夢の景色
まず、二人は街の中央を縦断する大通りを、南端に位置するという港を目指して移動した。
途中、カイトは複数人の露店の店主や、偶然見掛けた旅の行商人などに声を掛けた。
奇妙な問い掛けをする見慣れない風貌の彼に、彼らは程度の違いこそあれ、いずれも最初は不審感を示していた。
だが、仲介役であるメリッサの言葉巧みな取り成しによって、幸いにも不要な面倒事や騒動に発展するのは避けられた。
カイトは彼らへと対し、信憑性の低い噂や伝聞も含めた、鋼骸種や鋼骸器に関わるありとあらゆる出来事の話を尋ねた。
しかし、最も大勢の人が集まる中央広場を過ぎ、遂に港へと辿り着いても、彼は何一つとして、現状を打開できる有益な情報は手に入れられなかった。
商業用の大型帆船が数多く係留された港には、陽に焼けた屈強な男達が積荷を上げ下ろしする、街中とはやや種類の異なる賑やかさに沸き返っている。
沖合より吹き付ける柔らかな潮風を、メリッサは大きく吸い込み、重い溜息として吐きだす。
風に乱れる髪をうなじの辺りで押さえつつ、彼女は横に立つカイトを固い面持ちで窺った。
「結局、これといった収穫は何もなかったわね。聞いた話は、どれもあんたとはあんまり関係なさそうだったし……。せめて、鋼骸器の取引を生業にしてる行商人さえ見つけられれば、あんたが欲しがってるあれと同じ物は、もしかしたら手に入ったかもしれないけど―」
「でも、そういった類の人間は、ここにも滅多には現れないんだろう? だとしたら、そんな相手が少し街を歩いただけで見付かるなんて、そんな都合良くいくはずもないさ」
「……まあ、まだ西の大通りとか、旅人の集まる宿場街とか、行った方が良い所はまだあるし。だから、あんたもちょっと駄目だったからって、変に気落ちするんじゃないわよ」
水平線を遠くに見つめ、諦めにも似た言葉を口にするカイトに、メリッサは妙に明るい口調となって活を入れる。
らしくもない気遣いを見せる彼女に、カイトはその普段の高飛車な態度との落差に可笑しさを覚えつつ、微笑みを返して小さく首肯した。
確かに、頼みの綱であった街での調査が不首尾に終わったのは、当事者であるカイトにとって芳しくない結果には違いなかった。
しかし、そうした先の見えない苦境にあっても、彼は恐怖や絶望に沈みはしなかった。
寧ろ、その心は安らぎにも似た平穏と、不思議な温かい充足感にさえ満たされていた。
ここに来るまでの間でカイトが感じてきた、街を広く覆う爆発しそうな程の活力と、それとは対照的な平和に満ち満ちた柔らかな空気。
それらは、いずれも彼の世界では過去の遺物となって久しく、決して取り戻すことの叶わない、失われた掛け替えのない遺産でもあった。
カイトは自らの世界において、自由と平和を取り戻すため、命を賭けて戦い続けた。
同時に、彼は自身の脳や心臓などの強化生体器官が、仮に限界まで稼働し続けたとしても、それを自分が目にし、手にすることは叶わないだろうと思っていた。
取り戻すべき果てない理想であり、決して目の当たりには出来ない夢想の光景。
そんな、空想の中にしかなかったはずの存在が、例え異世界のものとはいえ、現実として認識することができる。
それは、カイトにとって異様なまでの違和感を伴った、しかし言葉には尽くしがたい程の興奮と幸福に満ちた、夢のような体験であった。




