悪魔の囁き
「す、済まない、つい夢中になってしまった。こんなことを言われても、君には何がなんだか、分かるはずがなかったよな……」
慌てて決まり悪そうに謝りを入れるカイトに、ようやく顔へと生気を取り戻したメリッサは、苦み走った顔付きで軽く左右に首を振ってみせた。
「うん、まあ……ひとまず、あんたが私の全然知らない世界からやってきたってことは、まず間違いないっておかげではっきりしっかり理解できたわ」
「そうか、良かった。君が柔軟な発想ができる人で、助かったよ」
「それで、あんたがここでも地獄でもない所から来たってのは分かったけど、これから一体どうするつもりなの? 行く当てとか、自分の世界に戻る方法とか、もうあったりする訳?」
もうこの話はうんざりといった感じで、メリッサはやや強引に話題を切り替える。
彼女があっけらかんとした口調で尋ねたその問いこそ、正しく現在のカイトが直面している、最大の懸念事項そのものであった。
メリッサ達の世界が、自分にとってのパラレル・ワールドであるという仮説は、甚だしく突飛で空想的ではあるが、現状では最も信憑性と可能性が高い。
となれば、自前の知識や常識といったものは、この世界ではまるで通用しないことになる。
こちら側で生存し続けるためにも、元の世界へと帰還する道筋を探るためにも、この世界の環境や社会情勢・歴史背景には、ある程度通じている必要がある。
しかし、こちらへと移動して日の浅い自分には、これまでそれに関する情報を得る時間はなく、そして、これから知り得るための余裕もほとんどありはしなかった。
非常に返答の難しいその質問に、カイトは気まずさから視線を床の上へと落とす。
困り果てた顔を力なく伏せる彼に、メリッサはニヤリと口角を持ち上げると、意地の悪い薄い笑みを浮かべてみせた。
「ふぅん。その様子だと、やっぱり考えは何もないみたいね。ま、こっちに来てからは戦ったり死にかけたりとか忙しかったから、そんな暇はなかったでしょうけど」
「どっかの誰かさんの勘違いのおかげで、余計な面倒事に巻き込まれたおかげでな」
「うっさい! で、そんなあんたに提案なんだけど……もう一度、私と『契約』しない?」
「契約……? だから、俺は悪魔じゃないからそれは無理だと、もう何度も―」
「そんなの、とっくにもう分かってるっての! 私が言ってるのはそんなのじゃなくて、なんて言うか、もっと、こう……そう、商業的な関係でのことよ!」
発言の意図が掴めず茫然とするカイトに、メリッサは苛立ちから小さく舌打ちを漏らすと、座っていた椅子ごと彼の方へとにじり寄った。
「私がギスティア……森の水車小屋で私達を襲ってきた、あの本物の悪魔のことなんだけど、あいつに狙われているってのは知ってるでしょ? だから、またいつかあの男がやってきた時に、あんたには前みたいに私を守ってもらいたいのよ」
「つまり、俺に君の用心棒になって欲しいと、そういうことか?」
「そう! その代わりに、私はこっちの世界についてあんたの知りたいことを教えたり、いま持ってるみたいな鋼骸器を探すのを、手伝ってあげるって訳。どう? いろいろとジリ貧のあんたにとっては、そんなに悪くない話でしょ?」




