復活の右腕
カイトは無骨な造りをした右腕の五指を、動作を確かめるように二、三度曲げ伸ばしする。
続けて、その右手を左脇に抱えていた鎖へと添えた彼は、改めて二本の腕でもって鋼骸種との綱引きを再開する。双腕となったカイトは、より強く鉄の綱を支えられるようになったばかりか、それを自身の方へ引き寄せることも可能となっていた。
更に力を増した彼に、上空の鋼骸種も次第に押され始め、徐々に高度を下げていく。
やがて、鋼骸種同士の力比べがしばらく続いた後、不意にカイトは状況を見守っていたヒルデブレヒトへと叫び掛けた。
「おい、ヒル! 今の内に、その武器で、どうにかコイツの眼を、潰せないか!?」
絶叫での問いに我に返ったヒルデブレヒトは、瞬時に鋼骸種と周囲の位置関係を確認する。
現在、相手は灯台の先端とほぼ同じ高さに差し掛かっており、浮遊している場所は防波堤内の海面の上へと移っている。
魔鋼器による射撃では、鋼骸種の堅固な鎧は貫けない。
となれば、現状で実行可能な、致命傷を与える可能性のある手段は、一つしかなかった。
即決でそう判断を下したヒルデブレヒトは、自身の腕の中で成り行きを注視していたメリッサを、急いで背後から抱えて下へと降ろす。
何の前触れも説明もなく、ほとんど投げ捨てるように馬上から落とされた彼女は、戸惑いと非難の目で彼の方を振り返る。しかし、その時には既に相手の姿はそこになく、黒燕号は素早い駆け出しから防波堤の上を引き返して行っていた。
「え、は、ちょ嘘でしょ!? あんた、私をこんな所に置き去りにする気!? 私を守るって言ってたじゃないの、この騎士こらぁっ!!」
自分を残して走り去っていくヒルデブレヒトに、メリッサは血相を変えて罵詈雑言を投げつける。
しかし、次の瞬間に目にした光景に、彼女は置き去りにされて良かったと、心の底からそう思うこととなった。
爆発的な加速から瞬時に最高速へと到った黒燕号に、ヒルデブレヒトは蹴りを入れて合図を送る。
直後、黒燕号はその強靭な両の後ろ脚で地面を蹴り、早駆けの勢いを少しも殺すことなく、強烈な踏み切りから海の上へと跳び出した。
ヒルデブレヒトを乗せた黒燕号は、あたかも天馬かのように高々と宙を舞う。
そして、その跳び上がりが最高点へと達した瞬間、ヒルデブレヒトは鞍の上へと両足を揃えて屈伸し、すぐ目前へと到っていた鋼骸種を目掛けて跳びかかった。
愛馬の助力を得て、二段での跳躍を果たした彼は、そのまま鋼骸種の上を取る。
続けて、彼は姿勢を制御しながら敵の頭部へと取り付き、剣の形状へとしていた魔鋼器の刃を、その黒長の単眼へと突き刺した。
落下の勢いも加わったその一突きは、堅牢な黒水晶の瞳を砕き、内部へと貫通する。
急所を砕いた一撃に、鋼骸種は小刻みに身を震わせ、崩れるように降下を始める。
急速に力を失っていく相手に、ヒルデブレヒトは確かな手応えを覚える。そんな彼の油断を狙ったように、突如として活力を取り戻した鋼骸種は、激しく頭を左右へと振った。
不意を突いて足元を揺さぶる衝撃に、ヒルデブレヒトは相手へと突き立てた魔鋼器へと取り縋り、どうにか踏ん張ろうとする。だが、あまりにも激しい上下左右への運動に彼は堪えきれず、鋼骸種の眼球へと剣を残したまま中空へと放り出された。
空へと投げ出されたヒルデブレヒトの体は、錐揉みとなりながら直下の海面へと落下する。
着水と共に上がる低い水柱を横目に、カイトは攻撃機の様子を再確認する。
比較的強度の低いマルチ・アイ・ユニットを、ヒルデブレヒトの剣は確かに捉えていた。
しかし、その威力と深度は僅かに足りず、内蔵した機器系統の伝達回路の損傷を免れていた攻撃機は、未だに十全な稼働状態を保っていた。
それでも、姿勢制御を司る情報処理装置の直近へと衝撃を受けた相手は、両翼の推進機関の出力を乱し、鎖の先で凧のように頼りなく揺れていた。
一時的な不具合から動作を乱す相手に、カイトはそれを最大にして最後の好機と見定めた。
彼は僅かに緩んだ碇の鎖を、近くにあった鉄鉤の係船柱へと巻き付ける。
それをしっかりと楔に固定した直後、機能不全から回復した攻撃機が、再び縛めから逃れようと上昇を始めた。
痛々しい擦過音を奏でながら、斜め上を真っ直ぐに差す鎖に、カイトは間を置かず上へと飛び乗る。そして、その先にいる攻撃機を目指し、彼は非常に細く凹凸の多い鉄の階段を、猛烈な勢いで駆け上がっていった。
限界近くまで張った鎖は、カイトの体重と踏み付けにも負けず、彼の進行を支え続けた。
だが、やがて本領を発揮した攻撃機の暴力に、鎖を繋ぎ止めていた係船柱は根本ごと抜けてしまう。支点を失った鎖が力尽きる直前、カイトは最悪な足場を強く踏み切り、目前に迫っていた標的を目指して飛翔した。
遂に拘束から逃れた攻撃機は、自らの場である上空へと急上昇を開始する。
しかし、その時には既に、カイトは回避行動へと移った敵の上を取っていた。
攻撃機の頭上へと跳び上がった彼は、空中で身を屈めて前転する。そして、回転の途中で伸ばされた彼の右足は、鋭利で華麗な曲線を描き、攻撃機の頭部に突き立つ剣の柄へと踵落としを見舞った。




