鉄鳥、墜ちる
真上から叩き付けられる重い一撃に、魔鋼器は漆黒の瞳へと、更に深く刃を埋める。その切っ先は、行く手を阻んでいた鉄板を割り、頭部ユニットに収められていた回路基板へと突き刺さった。
追撃を受けた攻撃機は、一瞬、重機関砲を蠢かせて反撃の素振りを見せる。
瞬間、頭部内へと侵入していた魔鋼器の刀身が、蹴りの衝撃から強烈な電流を放つ。内部から放たれた雷撃は、辛うじて無事であった攻撃機の基板を焼き、その機能を完全に停止させた。
両翼のアンチ・グラビティ・エンジン(AGE)を沈黙させた攻撃機は、海面へと向けて自由落下していく。墜落する相手へと乗っていたカイトは、その巨体が海面へと衝突する寸前で、素早く岸壁の方へと飛び移った。
彼は石畳の上で受け身を取り、臨戦態勢を保ちつつ後方へと体を返す。
船着き場の足場を潰し、岸壁を枕とする格好で墜落した攻撃機は、海へと半身を沈めたまま微動だにしない。眼前の敵へと反応を示さない相手に、カイトはそこで初めて、対象との戦闘状況は終了したと判断した。
小波に洗われる巨大な鉄の骸を前に、臨戦態勢を解いたカイトは、自身の右腕へと目をやる。
メリッサから渡された、ルチアが作ったというその『鋼骸器の腕』は、彼の予想を良い意味で裏切る出来栄えだった。
部品として劣化した物を流用しているためか、可動域や伝達速度に少なからず難はある。
それでも、カイトの世界の科学技術について前知識を持つはずのない彼女が、半壊状態で拾得した物らしい一般的な人型工業用労働機の右腕部を、実用に遜色のない程度まで改修したというのは驚嘆すべき事実だった。
もっとも、その如何にも機械然とした腕の根本には、ルチアがカイトから譲り受けていた、彼の右肩のパーツが取り付けられている。それが伝達信号の変換器となって、カイトの脳幹部からの指示に応じて稼働しているのであり、彼以外への汎用性は皆無となってしまっていた。
そうして、カイトが自分専用の物となった無骨な右腕を眺め回していると、鈍い水飛沫の音を立てて、近くの岸壁へとヒルデブレヒトが海から上がってきた。
彼は額へと張り付いていた前髪を掻き上げ、すぐ近くに立つカイトを目に留める。
重たい水音を立てながら相手へと駆け寄ったヒルデブレヒトは、彼へとにこやかに破顔して見せると、その手前で地に落ちて絶息している鋼骸種を顎で示した。
「やったな、カイト。こいつは、もう死んでいるのかい?」
「ああ、多分な。後で、バックア……気絶してるだけじゃないか、確かめる必要はあるけどな」
「そうか。でも、ここに来た時は肝を冷やしたよ。君の相方くんも言っていたけど、あと少し遅れていたら、二人とも危なかったんだからね」
「ちょっと、道に迷ってしまってな。ま、せっかくお膳立てをしてやったのに、トドメを差し切れなかった誰かさんの尻拭いをしてやったんだから、それでチャラにしてくれ」
「おっと、痛いところを突くなぁ。じゃあ、その何某さんは、おとなしく引き下がるとするよ」
カイトの皮肉に肩を竦めて返したヒルデブレヒトは、攻撃機へと刺っている武器を取りに下がっていく。その彼と入れ違いに、安全を遠目に確認していたメリッサが、身を隠していた灯台の下からカイトの方へと走ってきた。
息を絶え絶えとしながら二人の元に付いた彼女は、怪物の眼から剣を抜こうと悪戦苦闘するヒルデブレヒトを横目に、自分を苦笑いで迎えるカイトを三白眼で睨み付けた。
「カイトあんた、どういうつもり!? 何でルチアからの腕を、さっさと使わなかったのよ!?」
「悪かったよ。正直、俺の全力に耐えられるか不安だったから、ギリギリまで粘ってみたんだ。いやしかし、そんな心配は無用だったな。後で彼女には、良い腕だってお礼を言わないとな」
「はぁ、上手い事言ったつもり!? 寒いんですけど! まったくこんな目に遭うくらいなら、あんたの助けになんか戻るんじゃなかったわよ、ホンっト!」
「そう言うなって、済まなかったって。お前がこれを届けてくれたから、こうしてこのデカブツもやっつけられたんだ。作戦が上手くいったのも、お前のおかげだ。ありがとうな」
カイトの率直な謝罪と謝礼に、ややメリッサは面食らったように、疑わしそうな目付きとなって相手を見つめ返す。そんな彼女に、魔鋼器の回収から戻ってきたヒルデブレヒトも、彼と同じく賛辞の言葉を送った。
「でも、鋼骸種に追われながらも、しっかりとここまで道案内をしてくれた君の勇気は、掛け値なしに素晴らしかったと思うよ。あんな大型の鋼骸種を前にして、あそこまで果敢な行動を取れるなんて、騎士団の人間でもなかなか出来ることじゃない。君は、本当に凄いよ」
真っ直ぐで、真摯な眼差しを向けながら断言するヒルデブレヒトに、メリッサは更に渋い表情となって口を噤むしかなかった。
柔和な笑みを浮かべる二人を前に、メリッサはさも居心地が悪そうに身じろぎをしながら視線を落とす。
無言のまま足元を見下ろし続ける相手に、カイトは仕方なしにフォローを入れようとする。
しかし、彼の口から続く科白が放たれるより早く、長く垂れていた銀髪を翻して顔を上げた彼女は、さも得意気な輝きに満ちた顔付きで二人を比べ見た。
「フッフン、当たり前じゃない! 私は、あの腐れ魔女が恐れるくらいの、超絶凄い才能を持った大魔女なのよ! 魔法を使わなくたって、そんなことくらいは朝飯前だっての!」
傲然と鼻息を吹き、自尊と自慢に溢れた口調でそう放言する彼女は、いつも通りの気が強くて高飛車な性格のメリッサそのものだった。
普段の調子を取り戻した彼女に、カイトとヒルデブレヒトは互いの微苦笑を見合わせる。
密かに視線を交わす二人を前に、メリッサは細い腕を窮屈そうに組んだまま、流れるような語りを鼻高々に続けていた。
「だいたい、だらしないのよ、あんた達も! 鋼骸種と騎士の二人が揃いも揃って、こんなウドの大木なんかに良いようにやられちゃって! 私やルチアがいなかったらどうなってたか、ホントに分かって―」
居丈高に彼らへと説教をしていたメリッサは、突然、両目を見開いて全身を強張らせる。
まるで雷に打たれたかのように、鋭く肩を震わせて竦み上がった彼女は、腰砕けとなってその場へ崩れ落ちた。




