食えない者達
轟音と共に殺到した鉄片の雨は、壁となっていた護衛の兵士と、それに守られていたグランドール公。また、主人の後ろに控えていた、他の二名を間髪を容れずに貫通し、鉄と布切れと血肉が混ざり合った不定形の塊へと作り変えた。
不純物の混ざった血潮が、床へと広く赤黒い染みを拡げる。
立ち込める鉄と糞尿の臭いを帯びた霧を前に、両腕で身震いしていた鋼骸器を止めたネックマンは、業とらしい驚きの声を漏らした。
「おっと、申し訳ございません! 何分、新しい体に慣れておりませぬ故、図らずも粗相を致してしまいました! ですが、何もお尋ねになられないということは、不問に処すということで宜しいのですね? いやぁ、身に余る過分のお取り計らい、誠に感涙を禁じませぬ! さて、済んだ話はここまでと致しまして…………どうしてお前は、死んでいない?」
頬へと張り付かせていた作り笑いを剥ぎ取り、ネックマンは低く落とした語調で問いを放つ。
彼から尋ねられたアビゲイルは、前面へと張っていた半透明の魔術障壁越しに、険しい顔付きのまま小さく鼻を鳴らした。
「お生憎様。私は別に、注意を怠るほど頭に血も昇っていなければ、あなたを信用してもいない。私を殺りたければ、もっとしっかり狙いを定めなさい」
「はは、済まない。どうやら私は、君を見縊ってしまっていたようだ。さて、それでどうする? 主人を眼前で弑した反逆者をこの場で誅するかね、魔導士殿?」
ネックマンの軽薄な口調の質問に、アビゲイルは傍らに散らばった、かつての主人を流し見る。
短い黙考の後、面倒くさそうに溜息を漏らした彼女は、展開させていた障壁を収束させた。
「死人と心中するつもりは、更々ないわ。あなたがどういうつもりか知らないけれど、私に関わらないのであれば邪魔はしないわ。それとも、目撃者は確実に消しておくのかしら?」
「いや、君の事だ。その言葉に嘘はないだろう。成り行き上、君にも流れ弾から危険な目に遭わせてしまったことを、改めて心から謝罪する。いやはや、本当に済まなかったよ」
殊勝に詫びの文句を述べたネックマンは、顎を引いてアビゲイルへと謝りを入れる。
どこか空々しささえ窺える彼の言葉と挙措を前に、アビゲイルはその振る舞いを細心の注意をもって眺めつつ、短く首を左右へと振ってみせた。
「そんなもの、要らないし必要ないわ。何にせよ、仕えるべき主人もこうなってしまったからには、私もお役御免みたいね。これ以上、妙な面倒に巻き込まれる前に、失礼させてもらうわ」
「それは惜しいな。どうだい? このまま、私に力を貸してはくれないかい?」
「断るわ。私は元々、魔導士とかいう堅苦しい名前の役職は肌に合わないし、政権闘争みたいな俗事と関わるのも嫌いなの。もう私の目的は達せられたみたいだし、そこで伸びている搾りカスを貰ってから、さっさと失礼させていただくとするわ」
相手の申し出を端的に拒絶したアビゲイルは、今や抜け殻となっているメリッサの方へと足を向ける。当然の報酬を受け取ろうとする彼女に、ネックマンは広い眉間へと困った風に皺を寄せ、下げていた右腕の鋼骸器を差し向けた。
「悪いが、それは待って欲しい。彼女の魔力は、まだ微量ながら放出が続いていてね。君が望んでいたような状態には、残念ながらまだ至ってはいないんだ」
「何……ですって? あなた、私の術式を組み込んだ魔鋼器を使えば、その子の魔力を源から絶てると言ったはずよね? あれは、嘘だったと、そういう訳?」
「そうじゃない。ただ確かに、可能性は高いと、言った覚えはあるがね。方法が拙いのか、装置が悪いのかはまだ分からない。だが、これからも幾つもの手法を試し、検討を重ねていけば、いつかはお互いの望む結果に落ち着くはずさ。だから、君との約束を守るためにも、ここで彼女を渡す訳にはいかないね。頼むから私を、嘘つきにはしないでくれ」
彼は切々とした、哀れみさえ感じさせる口調で、そう彼女へと訴える。
相手を真っ直ぐに見据えるその瞳は、固く冷たい、妖しい光にギラついていた。
言葉とは裏腹な表情を見せる彼に、アビゲイルは倦怠と嫌悪に満ちた吐息を零す。
始めから、可能性は低いと分かってはいた。
それでも、万が一の可能性に賭け、明らかな甘言へと乗った過去の自分を呪いつつ、彼女は仄かな嘲笑を浮かべるネックマンを睨め上げた。
「もう、良いわ。上辺だけの約束なんて、どうでも良いから。彼女は、渡してもらうわ」
「困るなぁ、勝手をされては。では、不本意ながら、君にはおとなしくしてもらうとしよう。だが、君も知っての通り、まだ私もこの体に不慣れでね。勢い余って乱暴な事をしてしまっても、決して本意ではないから恨まないでくれよ」
「心配の必要はないわ。だって、あなたはとっくに終わっているもの」
危機感の欠落した、淡々とした彼女の物言いに、ネックマンは訝しげに眉を顰める。
彼は発言の意図を問おうと、骨太の顎を降ろす。瞬間、その鉄製の巨躯の一面へと、部屋を包む薄闇を吹き払う程の、赤銅色をした鮮やかな光の線が浮かび上がった。
「なっ、何だ、これは!? まさか、貴様ッ―!?」
突如として全身に刻まれる、人為的な曲線を描く紋様に、ネックマンは驚愕に剥いた両目をアビゲイルへと向ける。初めて動揺を顕わにする相手を、彼女は後ろ手に印を結んでいた右手で指差し、物憂げな微笑に目を細めた。
「あなたが狡猾で計算高い、舌の二枚あるような人だって、私が気付いてないと思った? 当然、その魔動鋼骸兵も良からぬ目的で使うつもりだった事は、予測済み。回路を構築する時、保険のために遠隔式の魔法陣を仕込んでおいて、正解だったわ」
さも申し訳なさそうに真実を告白する彼女に、ネックマンは色の無い唇を引きつらせる。
その合間から呪詛や悲鳴が漏れ出す暇も与えず、煌々とした赤い入れ墨は一層の輝きを放った直後、目も眩む程の凄まじい烈火を噴き上げた。




