鍛冶師の少女
「―チア、ちょっとルチア、いるの!? 聞こえてるなら、早く出てきなさい!」
あれから、どれくらいの時間が経過した頃だろうか。
唐突に聴覚センサーに感知される、深い水底から立ち上ってくるかのような鈍く重い叫び声に、カイトは微睡みに似た闇の中から覚醒した。
メリッサと「街」へと向かう道中、彼は自家中毒における脳幹部への負荷から、早い段階で気を失いかけていた。それでも、自身の歩行を補助してくれるメリッサのおかげもあり、ほとんど無意識の状態となりながらも、どうにか彼は前へと進み続けられていた。
雑音に満ちた砂嵐の世界より引き上げられたカイトは、朦朧とした頭を振って周囲を見回す。
輪郭線の定かでない無彩色の視界には、どこか反政府軍の武器庫を彷彿とさせる、雑然とした作業場らしき室内の様子が映る。
しかし、そこに散乱していたのは、彼にとって見慣れた電動工具や銃器などではなく、金槌や金ばさみなどの古色蒼然とした道具や、フライパンや鍋といった生活感の溢れる金物雑貨だった。
いつの間にか目の前に現れていたこの空間が、どういった場所なのかは分からない。
それでも、カイトは隣にいるメリッサが醸している、厄介事からようやく解放されたかのような雰囲気から、どうやらここが自分達の目的地らしいことを理解した。
森の窪地を離れてすぐ、脳幹部への著しい負荷から、カイトの記憶は曖昧なものとなっていた。そのため、彼はここへと到るために要した時間も距離も、詳しくは覚えてはいなかった。
だが、肩越しに伝わるメリッサのふらつき加減や、軽く息切れをした掠れた叫び声などから、その道程は決して簡単なものではなかったことは、カイトにも容易に窺い知れた。
やがて、手狭な室内へと反響していた彼女の声に、徐々に怒気の色が混ざり始めた頃。
不意に、奥の壁にあった扉が緩慢な動きで外へと開き、そこから一つの細長い人影が、揺れるようにして部屋の中へと入ってきた。
「うう~ん、もぅ、うるさいなぁ……。こっちは、いろいろと取り込み中で忙しいっていうのに、一体全体なんの用なの、メリー?」
「遅いわよ、この変態鍛冶師! 忙しいって、どうせまた頼まれた仕事をほっぽり出して、集めたガラクタをいじって遊んでただけでしょうが! そんなことに時間を使うくらいなら、やってきたお客様をすぐに迎えに出なさいよね!」
「遊んでいたとは、失礼な! 私にとって鍛冶が仕事であるなら、鋼骸器の調査・研究は天から与えられた使命なのよ! この謎に満ちた存在が、どれほど神秘的で魅力的で探究心をそそられる物なのか、あなたには何度言えば――あら? そちらの方は、どちら様?」
冷笑を含めたメリッサの発言に対し、最初の気怠げな様子から一転して熱のこもった反論を行おうとしたその人物は、そこで初めてカイトの存在に気が付いた。
こちらへゆっくりと歩み寄りながら、体を前屈させてしげしげと自分を見つめている相手の容姿は、劣悪な解像度の視界ではほとんど識別ができない。
だが、辛うじて聞き分けられる高い調子の声や、スラリとした長身の体躯に重なって見える髪の輪郭などから、カイトはその人が若い女性であることを読み取った。
そうして、全ての感覚器官に制限の掛かる中、可能な限りの情報を必死に拾い上げていく彼を、彼女はメリッサへと怪訝そうに指し示した。
「何だかこの人、だいぶ具合が悪そうだけど大丈夫なの? 顔色も悪いし、汗も凄いかいてるみたいだし、片方の腕が無いのはもしかして怪我? どっちにしても、早くバドルじいさんの診療所に連れてった方が良いんじゃないの?」
「あー……うん、まあ、大丈夫じゃないけど、こいつはこれで大丈夫なのよ。それよりルチア、あんた『チャーシューキ』って鋼骸器、今この家に置いてたりする?」
「ちゃーしゅーき? うーん……これまで集めた鋼骸器の幾つかには、私も名前を付けたりしてるけど、そんなヘンテコな呼び方の子は一つも無いわよ」
「いや、あんたが付けた名前とかじゃなくて、ええっと確か、鋭い針が飛び出している、透明な液体の鋼骸器で……って、あれ、違ったかしら?」
「先端に針の付いてイル、液体の入ッた……透明ナ筒状の容器だ―見覚えは、無いか……!?」
隣で小首を傾げているメリッサを差し置き、カイトは既に動きもままならない唇と舌を懸命に蠢かしながら、ルチアと呼ばれていた女性に注射器の形状を説明する。
なぜ、彼女が鋼骸器と関わりを持っているのか、現段階では確実な事は何も分からない。
しかしながら、ここに来てから交わされた二人の短いやりとりから、カイトは顔も判別できない目の前の相手こそが、自分を救ってくれる可能性を持つ人物であると理解した。
音程の乱れたしゃがれ声で語り掛けてくる彼に、不意を突かれたルチアは軽く身を引き、驚きから小さく息を呑む。
それから、何かを思案するように腕を組み、少しの間難しそうに小さく唸っていた彼女は、急にその場で真後ろへと体を回すと、先程入ってきた扉の向こうへと早足に去っていった。




