危機はいつも突然に
突然、鼓膜を鋭く突き刺した甲高い叫び声に、メリッサはハッと我に返った。
黄色い声が飛んできた方を振り向くと、通りを行き交う人混みを縫って、数人の子ども達がこちらへと猛ダッシュで近付いくるのが見える。そこで初めて、彼女は物思いに沈みながら歩いていた自分が、街の広場まで来ていたのに気付いた。
思わず茫然として立ち尽くすメリッサの前に、全速力で駆けてきていた子ども達が、一塊となって足を止める。彼女を取り囲むように集まった、十人程はいるであろう彼らの中には、少し前にカイトと共に出歩いている時に会った顔も、ちらほらと混じっていた。
「おい、ニセ魔女! さっきの、さっきのやつ、もう一回やってくれよ!」
メリッサの正面に立った、グループで一番の年長らしい短髪の少年が、彼女へグッと顔を寄せて頼み込む。荒い息を抑えて懇願する彼の瞳には、キラキラとした無垢でまばゆい輝きが溢れんばかりに宿っていた。
状況の把握が追い付かないまま、メリッサは相手のあまりの気迫にたじろぐ。
そんな彼女の様子に、人垣を作っていた内の一人の男の子が、少し疑わしそうに年長の少年へと耳打ちした。
「ねぇ、本当にこいつ魔法使ったの? みんな、こいつ嘘つきでニセ物だって言ってたじゃん」
「マジだって、エスカやボノ達だって見たんだから! なぁ、そうだよな!?」
「うん、すごかった! アンドルーの持ってたルルクが、ポーンってなってから、バーンってなったの! あんなの、あたしも初めて見た!」
「なあなあ、だからさっきの爆発する魔法、もう一回みんなにも見せてくれよ! そしたら、お前のことをニセ魔女だってもう言わないからさ! 頼むよ!」
興奮混じりの早口で捲し立てる年長の少年に、メリッサはようやく、彼らが自分に何を求めているのかを理解する。やや遅れて、彼女は気持ちの悪い浮遊感を伴った、鳥肌が立つ程の寒気が足元から駆け上がってくるのを感じた。
今、ここにカイトはいない。
それはつまり、先程と同じ方法で彼らの目を欺くのは、不可能だということだった。
「あ、えっ、と……悪いけど、今はちょっと急いでいるから無理というか、実はあんまり調子も良くないから、ここでは出来ないかな~っていうか……」
「なぁんだ。やっぱり魔法、使えないんじゃん。つまんねーの」
「おい、ふざけんなよ! さっきは簡単にやってたじゃねぇかよ! もしかしてさっきの魔法、あの弟子ってやつがやってたんじゃねーだろうな!? 本物なのは、弟子だけってか!?」
煮え切らないメリッサの答えに、少年達の間からは途端に失笑と揶揄の声が上がる。
一方、年長の少年は期待に応えようとしない彼女に業を煮やし、表情と語調を険しいものへと変えて更に相手へと詰め寄った。
彼らの包囲は固く、捕えた獲物をただで帰すような様子はない。
周りから浴びせられる無数の冷たい熱視線に、メリッサはともかく今の状況を乗り切るための、逆転の一手を大急ぎで考え出した。
自分へと向けられている無言の圧力を前に、不意に彼女は肩を落とし、大きく長い息を吐く。
ようやく動きを見せた相手に、少年達は固唾を呑んで注意を集める。
次の瞬間、メリッサは正面に立っていた年長の少年の頭越しに空を指差し、
「あーーーっ、何よあれっ!? 嘘っ、信じらんない!!」
と、腹の底から驚きの声を轟かせた。
あまりにも古典的で見え透いたその牽制は、しかし子ども達への効果は抜群だった。
元より好奇心の旺盛な彼らは、反射的にメリッサの示した方向へと視線を向ける。
そうして彼らの注意が逸れた隙に、彼女は静かに素早く包囲網を掻い潜り、通りの先へと全速力で逃げていった。
上手く彼らを出し抜いたメリッサは、慌てて追い掛けてくる少年達を小馬鹿にしようと、したり顔で後ろを振り向く。
しかし、彼らは前と同じ場所に立ったまま、呆気に取られた横顔で空の方を見詰めていた。
なぜか固まったまま動かない彼らに、不審に思ったメリッサは思わず足を止める。
そして、つられて同じ方向に視線を向けた彼女は、自分の目がおかしくなったのだと思った。
メリッサが指し示していた方角には、ブルトロットの街の南西にそびえる、切り立った峰を連ねる山脈があった。
その、山頂から中腹までに広がる、岩と土の山肌の上を、鳥のような翼を左右に伸ばした何かが、彼女達の方を目指して飛んできていた。
照り付ける日差しに鉄色に輝き、落とした影は森の木々を、優に十本は呑み込む程の巨体。
その左右に生えた羽ばたきもしない平たい棒のような羽に、前へと突き出した太く長い首に支えられた丸い頭。
そんな、普通の生き物とは明らかに異なる、さながら悪夢の中から抜け出してきたみたいな外見をしたそれが、メリッサが人生でカイトの次に出会った、二体目の鋼骸種だった。




