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Armed Wizard Vanguard(アームド ウィザード ヴァンガード)  作者: 伊森 維亮
第三章 鋼鉄の越境者(スティール アウトサイダー)
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両手に魔女

 魔力を糧として発火した炎は、瞬く間に鋼骸兵の全身を包み、燃え盛る。

 巨大な火達磨(ひだるま)と化したネックマンは、自身を蹂躙(じゅうりん)する業火(ごうか)を振り払おうと、懸命に身悶える。


 必死の抵抗の末、執拗(しつよう)な火責めの前に力尽きた彼は、悲壮な獣の絶叫を喉奥より絞り出し、その場へと硬質な音をたてて膝を突いた。

 屈強な手足を弛緩させた彼は、身じろぎもせず、濃密な火炎へと身を任せる。

 沈黙したまま火刑へと処される鉄の巨人を前に、意図しない結果とは言え、主人の敵討ちをする格好となったアビゲイルは、自嘲の笑みを頬に刻む。

 もはや、ただの巨大な篝火(かがりび)と化した鉄の(むくろ)から、彼女はその後方のメリッサへと視線を移す。


 直近で起こる騒ぎの中でも気を失ったままの彼女の、その身に秘めた魔力を根絶できる可能性は絶たれた。こうなった以上、無用の苦しみを与えない意味でも、彼女はこの場で始末するより他になかった。


 数秒にも満たない黙考の後、アビゲイルは広げた右の掌へと小さな、しかし少女一人を滅却するには充分な威力を備えた火球を生成する。

 命の危機を知る由もなく、夢と水の中を漂い続けている相手に、彼女はその手に掲げた炎の玉を向ける。瞬間、視界を不意に埋めた、それの放つ明かりよりも更に強い炎の赤に、彼女は(まぶ)しさから思わず目を細めた。


「だから、言っているじゃあないか。彼女をいま処分されたら、この私が困ると」


 突然の光に遅れて、肌を(あぶ)る痛い程の熱気と、嘲弄(ちょうろう)の響きを帯びた注意が浴びせられる。

 背筋に走る冷たい電流に、アビゲイルは反射的に横へと視線を逸らす。危険を察知すべく、素早く回された彼女の頭は、直後に首から伝わってきた衝撃に、短く激しく突き上げられた。

 

 大きく揺れる彼女の視界には、一面を埋め尽くす、熱を帯びた紅蓮の揺らめき。

 そして、その中からこちらをしたり顔で眺める、ネックマンの嫌味な表情をした相貌(そうぼう)

 それから、彼の燃える左腕の手首から伸び、自分の胸元へと切っ先を沈めている、幅広の長剣がほぼ同時に飛び込んできた。


 刀身の突き立った衣服の上には、見る見る内に黒々とした染みが広がっていく。

 胸の傷から顔を上げたアビゲイルは、間近で対峙(たいじ)する相手へと口を開く。

 が、そこからは怒りや威嚇(いかく)の言葉の代わりに、濃密で赤黒い血液が溢れ出した。

 大量の吐血をした彼女は、遅れてきた凄絶(せいぜつ)な激痛に体を小刻みに震わせる。肺を切り裂かれ、自らの出血に溺れる相手を見下ろしながら、ネックマンは喉を鳴らして笑い掛ける。


「疑い深くて抜け目のないお前が、私を信用し切っていないことぐらい、察していない訳がなかろう。このような姑息(こそく)な小細工など、とっくに見抜いておったわ。まあしかし、こんな火花のような発火の魔術ごとき、私の傑作にとっては耐火実験にもならぬ―ええい、汚らしい!」

 滔々(とうとう)と雄弁を(ふる)っていたネックマンは、左の拳へと真紅の吐瀉物(としゃぶつ)を零すアビゲイルに、さも不快そうに怒号を上げて右腕を振るう。

 隠し剣に串刺しとなったまま振り回された彼女の体は、その刀身が胸部から抜けた勢いで、ネックマンの背後へと放り出される。そして、力無く宙を舞った後、行く手に在ったメリッサの入れられた容器へと背中を叩き付け、そのまま受け身も取らずに落下した。


 機器の土台へともたれるように腰掛ける彼女は、投げ出した四肢を(うつむ)いたまま痙攣(けいれん)させる。

 もはや、死に瀕した際の生理的な反応を示すだけの相手に、ネックマンは悲しみにくれた沈痛な面持ちで、さも無念そうに嘆きの言葉を漏らした。


「ああ、残念だよ。君みたいな、美しく優秀な女性に挿入するのが、これが最初で最後になるなんて……。だけど、どうか安心して逝ってくれ。例え、君という存在は消えたとしても、その魔女としての肉体は、私が灰となるまで有効活用してあげるから」

 

 未だ生活反応(バイタル)の途切れない幼い魔女に加えて、新鮮な死体となったばかりの女魔導士。

 眼前に並んで置かれた貴重な二つの実験素材(モルモット)に、ネックマンは思わず恍惚(こうこつ)として、眩暈(めまい)のするような幸福感にしばし浸った。

 

 やがて、陶然(とうぜん)とした心地から現実へと戻った彼は、息絶えたばかりのアビゲイルを最善の状態で保存(キープ)すべく、床へと血溜まりを広げる彼女へと腕を伸ばす。

 その太い鉄の五指が、彼女の項垂(うなだ)れた頭へと触れかけた瞬間。

 窮屈そうに前屈したネックマンの遥か後方で、固く閉ざされていた部屋の扉が、強烈な打突音に合わせて内側へと弾け飛んだ。

 

 蝶番(ちょうつがい)ごと壁から外れた二枚の戸は、それぞれ室内の鋼骸器へと衝突する。唐突に響き渡る破壊と衝撃の轟音に、ネックマンはやれやれと頭を振って溜息を漏らした。


「やれやれ、お前という奴は……本当にいつも、都合の悪い時にやってくるなあ?」


 皮肉と冷笑、そして怨嗟(えんさ)のない()ぜになった愚痴(ぐち)と共に、ネックマンは巨大な(きびす)を返す。

 鉄のように固く冷めた眼差しの先、暗く口を開ける出入り口から現れたのは、銃撃戦による激闘の跡を全身へと刻む、満身創痍(まんしんそうい)(てい)となったカイトだった。


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