街へ出かけよう
重たい光沢に満ちた部屋の奥には、金属の精錬や溶接を行う場所と思しき、石造りの巨大な窯が鎮座している。その斜向かいには、以前カイト達が訪問した際にルチアが出てきた扉があり、そこには複数の謎の幾何学模様が殴り書きされた紙が貼られていた。
「なあ、あそこの扉に貼ってある紙。あれは、一体何なんだ?」
「何って、『ただいま作業中につき、仕事の受注はできません』って警告。あそこ、ルチアの趣味の方の作業場なんだけど、悪いこと言わないから出てくるまで邪魔はしない方が良いわよ。ていうか、あんた私達の言葉は分かるくせに、まさか文字の方は読めない訳?」
小馬鹿にしたメリッサの回答に、カイトは少しだけ反感を覚える。
だが、そのおかげで彼は、自分の記録データにある数種類の文字体系は、この世界においては応用不可能であると確認することができた。
カイトは外出するに先立ち、ルチアへと改めて礼を言っておきたかったが、「触らぬ神に祟りなし」というメリッサの忠告に従い、それはまた別の機会に回すこととした。
表の扉より外へ出る直前、カイトは机の下の物陰に、鋼骸器の詰め込まれた木箱を発見した。
そこには、護身用としては心許ないが、まだ実用に耐え得る武器もあった。ひとまず、カイトはメリッサから許可をもらう形で、念のためにそれを携帯していくことにした。
準備を整え、連れ立って表に出た二人は、一瞬にしてまばゆい陽光に包まれた。
カイトは瞬時に感光率の自動調整された両眼で、白い光の降り注ぐ空を仰ぐ。
ルチアの家の前へと立つ彼の頭上には、抜けるような広い青を背景に、年季の入った木彫りの看板が掲げられていた。メリッサによると、それには『メイダ鍛冶工房』と彫り込まれているらしく、カイトはそこで初めてルチアの姓と職業を知った。
彼女の店舗は地面が剥き出しのままの、さほど幅の無い路地に面して建っていた。
所々に泥濘の残る道の両側には、似通った様式の木造家屋や、風化の進んだ背の低い煉瓦塀が並んでいる。泥臭く、どこか後ろ暗い雰囲気さえ漂わせるその風景は、しかし何故か見覚えのないはずのカイトへと、軽い吐き気を伴った郷愁の念を催させた。
そんな複雑な感情を抱きながら、カイトはさっさと路地の先へ歩いて行っていたメリッサの背へと追い縋る。
そして、人気のない細い悪路をしばらく進み、複雑に入り組んだ曲がり角を越えた直後、急に二人の前が明るく開け、同時に雑然とした音の荒波が押し寄せてきた。
自分達の進行方向の状況については、カイトも拡張聴覚による音波探知によって、ある程度は事前に把握していた。
カイトは初め、それらの情報から導き出される結論を、俄かには信じられなかった。
だが、実際に目的地へと到着し、視覚においても再認することによって、彼は自らの推測が少しも間違っていなかったと認識した。
メリッサの先導によって、湿った空気の溜まる裏路地から抜け出した先。
そこには、均された灰褐色の石材が敷き詰められた、大型輸送機の離発着に充分な程の横幅を備えた巨大な道路。
そして、その広大な空間を窮屈なくらいに埋め尽くし、擦れ違いながらも絶えず淀みなく流れ続けている、見渡す限りの数えきれない人々の姿があった。




