襲来の鋼骸種
街の大通りへと出た後、カイトは先程の情報収集の際と同じ経路を辿りながらメリッサを探した。
街路は変わらず人に溢れており、視覚認識のみによる捜索は困難であった。
そのため、彼は聴覚ユニットの声紋識別機能も同時併用しながら、メリッサと類似した周波数の声も探らなければなかった。
そうして、カイトが持ち得る機能を総動員しながら、独り異界の風景の中を彷徨い続けていた時。
突然、進行方向より普通の人混みの騒音とは異なる、一際に巨大で圧の強い音の荒波がぶつかってきたのを彼は感受した。
原因は、すぐに判明した。
カイトの進んでいた街路の先より、まるで炎に追われる鼠の大群のように、街の人々が雪崩を打って押し寄せてきていたのだった。
彼らは一様に血の気を失い、周囲の人々を押し退け、突き飛ばしながら、我先に通りを駆け抜けていく。
そんな狂乱に支配された一群の先鋒と擦れ違い様、カイトは相手の恐怖と混乱と絶望に塗り潰された表情を目に留め、息を呑む。その顔は、新型の局地戦闘兵器が投入された地域で、戦火に逃げ惑う地元住民達のそれと似ていた。
「鋼骸種だ!! でっけぇ鋼骸種が、広場を襲いやがった!! みんな、早く逃げろ!!」
通りを満たす悲鳴と足音の嵐を裂いて、甲高い叫び声が響き渡る。
危険を告げる幾つもの声に、最初は呆然としていた他の通行人達も、やがて血相を変えて逃避の群集へと加わっていく。徐々に規模を増していく荒波に、カイトはその激流を掻き分け、流れに逆らう形で源流の方へと強引に遡っていった。
朧ながらに事態を察したカイトは、ある不吉な予感に襲われた。
そして、それは不幸にも的中してしまった。
様々な荷物や道具が散乱している、既に人気のない街路の突き当たりにある、緩やかな曲がり角を左に折れる。直後に眼前へと広がった光景に、カイトは愕然として足を止めた。
街の中央に置かれた円形の広場は、街路が全て交わる地点という立地から、市場としての役割も兼ねており、少し前までは数多くの露店と買い物客でごった返していた。
だが、今は見渡す限りに人影はなく、道沿いに並べられていた商品の列は、一部が無惨にも踏み荒らされてしまっている。
そして、無人の廃墟と化したそこには入れ替わるように、周囲の家々の屋根とほぼ同じ高度に滞空する、巨躯を誇る鉄の獣が現れていた。
航空力学の理論に基づいた、空気抵抗の影響を可能な限り削減した、機能美さえ感じさせる流線型の輪郭をした複合重層装甲の機体。
その両脇から線対称に伸びる、数基の大型指向性抗重力機関が取り付けられた両翼。
そして、黒色の強化防護ガラスに覆われた、さながら巨大な単眼を連想させる多機能型複眼ユニットの下部に装備された、威容を誇る26mm|汎用回転式多銃身型機関砲。
それらの特徴から、カイトは異界の街を混乱に陥れたその鋼骸種が、彼の世界では非常にありふれた存在であった、|大型航空無人自律戦闘兵器(Muaa)だと即座に見抜いた。
自重へと掛かる重力を相殺する際の、一定で不気味な重低音を辺りへと響かせながら、その鋼鉄の怪鳥は広場の一角に身を浮かべ続けている。と、カイトは斜め下へと向けられたその凹凸の無い機首の先に、物陰へと蹲る銀髪の少女の姿があるのに気が付いた。
屋台に乗せられた屋根の下へと隠れていたメリッサは、誰か小さな女の子へと覆い被さっている。
どうやら、逃げ遅れた子どもを庇って、彼女もまた脱出の機会を失ってしまっていたようだった。
身を寄せて息を潜める彼女達に、|大型無人攻撃機(UCAV)は徐々に距離を詰めていく。
もはや、一刻の猶予もない。
彼女達が瀬戸際に立たされているのを見て取ったカイトは、瞬時に辺りへと視線を巡らせる。
青果を扱っているらしい露店の脇に、木箱を積んだままの荷車が置かれている。素早くダッシュを切ってそれに肉薄した彼は、その持ち手を掴んで持ち上げると、遠心力を付けて振り回した後、攻撃機を目掛けて投擲した。
鋭く錐揉みしながら、直線的な放物線を描いて宙を舞った荷車は、攻撃機の機首の真横へと命中する。対外衝撃が十全に施された装甲には、掠り傷一つも付きはしない。それでも、相手の視覚外からの不意打ちは、攻撃機の姿勢を崩すには充分の衝撃を与えていた。
木片と砕けた荷車が舞い散る中、攻撃機は左に傾いだ機体を原状へ戻そうと、両翼の抗重力派発生器の位置を連動して調整する。
その僅かな姿勢制御の隙に、カイトはメリッサへと声を張り上げて呼び掛ける。
「メリッサ!! 走れ、こっちだ!!」
突然に攻撃機を襲った出来事へと面食らっていた彼女は、弾かれたように彼の方を向く。
一瞬、メリッサは状況が呑み込めず、大きく見開いた目で声の主を凝視する。
しかし、弛緩した顔へとすぐに緊張を取り戻した彼女は、共にいた女の子を強引に立ち上がらせると、大急ぎでカイトの方へと駆け出した。
今にも転げそうな、危なっかしい足取りで疾走する二人に、体勢を立て直した攻撃機は再び注意を向ける。姿を見せた標的へと狙いを定めるそれに、カイトは近くに並べられていた果実の詰められた樽を、手当たり次第に次々と放り投げていった。
左腕のみでの遠投はバランスが取り辛く、幾つかは計算と異なる軌道を描き、効果的な攻撃とはならなかった。
それでも、ほぼ三秒間隔で撃ち出された木製の砲弾は、その大半が攻撃機の一つ目へと直撃し、相手の視界を木片と果汁で封じるのに成功していた。
やがて、最後の樽を投げ終えたカイトの手前に、泣き喚く小さな女の子を連れたメリッサが辿り着く。蒼白となっていた顔へと冷汗を滲ませた彼女は、興奮から開いた瞳孔でカイトを間近から見上げた。
「カイト、あれが、あのでっかい鋼骸種が、突然……街が、街のみんなが襲われて―」
「ああ、分かっている。お前と、その彼女も、どっちも怪我はないか?」
「大丈夫、だと思うけど……でも、このままじゃあの鋼骸種が―」
「後は任せろ。俺は、あいつの相手をする。お前は、その子を安全な所に」
小刻みに震える声を絞り出す彼女に、カイトは早口でそう言い付けて後ろへ押しやる。
有無を言わさず、しかし加減をした力で脱出路へと突き飛ばす彼に、メリッサは色を失った唇を何か言いたげに開く。だが、彼女の乱れた細い吐息が、意味をもつ言葉となるよりも先に、状況は新たな展開を見せた。




