いざ、一階へ
そうして、即興での契約の儀式を終えたカイトは、直後に屋外へと探索へと向かいたい旨を雇用主へと伝えた。
手持ちのナノマシン注入器のみで稼げる時間は、長く見積もっても一週間が限度。
もし、戦闘などで激しい活動を行うことになれば、更にその猶予期間は短くなってしまう。
現実とも付かない異世界の地で、奇跡的に生き延びることができた幸運を無駄にしないためにも、カイトは自分に与えられた僅かな時間を、ほんの少しでも浪費する訳にはいかなかった。
早速この世界での案内を求めるカイトに、最初はメリッサも面倒臭そうにしていた。
それでも、拝み倒さんばかりの必死の懇願に根負けし、最後には彼女も不承不承ながら案内役を承諾した。
「まったく、何だってこんな朝っぱらから、私が鋼骸器探しの手伝いなんか―あ、そうだった、あんた今から外に出るんなら、これに着替えといて」
不意に、部屋の隅にあった木製のタンスへと駆け寄ったメリッサは、その中に仕舞ってあった幾つかの物を、まとめてベッドの方へと放り投げる。
カイトの膝の上へと乱雑に重なって落ちたのは、暗色系で統一された、おそらくは自然有機物を素材にしていると思われる、男性物の衣服一式だった。
「そんな見慣れないボロボロの格好のままだと、街の人達から怪しまれて、相手なんてしてもらえないのがオチだろうし。私は先に下に降りとくから、さっさと済ませてきなさいよ」
「ああ、ありがとう。恩に着るよ」
「お礼ならやっぱり、近くの仕立屋に行ってそれを買ってきたルチアに、ね。あいつ曰く、あんたの体にピッタリのを見繕ってきたみたいだから、サイズ的には問題ないはずよ」
「へえ、凄いな。彼女、見た目だけで相手の体型も把握できるのか?」
「ルチアの奴、あんたが寝ている間に体を隅々まで調べて、いろいろ記録とか取ってたのよ。だから、いろ~んなところの長さが、よぉ~く分かったんでしょ。じゃ、急いでね」
最後にメリッサは意味深な笑みを浮かべ、足早に部屋から去っていった。
予想の斜め上をいく彼女からの暴露に、カイトの全身の受動感覚ユニットへと、少し間をおいて薄ら寒い感じを催す、気味の悪い信号が走る。
完全に意識を失っている自分の義身を、様々な工具を手にしたルチアが嬉々として弄り回す。
そんな光景を想像しかけたカイトは、唐突に込み上げてくる恐怖と羞恥の感情に、慌てて脳内からそれを打ち消す。
そして、彼は余計な疑念や雑念を振り払うように、新しい服装へと着替えることに専念した。
用意されていた異界の上着やロングパンツ、レザーブーツ等は、いずれもカイトの義身にぴったりの規格だった。
しばらくして、ようやく全ての衣服を取り替えたカイトは、自前の化学繊維の戦闘服を抱えて下の階へと向かう。
床板を軋ませて階段を下ってくる彼を、近くの壁にもたれながら待っていたメリッサは、面食らったような大きく細かい瞬きで迎えた。
「ふぅん……思ったより、似合ってんじゃん。さっきから全然降りてくる気配がないから、まさか人間の服の着方を知らないんじゃないかって、ちょっと嫌な予感がしてたんだけど」
「なにぶん、片手で着替えるのは初めてだから、手間取ってな。心配していたのなら、手伝ってくれても良かったのに」
「冗談。赤の他人の、しかも人間もどきの男の着替えの世話なんて、絶対に願い下げ」
「やれやれ。どうやら俺の新しいご主人様は、鋼骸種並みに冷たい鉄の心をお持ちのようだ」
皮肉交じりの揶揄を投げられたメリッサは、むっと表情を険しくしてカイトを睨む。
怒りのこもった彼女の鋭い眼光に、彼は素知らぬ振りをして周囲へと視線を逸らす。
二階からの階段が直接繋がっている、乾いた鉄や煤の匂いが、薄く充満している広めの部屋。
そこは、カイトの記憶に不鮮明な形で残っている、彼が初めてルチアと出会った場所だった。
室内には、ペンチや金槌、火挟みといった多くの種類の工具類。
また、黒光りする大小様々な大きさの鍋や、湾曲した刃先より鋭利な輝きを放つ小振りの鎌。
果ては、遥か昔の時代にその役割を終えたはずの、重厚で無骨な外観を備えた剣や鎧の数々など、多彩な役割をもつ大量の金属類が、机や壁の上などに所狭しとひしめいていた。




