背に腹は代えられない
その稲妻のように閃いた考えは、カイト自身非常に突飛で気味の悪いものに感じられた。
それでも、時間的な猶予が皆無となっている現状、手段を選り好みしている余裕はあるはずもなく、彼はすぐにその奇策を実行へと移した。
まず、カイトは大部分が動作不良の状態となっている義身自律管理システムへとアクセスし、右腕部の緊急分離を能動的に作動させる。
瞬間、右肩における関節部分の構造的結合が解除され、辛うじて切断を免れていた、右腕ユニットの根元部分が切り離された。
空気圧の抜ける小さく短い断末魔を上げ、床へと乾いた音を立てて落ちる彼の体の一部を、メリッサとルチアは共に愕然として凝視する。
二人の視線が集中するそれを、ぎこちない動きで足元より拾い上げたカイトは、目を点としているルチアへと震える左手で突き出した。
「さあ、正真正銘、サイぼーグの義身……の一部だッ……。珍しい鋼骸器、が欲シイんだろう?だったら、これと、そノ注射器を交換……しようじゃ、ないかっ―!」
先程のルチアの発言から察するに、どうやら彼女はこの世界で『鋼骸器』と呼ばれている兵器の類を、研究という名目の下に集めているようだった。
だとすれば、メリッサもその存在を初めて知ったという、自分のような改造人間の一部分であれば、相手の関心を大いに惹けるのではないかとカイトは踏んだのだった。
肝心の右腕が欠損してしまった今、その残滓である胴体との接合部分は、既に無用の存在となっている。なので、文字通り身を削って提示できる交換条件としては、その残骸こそがカイトにとって最も損害の少ない箇所であった。
無論、それで相手が納得しないようであれば、彼としては後の行動に支障を来たす恐れが高まるものの、左腕など他の条件を上乗せする用意はあった。
だが、取り引きを持ちかけられた彼女が見せた反応に、それは単なる杞憂であったとカイトもすぐに理解した。
「ええっ、ちょ、えええーーーっ!? 何コレ何ソレどうなってるの、どうしてあなたの体から鋼骸器が出てきたのおっ!? えっえっ、もしかしてあなたまさか、ひょっとしてひょっとすると鋼骸種だったりするの!? そんな、人の姿をして話までできる種類だなんて、今まで全然聞いたこともないよ! ねえねえっ、どうなの!? あなたって、本当に本当にそうなのっ!?」
カイトが『鋼骸種』であると知ったルチアは、同じ場面におけるメリッサとは正反対に、甲高い歓声を上げながら彼へと一目散に駆け寄っていく。
まるで、飛びきりの玩具を与えられた子どものように、その場で小刻みに跳びはねながらはしゃぐ彼女に、カイトは今にも昏倒しそうになるのを堪えながら言葉を繋いだ。
「そっチの鋼骸器をくれレバ、後で、その質問にもコタえる……だから、お願いだカラ……その注射器を僕に、早く渡してくれえっ!!」
目前へと迫る死への焦燥感から、ひび割れた怒声を響かせる彼に、ルチアは軽く身を引いてたじろぐ。そのまま少しの間面喰っていた彼女だったが、やがて自分の手にあるナノマシン注入器を、あっさりとカイトへ差し出した。
「うん、良いわよ。私のこれと、あなたのそれを交換ね。だから、約束通りに後でちゃんと、あなたの正体とかについても全部教えてよね!」
ルチアのその了承の文句を耳にするや否や、カイトは左手にあった自分の右腕の名残を相手に押し付け、代わりに彼女の持っていた注入器をひったくるように受け取る。
そして、遂に目的の物を手に入れた喜びに浸る間もなく、彼は容器に内蔵されていた針を露出させると、それを逆手持ちとして自らの延髄へ突き刺した。
「はあっ!? いやいやっ、あんた自分の頭に針をぶっ刺すとか、さっきまで死にたくないとか言ってたくせに何やってんのよ!?」
何の躊躇いもなくカイトが行った突然の奇行に、メリッサは怒号混じりの悲鳴を上げる。
しかし、そうした彼女の懸念とは裏腹に、容器に貯蔵されていた医療用ナノマシンを接種したカイトの義身内では、急速に生体電導液の浄化が進行していた。
もはや宵闇の黒に閉ざされつつあった彼の視界には、次々と各部ユニットの修復状況を報告する表示が、それまでの警告文に代わって挙げられていく。
ルチアの所持していたナノマシン注入器が、外見の類似した全くの別物。
もしくは、ナノマシンの損傷した故障品であることを恐れていたカイトは、少なくともそれらの危険性はないと知って安堵する。
瞬間、極限まで張り詰めていた緊張の糸が切れた彼は、そのまま床の上へと崩れ落ちた。
そして、内容の聞き取れないメリッサやルチアの声が、遥か遠くへと去っていくのを聞きながら、カイトの意識は深く生温い闇の中へと溶解していった。




