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Armed Wizard Vanguard(アームド ウィザード ヴァンガード)  作者: 伊森 維亮
第二章 追憶よりの魔手(アサルト フロム ザ パスト)
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魔女達の再会

 胸を押す重たい圧迫感に、メリッサはあまりの息苦しさから目を覚ます。

 咳にならない咳から喉を痙攣(けいれん)させた彼女は、そこで、自分の体が生温(なまぬる)い浮遊感に包まれているのに気付いた。


 確か、カイトと話をしている時、突然後ろから誰かに殴られて気を失ったはずだった。

 痛む頭で記憶を呼び起こした彼女は、ぼんやりと(かす)む両目で辺りを見渡す。そして、周りの風景が水中のように滲んでいるのは、自分の眼が原因ではなく、本当に自分が水の中にいるからだと知った。


 全身を覆う(ゆる)い粘着質な感触は、間違いなく液体のそれだった。しかし、その中に在ってなぜか彼女は溺れることなく、当たり前のように呼吸が出来ていた。

 自分が置かれている幻としか思えない光景に、メリッサは夢見心地のまま腕を差し伸べる。

 不定形な薄闇へと突き出された彼女の右手は、すぐに見えない何かへと突き当たる。

 透明な壁に弾き返されたその手首には、他の手足と同じく、細い線で繋がった鉄の輪が()められていた。


「おや? どうやら、彼女もお目覚めのようだぞ。私の言った通り、無事だっただろう?」


 現実感を失ったまま途方に暮れるメリッサの耳に、不意にどこからか、間延びした太く小さな声が響く。

 辛うじて聞き取れる程に抑えられた人声に、メリッサは慌ててその出所を探す。

 そして、暗く歪んだ視界の中に声の主を見付けた彼女は、水面越しに映るその異様な姿に、水泡の混じった無音の悲鳴を上げた。

 彼女を囲む、息の出来る水を(たた)えた不可視の壁。

 その側面へと押し付けるように顔を寄せ、彼女を興味津々に覗き込んでいたのは、石柱のような四角い台に乗せられた、頭髪の無い巨大な男の生首だった。


 まさか、自分はもう既に死んでいて、ここは地獄なのではないだろうか。

 常軌(じょうき)を逸した出来事の数々に、メリッサの視界は、徐々に深い闇に閉ざされていく。

 ショックから失神寸前となっていた彼女は、しかし、続けて聞こえてきた女性の声に、急速に現実へと引き戻された。


「確かに、死んではいないようね……。でも、正直驚いたわ。まさか本当に、水没した状態でも呼吸の可能な水を作れるだなんて―」

「|含酸素過フッ素化炭化水素水(パーフルオロカーボン)による、完全液体呼吸(TLV)……。どうだい? 私の世界の技術も、あながち捨てたものじゃないだろう?」

「中身さえ(ともな)っていれば、見た目は何だって良いわ。それで、肝心の作業の方は問題ないの?」

「心配には及ばない。先程の生体恒常値確認(バイタルチェック)の結果は、(グッド)だ。準備も、既に終わっている」

「それなら、さっさと始めることね。わざわざ大型の鋼骸種を犠牲にしてまで連れ帰った子どもを、ただ水槽に沈めて遊んでいるなんて勘違いされたら、あなた、首を飛ばされるわよ」


 どんなに低くくぐもっていても分かる、話し相手を小馬鹿にするような、気怠(けだる)げで退屈そうな口調の声音。

 その忘れようのない響きの声の先に、メリッサは髪を揺らして顔を向ける。

 そこには、最後に見た時と変わらず、背の高い痩身(そうしん)を愛用の深緑のローブで身を包んだ、自身の元師匠である魔女、アビゲイルがいた。


 思いもかけず現れた宿敵に、思わずメリッサは水の中で棒立ちとなる。

 しかし、すぐに動揺から立ち直った彼女は、弛緩していた顔へと怒りの表情を重ね、自らの不倶戴天(ふぐたいてん)の相手へと躍り掛かった。

 自分を睨み付けながら、透明な壁を内側から殴打するメリッサを、アビゲイルは横目でちらと流し見る。 だが、すぐに興味を無くしたように視線を戻した彼女は、薄笑いを浮かべてメリッサを眺める生首の男へと(いとま)を告げた。


「じゃあ、後はあなたに任せるわ。くれぐれも、約束は破らないように。分かっているわね?」

「了解している。魔力を根こそぎ抽出した後、この娘の身柄はお前に預ける、だったな? 前にも言ったが、五体満足で渡せるかは分からんぞ。本当に、それでも構わないな?」

「別に、人間として生きているなら問題ないわ。それさえ守ってくれるなら、方法はあなたの好きにしなさい」


 遠くから聞こえてくる何気のない二人の会話に、メリッサは水の壁へと叩き付けていた拳を止め、見開いた目で愕然とアビゲイルを凝視する。

 今、確かに、彼らは自分の魔力を奪うと口にした。

 それは、自分が魔力を有している、魔女としての素質を持つ人間であると、アビゲイル自身が認めているも同然のことだった。

 かつて、自らの弟子を魔女に相応しくない人間と断じて、自らの手で始末しようとした彼女。

 そんな相手が、自分を魔力の保有者として扱っていることに、メリッサは胸へと詰まった水がじんわりと沸騰するような、言いようのない奇妙な感覚に襲われた。


 水中に漂いながら凍り付く彼女を余所(よそ)に、話を終えたアビゲイルはその場で(きびす)を返す。

 そのまま振り返る素振りもなく、足早に離れていく彼女の背中に、メリッサは再び、しかし先程よりも力を込めて透明な壁へと拳を叩き付けた。


 自分は本当に、魔力を持っている人間なのか。

 それなら、どうして今まで魔法を使うことが出来なかったのか。

 そして、自分が本物の魔女であるなら、何で嘘をついてまで殺そうとしたのか。

 アビゲイルへと問わなければならない幾つもの問いを抱え、メリッサは声にならない声で必死に彼女を呼び止め続ける。と、振り上げた彼女の握り拳が、再び不可視の障壁(しょうへき)へと降り降ろされようとした刹那、強烈な電流が彼女の全身を駆け巡った。


 全身の骨へと溶けた鉄を流されたような激痛に、メリッサは長髪を振り乱して身悶(みもだ)える。

 苦悶の表情を浮かべ、手と足の枷に囚われたままのたうつ彼女に、その場に残っていた生首の男はさも愉快そうに笑いさざめく。


「おっとビックリしたかい、済まなかったな。だけど、これからずっと魔力の吸収を続けさせてもらうつもりだから、それにもすぐに慣れるさ。なぁに、痛いのは初めだけだ。君は大人しく私に身を任せていれば、大丈夫だからね」

 

 寒気と吐き気を(もよお)さずにはいられない、粘着質で変質的な猫撫(ねこな)で声で、彼は水の外からメリッサを(はげ)ます。

 自分を玩具(がんぐ)のように(もてあそ)ぶ相手を、メリッサは痛みを忘れる程の怒りに駆られて睨み付ける。

 殺意さえも滲ませる彼女の眼差しに、しかし生首の男は全く意に介する様子もなく、嬉々として、淡々と自らの仕事を続行していった。


 アビゲイルも去って(ひさ)しい、仄暗い燐光に照らされた、奥行きも場所も定かでない一室。

 そこで絶え間なく上げられる少女の悲鳴は、唯一の同居人にさえ届くことなく、自分を捕える水の中へと虚しく溶け込んでいくだけだった。

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