主の心、僕(しもべ)知らず
カイトは重い溜息を一つ漏らし、やおら腰を上げる。
いきなり眼前へと立ちはだかる彼に、メリッサは鼻白んで半歩下がる。強張った面持ちで自分を見上げる彼女を見下ろしつつ、カイトは淡々とした、芯の強い言葉を放った。
「そうか、なら、ここで契約は解消するか? 俺が君と手を組んだのは、自分が助かるための方法を、この見知らぬ世界の中で見つけ出すためだ。なのに、その契約のせいで折角のチャンスがふいになったら、そんなの本末転倒じゃないか。どういうつもりかは知らないけれど、君は君で好きにやればいい。だけど、そこに僕にとってデメリットしかないのなら、こっちはこっちで自由にやらせてもらうだけだ。何より、君だって言う事を聞かない使い魔なんて邪魔だろうし、お互いにとってもそれが一番かもしれないな」
強い語気で突き付けられる最後通牒に、メリッサの睫毛は微かに震え、その両目は当惑から小さく見開かれる。
動揺を顕わにする彼女は、何か言い返そうと口を開く。
しかし、最後まで言葉を探し当てられず、再びその唇を引き結ぶと、カイトから視線を剥がして顔を伏せた。
俯き加減となって沈黙するメリッサに、カイトはやや気まずそうに顎先を人差し指で掻く。
突き放すような言葉遣いにはなってしまったが、彼としても彼女を見捨てるつもりはない。
メリッサがなぜ、敵と正面から対峙するのを避けているのかは分からない。
だが、騎士団と力を合わせ、その中核であるアビゲイルを打倒できれば、それは間違いなく彼女のためになるはずだった。
この際、メリッサとの関係が破綻しても仕方がない。
それが結果的に二人のためになるのであれば、例え喧嘩別れの格好になるにしても、その選択こそが最善の道に違いなかった。
メリッサは変わらず、床に目を落としたまま口を閉ざしている。
あまりに耐え難い空気の重さに、カイトは相手へのフォローの言葉を探して吐息を漏らす。
と、それが意味のある内容を持つより先に、メリッサが擦れた声を上げた。
彼女の声音は、とても小さくて頼りなく、カイトの拡張聴覚でも判別できない程だった。
彼は話を良く聞き取ろうと、メリッサの方へと屈み込んで耳を寄せる。
そんな彼に、勢い良く頭を上げた彼女は、前よりも一層に大きくてヒビ割れた、悲しい響きに上擦った叫びを間近から叩き付けた。
「あんたも……あんたもッ、私を、裏切るのかあああぁっ!?」
カイトを鼻先から睨み付けるその眼には、薄っすらと涙が滲んでいた。
予想外のセリフと反応に、カイトは当惑から思わず棒立ちとなる。
目を白黒とさせて言葉を失う彼に、メリッサは相手を突き飛ばすようにして駆け出すと、後を振り返る素振りもなく、外へと飛び出していった。




