ツンデレ魔女っ子
だが、窪地を縁取る木立へ分け入ろうとした時、その足は地面に縫い付けられたかのようにピタリと止まった。
何かを逡巡するように、しばらくの間棒立ちとなっていたメリッサは、不意に苛立たしく荒い吐息を漏らし、長い髪を振って体を返す。
そして、先程よりも早く乱暴な足取りで引き返すと、彼女は倒された草地の中で昏倒しているカイトの腕を取り、その下へと自分の体を押し込む形で彼を引き起こし始めた。
「ああっ、もう、何で私がこんなこと……。悪魔の召喚は上手くいかないわ、家はバラバラに壊されるわ、挙句にこんなおかしな奴と関わり合いになっちゃうだなんて、今日は人生で三番目くらいに最悪の日だわ、まったく!」
前後不覚となっているカイトを助け起こしながら、メリッサは顰めていた顔を更に歪ませ、苦々しくそう吐き捨てる。
突如として耳元で発せられたその呪詛の言葉に、カイトは焦点の定まらない視線を、すぐ傍らにある彼女の横顔へと向ける。間を置かず、自分がメリッサに支えられている状況を把握した彼は、制御の利かず微細動を繰り返している表情筋へと当惑の色を浮かべた。
「な、んで……? どうして、君ガ、俺を助けて……クレ、るんだ……!?」
「ただの気まぐれよ、き・ま・ぐ・れ!! それに、こんな所でギャアギャア騒がれてたら、ギースに私まで見つかっちゃうかもしれないでしょ! あんまり余計なことを訊くと、やっぱりこのままほったらかしにしていくか、いっそ私があんたの息の根止めてやるから、街に着くまでの間その口は閉じてなさい! じゃないと、もう絶対助けてなんてあげないわよ!」
ぞんざいな口調でそう念押しをしたメリッサは、もう質問は受け付けないといった風にそっぽを向く。
極端に劣化した解像度の中、彼女の顔を形作る細い眉や唇は、あからさまに不機嫌そうな形を露わにしている。
そんな、不必要なまでに感情を発露させている相手の姿を前に、カイトは仄かな酸味の効いた温かな熱が、じんわりと胸に湧き上がってくるのを感じた。
「……あ、リガ、とう……。だけど、俺のこの症状は、フツうの病気とか、じゃ、ない……。だ、から……例え、医者に診てもら、ったとしても、残念だけど意味は、ない―」
どうやら、彼女は自分を近隣にある人口密集地へと連れて行き、そこで何かしらの救済措置を講じてくれるようであった。
しかしながら、サイボーグである自分には通常の医術は適応するはずもなく、その目的地に疑似体液濾過装置やナノマシン注入器があるとも考えづらい。
つまりは、彼女が危険を冒して尽力してくれたとしても、全ては徒労に終わる可能性が非常に高かった。
カイトはその事実を、感謝の言葉に添えて、懸命にメリッサへ伝えようとする。
だが、当の本人はそんな彼の訴えを、ほとんど耳を貸す素振りもなく一蹴した。
「だっから、余計な事は喋るなって言ったでしょうが、本当に捨てていくわよこの馬鹿! そんなの、とっくにこっちも分かってるから、あんたは黙って、私についてくれば良いの! しっかし、見かけは細いくせに、どんだけ重いのよあんたは、まったくもうっ!」
前よりも怒りの度合いが上がった声音で、メリッサは改めてカイトへと釘を刺す。
彼の予想以上の重量に歯を食い縛りながら、どうにかその体を前へと運んでいく彼女に、カイトは自身の運命を委ねることを決めた。
現状、義身が小一時間の後に再起不能へと陥るのは、どうやっても回避は不可能である。
ならば、例え結果的には無駄な足掻きであったとしてとも、残された可能性がほんの僅かでもある限り、全てをそれへと賭け続ける。
そうした醜くもある生への執着こそが、自分のために尽力してくれているメリッサへの誠意でもあり、命ある人間としての在るべき姿でもあるはずだと、カイトは徐々に緩慢になりつつある思考の中で確信した。
そうして、肩を寄せる相手へと命を預ける覚悟をした彼は、彼女の頼りない歩みを助けとしながら、必死に感覚の喪失しかけている両足を踏み出していく。
ただそれだけが、メリッサの目指す先も真意も知らず、それを問い質す立場にもない今のカイトにとっての、今を生き残るための唯一の作業であり希望であった。




