魔女達の過去
まるで嵐のように去っていった彼女に、カイトもヒルデブレヒトも訳が分からないまま、乱暴に開け放たれたままとなっている表の扉を見遣るしかなかった。
「あちゃ~、怒らせちゃったかぁ……。でも、さっきの流れだと、やっぱりこうなっちゃうよねぇ~……」
凍り付いていた空気を割って、気の抜けた声が唐突に部屋へと差し込まれる。
固い挙動でカイトが振り向いた先には、開放された作業場の扉にもたれて、寝癖の付いた髪を掻き乱しながら、苦み走った薄笑いを浮かべているルチアがいた。
「えっと、私はほとんど何にも知らないんだけど、ちょっと今のはダメだよ、カイト。ただでさえ相手はあのアビゲイルさんなんだから、メリッサがあんなになっちゃうのは当たり前なんだからさぁ」
「当たり前って……もしかして君、メリッサとアビゲイルについて、何か知っているのか?」
「あれ、もしかして聞いてない? 彼女って前は、アビゲイルさんの弟子だったんだよ」
さも常識の事みたくルチアが明かした秘密に、カイトは愕然として目を丸くする。
一方、同じく驚きに打たれていたヒルデブレヒトは、それでもどこか得心がいった風に感慨深げに頷いていた。
「そう言えば前に、アビゲイルが弟子を取ったらしいと騎士団で噂になったことがあったな。彼女は魔女の中でも取り分け、必要以上の人付き合いは好まない人物として知られていたから、珍しいこともあるものだと話題になっていたんだが、そうか、あのメリッサという子が……」
「そう、今から十年くらい前にねー。ところで、あなたがメリーの言ってた騎士さん?」
「おっと申し訳ない、挨拶が遅れてしまった。断りもなく、貴宅へと踏み入った無礼をお許し頂きたい。僕は、ナライエ王国アーリヴァン騎士団、魔鋼化中隊第三課所属の―」
「うん、聞いたよ、騎士さんなんでしょ? 名前は、ヒルで良かったっけ?」
「ええ……まあ、友人からはそう呼ばれてもいますが、そちらの方が呼びやすいようでしたら、別に僕としては構いませんが―」
「ねぇねぇ、そんなことよりヒル! あなた、魔鋼化中隊にいるってことは、騎士団仕様の『魔鋼器』を持ってるんじゃないの!? お願い、ちょっと私に見せて見せて!」
初対面の挨拶もそこそこに、すぐに自らの関心事へと心を移したルチアは、期待の眼差しをヒルデブレヒトへと注ぐ。答えに窮する彼へとにじり寄っていく彼女に、カイトはその行く手へと体を挟み、強引に自分の方へと注意を戻させた。
「悪い、そっちの用件は後にしてくれ。メリッサがアビゲイルの弟子だったというのは、本当なんだな?」
「むっ……もしかしてカイ、疑ってる?」
「そうじゃないが、だったらどうしてメリッサは、師匠だったはずの相手に命を狙われているんだ? 二人の間に、いったい何があったんだ?」
「私も、詳しくは知らないよ。メリー、その事については何にも教えてくれないから。街の人達は、アビゲイルさんがメリーに愛想を尽かしたからとか、メリーが彼女の大事な研究の邪魔をしたからとか、色々言ってはいるけどね」
「だが、元々は師弟の間だったんだろ? それがどうして―」
「そればっかりは、魔女のみぞ知る、だね。どっちにしても二年前くらいにそうなってから、メリーは他人をほとんど信頼しなくなっちゃって。だから、彼女が見ず知らずの相手の、しかも鋼骸種な男の人と一緒にいるだなんて、私もとってもビックリだったんだから」
彼女がカイトと行動を共にしていたのは、自分の身を彼に守ってもらうという、あくまで利己的な動機には違いない。
だが、メリッサの複雑な境遇を知った上で、彼女の叫びを思い起こした彼は、そこに込められていたであろう絶望にも似た血の滲む痛みに、呼吸器系ユニットの動作不良とは異なった、どうしようもない息苦しさを覚えた。
黙したまま苦虫を噛み潰すカイトに、やがて見兼ねたようにヒルデブレヒトが声を掛ける。
「カイト、君は彼女を追うべきだ。君が彼女と袂を分かつにしてもしなくても、このままなし崩しに別れるのは、人としても、男としても、良いはずはないだろう?」
予想外の発言へと戸惑うカイトに、ヒルデブレヒトは思わせ振りな微笑を送る。
そこはかとなく軽薄で、それでいて妙に板に付いた彼の合図に、カイトはぎこちなくも和らいだ笑みを返した。
「ああ、そうだよな……その通りだ。悪いがルチア、俺が戻るまで彼を頼む」
「了解了解! あ、後でカイにちょっと試して欲しいのがあるから、戻ったら手伝ってね! ではお客様、どうぞお荷物はこちらの方にお預けくださいな! 特に、そのお腰に付けた、大層ご立派な一品など!」
「え、あ…いや、お構いなく、これは常に身に付けておくべき、騎士の証のようなもので―」
「そんな遠慮なさらずぅ、重たいでしょう? 別に、傷付けたり壊したり、部品を付け忘れたりなんかしませんから、ねっ、ねっ!?」
「いえ、ですから、そんな大丈夫―っわぁ、ちょっ、ちょっと!?」
ルチアの苛烈で猛烈な強襲によるヒルデブレヒトの断末魔を背に、カイトは開きっ放しとなっていた扉から表へと出る。
路地へと降り立ったカイトは左右を見渡すが、やはりメリッサの姿は既になかった。
彼女の行方に繋がる手掛かりは、辺りには残されていない。
苛立ちから舌打ちを一つした彼は、ひとまず、表通りを目指して駆け出した。




