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Armed Wizard Vanguard(アームド ウィザード ヴァンガード)  作者: 伊森 維亮
第1章 魔女と機巧男(ウィッチ アンド サイボーグ)
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時間切れ

 受身も取らず転倒する彼に、思わずメリッサは身を(すく)ませて立ち止まる。

 彼女が当惑の表情で見下ろす中、カイトはその足元の雑草を押し潰しながら、火に(あぶ)られる虫のように激しく身悶えを始める。

 苦痛に割れた呻き声を、喉の奥より絞り出す彼の視界には、劣悪な明度と解像度による周囲の景色と共に、生体ユニットの汚染を警告する表示(マーク)が赤々と映し出されていた。


「くっ、そ……。やっぱり、義身(こいつ)を誤魔化し切るのも、ここまでが限界かっ―」


 突如として押し寄せる激しい頭痛と、圧縮機(コンプレッサ)に掛けられているかのような猛烈な胸の圧迫感。それらの苦痛を表す複数の信号(シグナル)が、混然となって自らの感覚センサーを掻き乱すのを感じな

がら、カイトはこの世界で目覚めた時から恐れていた事が、遂に現実のものとなってしまったのを悟った。


 一般的に、生得的・人造的に関わらず何かしらの生体機関(オーガニズム)を内蔵する種類(タイプ)のサイボーグは、所定の稼働時間を迎える度に義身の整備(メンテナンス)と合わせて、その体液である生理電解液(PES)の濾過(クリアリング)を受けることが必要となっている。


 なぜならば、義身を構成する強化筋肉や内蔵器官の多くは、その装備者へと常人を遥かに(しの)ぐ身体能力を付与する半面、危険性の高い複数の有害物質を生成してしまう負の側面(デメリット)を有しているからであった。


 時間の経過や稼働量に比例し、体内の生理電解液へと徐々に蓄積されていくこれらの物質は、人型の義身に収納できる規模の装置では完全な浄化は難しい。

 そのため、多数のサイボーグ兵を擁する中央政府軍は、彼らから内蔵式の浄化機器を完全に排除(オミット)して運動機能へと特化させた上で、生体機関の維持を外部装置によって(まかな)うという運用方式を取っていた。


 そして、生来の脳髄と、疑似生体機関を有するカイトもまた、定期的な生理電解液の浄化が必須となっていたのだが、ここにはそうした専用の設備のある施設など存在するはずもない。

更に、彼は先刻の戦闘と逃走において、限界(リミッタ)を度外視して自らの義身を酷使(オーバードライブ)していた。

 その、自身とメリッサを守るために選択の余地のなかった行動は、結果的にカイトの生理電解液の汚染度を急激に上昇させ、最終的には自家中毒を発症させる段階(レベル)にまで至らせていたのだった。


 機能不全へと陥ったカイトの四肢は、脳幹部より受信する信号派数(パルス)の断続的な乱調から、痙攣にも似た小刻みな誤作動を起こしてのたうち回る。

 そうした相手のただならぬ様子を、訳も分からず茫然として眺めていたメリッサに、カイトは食い縛った歯の間から擦れた声で叫びかけた。


「メリッ、サ……! 注射器は……この辺りに、鋼骸器の注射、器が落ちている……のを、見たことは……ない、かっ……!?」

「はっ、えっ……!? な、何なのよ、そのチューシャキって!?」

「先端に、針……が付いている、液体の入った、透明な、円柱形の容器だっ……。お、願いだ、

もしそれがある、場所を知っ……ていたら、俺に教えて、クレっ―」

「しっ、知らないわよ、そんなの! 大体、あいつじゃあるまいし、私が鋼骸器のガラクタなんかいちいち気にするはずないし、そもそも知ってたところで、どうしてあんたなんかに教えてあげなくちゃなんないのよ!」


 予想通りとも言える彼女の酷薄な返答に、カイトは怒りを感じる余裕もなく、微かな希望さえも消えた事実に打ちのめされた。

 通常、生理電解液を有するサイボーグの多くは、義身のクリアリングが緊急に必要となった場合に備え、数本の無機分子(ナノマシン)注入器を携行している。

 これは、容器内に保存された医療用ナノマシンを接種することで、一時的に自家中毒の症状の緩和、及び有毒物質の一定量の中和を行う、サイボーグの活動継続時間の延長を目的とした道具(アイテム)であった。

 カイトは中央政府へと叛旗を(ひるがえ)した後、敵軍から奪取するなどしたこの機器を継続的に使用することで、自らの義身と命を保ってきた。


 だからこそ、その唯一の生命線(ライフライン)が決定的に断たれてしまった今、生理電解液の汚染という非常事態を打開する術は、もはや彼には残されていなかった。

 感覚器で発生している不具合(バグ)により、全身から脳髄へと伝達される痺れや痛みを引き起こす信号は、その間隔を狭めながら加速度的に激しさを増していく。


 徐々に灰褐(セピア)色へと色彩を転じていく、複数の警告文が重なっている虚空を仰ぎながら、カイトはか細くも悲痛な響きに満ちた怒声を(ほとばし)らせた。

 自分が過去の行いへの報いから、いつの日か無残な死を迎えることについては、ずっと前から覚悟はしていた。そして、かつての主の血塗られた野望を(くじ)き、自らがやるべきことを成し遂げた今、既に生への未練も然程(さほど)はなかった。


 それでも、自分の知らないこの世界の中で、何も知らないままに死ぬのは嫌だ。

 自分がここへと到った訳も、最期を迎えることになる異世界の姿も分からず、このまま無へと消え去ってしまうなど、絶対に受け入れることなどできはしない。


 そうした、強烈な衝動に突き動かされるまま、カイトは自身へと覆い被さりつつある死の影を振り払おうと、有らん限りの気力を奮い立たせて身じろぎ続ける。

 鬼気迫る様子で地面を這い(つくば)る彼を、蒼白となった面持ちで黙視し続けていたメリッサは、やがてそのくぐもった悲鳴を振り払うように、早足で森の奥へと駆けていく。

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