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Armed Wizard Vanguard(アームド ウィザード ヴァンガード)  作者: 伊森 維亮
第二章 追憶よりの魔手(アサルト フロム ザ パスト)
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初めての朝

 無色と無音に支配されていた空間を、単調で軽妙な響きの機械音が静かに揺らす。

 直後、機能停止(スリープ)の状態にあった意識(OS)が再起動(リブート)し、カイトは夢のない眠りから目を覚ました。


 微睡(まどろ)みを挟まずに覚醒へと到った彼は、まず、自分が生きている事実を認識する。

それから、白い光に満たされている視界より、全ての警告表示(ワーニングマークが消えているのを確認した彼は、現状の把握へと移った。

 そこは、天井や床までの全ての壁材に、乾いた色合いの木材が用いられている個室だった。


 床面積はさほど広くはないが、壁の中程に開けられた採光窓より差し込む陽光によって然程(さほど)閉塞感はない。普段は誰かの自室、もしくは客室として使われているのか、壁際には木製の小物入れや本棚、そして自分が寝ている簡素な寝台などの調度品が置かれていた。


 カイトは横になった姿勢のまま、薄い枕へと乗せている頭を左側へと傾ける。

 そこには、彼の枕元に置かれた三脚椅子へと腰掛け、古めかしい大判の本を膝上へと落としたまま、陽だまりの中でうたた寝をしているメリッサの姿があった。


 全身に未だ動作不良と疲労の感を覚えながら、カイトは揺らめくようにして体を起こす。

 その気配を感じ取ったのか、俯き加減に舟を漕いでいたメリッサは、小さく肩を躍らせて目を覚ます。上半身をベッドの上に起こしているカイトに気付き、彼女は驚きから寝ぼけ眼を大きく見開いた後、力の抜けた薄い笑みを浮かべてみせた。


「ふぅん、どうやら、まだ死んでなかったみたいね。さすがにもうダメかと思ってたけど、鋼骸種ってのはやっぱり、私達よりもくたばりにくいのかしら?」

「メリッサ……ここは、どこだ? あれから、どうなって―?」

「ここは、ルチアの店の二階にある、彼女の部屋。まったく、あんたいきなり自分の首に貰った鋼骸器をブッ刺して、それきりピクリとも動かなくなっちゃうんだもの。おかげで、変に重いあんたをここまで運ぶのに、どんだけ私達が苦労したと思ってんの!?」

「そう、だったのか……済まない、本当に助かった。あれから、どれくらい眠っていた?」

「大体、二日とちょっとくらいかしらね。後もう少し目を覚ますのが遅かったら、たぶんあなたルチアにバラバラにされて、彼女のおもちゃになってたんじゃないかしら―」

「メリッサ、声が聞こえてきたけど彼が起きたの!? わあっ、本当に生き返ってる動いてる、信じられない!! やっぱりあなた、メリッサの言ってた通り人型の鋼骸種だったのね!!」


 メリッサが苦言を呈しようとしたその時、突如として上擦った高い叫び声が響き、ほぼ同時に部屋の扉が外側より開かれる。

 蝶番(ちょうつがい)が軋む程の勢いで弾かれたそこには、開け放たれた出入り口に立ち、寝台の上に身を起こすカイトを輝きに満ちた瞳で凝視している、一人の若い女性がいた。

 

 彼女は、突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)に面食らう二人に構うことなく、一足跳びに室内へと駆け込む。

 進路上にいたメリッサを椅子ごと軽々と弾き飛ばし、獣のような俊敏(しゅんびん)さで跳躍した彼女は、そのままカイトを押し倒す形でその腹上へと飛び乗った。


 突然に自分の上へと馬乗りになる相手に、カイトは訳も分からずされるがままとなりながら、激しい戸惑いと微かな恐怖の滲む視線を送る。

 何の前触れもなく現れ、何の説明もなく彼の自由を奪ったその女性は、少女と形容しても差し支えは無いであろう齢の頃だと思われた。


 身に着けている衣服は、丈の短いチュニックに革製のホットパンツという、関節部の可動域を最大限に確保している軽装。外部へと露出しているその手足は長くしなやかで、生来のものか日焼けによるものかは判然とはしないが、メリッサとは好対照な浅黒い肌の色をしていた。

 若干の赤みを帯びた頭髪はやや短めに切り揃えられ、その額へと掛かる癖のある前髪の合間からは、(まばゆ)い程の好奇と歓喜の輝きを放つ、澄んだ青い双眸が覗いていた。


 互いの鼻先を突き合わせるように、至近距離から自分を見つめてくるその少女に、カイトははっきりとした見覚えはなかった。

 だが、気絶する直前の記憶(メモリー)に残っている、砂嵐のような光景の中の不明瞭な人物像(フォルム)

 また、先程この部屋へと響いた嬌声(きょうせい)の響きなどの類似性から、カイトは現在自分に(またが)っている相手こそが、ナノマシン注入器を譲ってくれたルチアであると断定した。


「ふむふむ、こうして動いているのを見ると、やっぱり鋼骸種だなんて思えない……。肌の質感や瞳孔の反応なんかは普通の人と同じだし、何より人間と友好的な会話ができる個体なんて、今まで書物にも噂話にも出てきたことなんて一度もなかったし―」


 ルチアは興奮した独り言を口にしながら、下敷きとした相手を舐めるように観察する。

 遠慮も容赦もない熱い眼差しに気圧されつつ、カイトは自分の上半身をつくづくと吟味(ぎんみ)している彼女へと、やや戸惑い気味に声をかけた。


「えっ、と……君が、ここの主のルチアでよかったか? 俺が気を失う前に、その、液体の入った鋼骸器を譲ってくれた―」

「え? あ、うん、そうよ。まぁ、ホントの名前はルチャーナなんだけど。あっ、でも、どうせだったらそのままで! 鋼骸種から愛称(ニックネーム)で名前を呼ばれるだなんて、何かちょっと信じられないっていうか、妙に幸せを感じちゃうくらいの快感…………!」


 そう言いながら、彼女は細身の体に比べて豊かな胸部の前で、鳥肌の立った両の腕を互いに(さす)り合わせる。ほんのりと頬を上気させ、(なか)恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべて天を仰ぐその顔には、掛け値のない心からの喜びの色が滲んでいた。


 その予想の斜め上を行く反応と要望に、カイトは対応の仕方が思い付かず、感激に身を打ち震わせているルチアを見上げたまま硬直(フリーズ)する。

 その時、彼女は何かを急に思い出したように、だらしなく崩していた相好を改める。

 そして、数秒前とは雰囲気を全く異にした、真剣で鋭い眼光の宿った双眸(そうぼう)を、ルチアは再び股下の相手へと差し向けた。


「そうだ、そんなことより、これ! これをどうにかできないかと思って、あなたが起きるのをずっと待ってたんだった!」


 彼女はそう早口で()くし立てながら、殴り付けるかのように右の拳をカイトへと突き出す。

 彼の眼前へと差し出されたその手には、所々より金属性の端子が覗いている、円筒の形状をした小型発動機(モーター)が握られていた。

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