敵陣偵察
カイト達がブルトロットの町を発ってから、彼の体内計時機で二時間四十二分十八秒後。
有視界下にある城壁と城下町の一帯を観察し終えたカイトは、遠望モードとしていた視覚ユニットの倍率を戻し、身を潜めていた茂みの奥へと引き返す。
偵察から帰ってきた彼に、大樹の陰へと屈み込んで待機していたヒルデブレヒトは、グランドール公の居城とその周辺の動向について尋ねた。
「街中には巡回の兵士がうろついていて、城壁の上には間隔をおいて見張りが立っていやがる。しかも、どいつも突撃小銃や狙撃銃……あー、つまり、遠くから攻撃できる鋼骸器持ちだ」
「やっぱり、警戒はしていて当然か……。彼らは全員、そういった鋼骸器を使えると思うか?」
「練度についてなら、人それぞれとしか言えないな。だが、あくまで武器として使用可能な状態にあって、そのための最低限の知識や技量を備えているのは、間違いないだろうな」
ここに至るまでの道中で、二人は止むを得ず、検問を敷いていたグランドール配下の一個小隊と交戦していた。
その際、敵の兵士の一部は拳銃や自動小銃で武装し、戦闘中には弾倉の交換まで行っていた。
手際については、お世辞にも、実戦慣れしたものとは言えなかった。
それでも、彼らが異界の兵器の扱いを熟知し、それを思い通りに行使しているのは、紛れもない事実だった。
「だけど、どうしてだ? 鋼骸器を思い通りに操れるなんて、それこそ、君に会うまで見たことも聞いたこともなかった。まさか、同じように鋼骸器を目覚めさせる鋼骸種が、向こうにもいるって訳じゃ―?」
「それ、結構良いところ突いてるかもな。まあ、俺としては、そうじゃないと祈りたいが……」
「カイト、ここは一旦引かないか? グランドール公が、鋼骸器を使役している証拠は掴んだ。それがあれば、騎士団も正式に調査を開始出来るし、相手の出方次第では実力行使に訴えることも出来る。そうなれば、向こうもこれ以上、見知らぬ振りは続けられないはずさ」
「確かに、な……それには、俺も同意だ。じゃあ、ここからは別行動にしよう。お前は、あいつらから奪った鋼骸器を持って、助けを呼びに行くんだ。俺は、このまま敵の拠点に潜入する」
ヒルデブレヒトの提案を受け入れたカイトは、彼へと口早に指示を出し、低い姿勢を保ったまま腰を上げる。そのまま、潜伏場所から離れようとする相手を、ヒルデブレヒトは慌ててその腕を取って引き留めた。
「待て! 向こうはもう、警戒態勢を整えているんだろう!? そんな所に単身で突っ込むなんて、幾ら君でもそんなのは自殺行為だ! メリッサが心配なのは、僕も同じだ! だけど、だからこそ、慎重に動かなければ、彼女の身に危険が及ぶかもしれないじゃないか!?」
「お前の言っていることは、正論だ。だが、もし、俺の予想が当たっているなら、こっちの出方がメリッサの安否に影響はしないはずだ。目的が何であれ、メリッサは利用価値があるならまだ生かされているだろうし、用済みならとっくに殺されているはずだ。俺の知っているあいつは、良くも悪くも、とても思い切りの良い性格をしていたからな」
「えっ……君は、グランドール公を知っているのかい?」
「いや、そうじゃあ、ないんだがな……。とにかく、俺はこのまま行かせてもらうぞ。悠長に援軍を待っている時間も気も、残念ながら俺にはないんでな」
歯切れの悪く、それでいて決然とした物言いで、カイトは自らの決意を明らかにする。
少しも妥協する気配のない彼を、ヒルデブレヒトは黙したまま見上げる。不意に、その固く引き結ばれていた唇が緩み、彼は失笑にも似た、砕けた笑いを漏らした。
「なるほど……どうやら僕は、君の覚悟を甘く見ていたみたいだ。まったく、おとぎ話の中の王子でも、たった一人で敵の軍隊に立ち向かうなんてしないよ」
「それで、お前はどうする? 俺が先走って攻撃を加えたら、当然、奴らも今後の動きを加速させるはずだ。それが嫌なら、仲間を呼びに行く前にまず、俺を倒しておく必要があるが?」
「そうだな……確かに、君に失敗してもらったら、騎士団としても都合は悪い。だから、君が呆気なくしくじってしまわないように、僕も付いていかないといけないだろうね」
揶揄いを含めた挑発に対し、思いも掛けない答えを返す相手に、不意を突かれたカイトは唖然として目を丸くする。
「いやいや、どうしてそうなる? 敵の懐に飛び込むのは、死にたがりのすることじゃなかったのかよ? 第一、お前が伝令にいかなきゃ、騎士団もこの事を知らずじまいになるぞ」
「支部の方には、グランドール公の城下へ偵察に行くと伝えてある。だから、もしもの時でも僕の失踪を口実に、本部の方も踏み込んだ手段に訴えられるはずさ。それとも、同じ向こう見ずな騎士は、お供には要らないのでしょうか、王子様?」
カイトの指摘へと余裕の表情で返したヒルデブレヒトは、らしくない意地の悪い微笑みを浮かべ、恭しく頭を垂れる。
意趣返しを受ける格好となったカイトは、思わず言葉を失い、中腰のまま固まる。
やがて、硬直していた顔面に苦り切った笑みを浮かべた彼は、さも面倒くさそうに髪を掻き乱しながら吐き捨てた。
「ったく、自称魔女の奴といい、天才的な奇人といい、こっちの世界には変人の類いしかいないのかよ……。いいぜ、そこまでいうなら付き合ってもらうからな。死んでから後悔しても、苦情は聞かねぇからな」
「了解だ。それで、どうやって敵陣に潜入する? グランドール公のいる街の周囲は視界も開けていて、加えて堅固な城壁で囲まれている。こちらの存在を気取られずに忍び込むのは、ほとんど不可能だ。ここは、人目に付きづらくなる夜になるのを待つかい?」
「言ったろ、呑気に時間を潰してる暇はないって。それに、どうやってもこっそり入れないというのなら、答えは簡単だ。こっそりと、入らなきゃいいんだ」
突然の謎掛けへと戸惑うヒルデブレヒトに、カイトは口角を弓形に吊り上げ、意味深で愉しげな薄笑いを返した。




