軽やかに回して弄んでいた。
所有する最後の一本を奪われたカイトは、力無く乾いた失笑を漏らす。虚脱させた身を横たえる彼を、D・ウォルトはさも可笑しそうに、下卑た眼差しで眺めていた。
「さあ、ここで、もう一度問おう。カイトよ、再び私へと従属するつもりはないか?」
嘲りの口調で告げられる最後通牒に、カイトは倒れ伏したまま、左手の中指を立てて見せる。
彼の想いが全て込められたその返答に、D・ウォルトは満足そうに満面の笑みを浮かべ、二本の鉄の指で掴んでいた容器を、真っ二つにへし折った。




