壁に耳あり、背に男あり
突然に二人の間へと割って入った声に、メリッサは息を呑んで跳び上がる。
音声の発生源を素早く見定めたカイトは、竦み上がる彼女を後ろに回して体を返す。
彼が背にしていた裏路地の入口側には、埃っぽい黄土色のロングコートで足元までを覆った人物が、いつの間にか姿を現していた。
カイト達を正面に捉えるその相貌は、目深に被ったフードに隠れて窺えない。
だが、細身ながらも上背と肩幅のある体格や、張りのある中低域の声質は、明らかに若い男性のそれだった。
メリッサとの会話中も、カイトは周囲への注意を怠っているつもりはなかった。
だが、現にその男は、彼の監視網に掛かることなく、近距離にまで接近していた。
その事柄だけでも、彼らの目の前にいる相手が、ただの通りすがりではないという事実を如実に物語っていた。
突然に存在の明らかとなった謎の男を、カイトは薄く睨み付けるように注視する。
油断なく身構える彼に、その男は口の端より笑いの吐息を漏らした。
「驚かせてしまって済まない。だけど、そんなに警戒してくれなくても良い。僕はただ、さっきの話について、もっと詳しく聞かせて欲しいだけなんだ。君が、『鋼骸種の世界から来た人間』だというのは、本当なのかい?」
「…………わざわざ立ち聞きまでしてくれて悪いが、あれはただの作り話だよ。今度、仲間内でやる劇を、こいつと練習してたんだ。てか、もしかしてあんた、あんなバカみたいな話を真に受けたのか? そんな、俺がバケモノの世界から来たなんて、ありえるはずないだろ」
「それは、どうかな? 君はさっき街の子ども達に魔法と偽って、何か小さな装置のような物で果物を砕いてみせていた。あの時、君が上着の陰に隠していたのは、もしかして鋼骸器じゃないのかい?」
何気ない相手の発言に、カイトは思わず息を詰める。
突如として接触を図ってきたその男は、どうやら、彼が単発式拳銃で果実を狙撃した場面を目撃していたらしい。
更に、彼はカイトが用いた手法についても、ほぼ的を射た見方を示している。
やはり、このフードの男は、単なる興味本位で首を突っ込んできた相手ではなさそうだった。
得体の知れない危機感から緊張を強めるカイトに、メリッサはその背へと素早く取り縋り、焦りの浮いた声で囁きかけた。
「カイト、気を付けなさい! こいつ、あんたが鋼骸器を使ったって知ってるのに、平気な顔して話しかけてくるなんて絶対変よ! たぶん、こいつも前のギスティアと同じで私を始末しようと、アビゲイルが雇った暗殺者か何か―」
瞬間、路地の湿った空気が、一気に張り詰めたのをカイトは感じた。
それまでフードの男がまとっていた、友好的で温和な雰囲気は、俄かに相手を刺すような鋭く強烈なものへと変わる。
彼は、その穏やかではない気配を放ちながら、カイト達の方へと素早い足取りで進み出る。
「君、いま確かに君は、アビゲイルと言ったね? もしかして君達は、あの女の関係者なのか? だとしたら、彼が鋼骸器を使えるのも、それが理由なのか!? どうなんだ!?」
彼の饒舌で攻撃的な詰問に、カイトは否定以外の回答はもたなかった。
だが、フードの陰から鋭利な眼光を差し向け、俊敏かつ猛烈な足取りで肉薄してくる相手が、そんな答えで止まってくれるはずもないのは明らかだった。




