決裂
「ちょ、ちょっと待ってくれ! まさか、このまま俺を独りで置いていくつもりなのか!?」
さばさばとした口調で別れの文句を放ち、迷いのない足取りで森の奥へ去ろうとするメリッサに、我に返ったカイトは慌てて追い縋る。
素早く進行方向へと回り込み、体を盾として行く手を遮る彼を、メリッサは露骨なまでに嫌悪と忌避の色を帯びた両眼で、忌々しそうに睨め上げた。
「何よ、まだ何か私に用なの!? あんたといたら、あいつに見つかりやすくなるから、さっさとどっかに行って欲しいんだけど!」
「なっ、そんな、自分勝手な! こっちはここが何処なのか、あのギスティアとかいう男がどういう存在なのか、碌に把握してすらいないんだ! なのに、そんな右も左も分からない状態のまま、君は俺を放り出すっていうのか!?」
「そんなの、私の知ったことじゃないわよ! そもそも、どうして契約を交わした悪魔でもない上に、この私を騙してくれてたあんたの面倒を、こっちが見ないといけない訳!?」
「それはそっちが勝手に誤解しただけで、俺は自分が悪魔だなんて一言も言ってないだろ! 第一、俺があのギスティアとかいう奴と戦う破目になったのは、元を正せば君が原因じゃないか! なのに、このまま被害者気取りではい、さよならというのは、幾ら何でも虫がよすぎるとは思わないのか!?」
「うっ、うるさいわね、鋼骸種もどきの化け物の癖に! 格好だけじゃなくて話し方まで本当の人間みたいなフリをして、気味も気色も悪いったらありゃしないわ!」
躍起になって相手を詰るメリッサのその言葉に、カイトは義身に張り巡らされたセンサーには感知されない、胸の奥底が捩れるような鋭利な鈍痛を覚える。
それでも、彼はたじろぎそうになる気持ちを懸命に立て直しつつ、敬遠の三白眼を向けるメリッサへと、このまま協力体制を継続するべく必死になって食い下がった。
つい先程交戦した、メリッサがギスティアと呼んでいた謎の男は、何も特種な装備を用いている形跡がないにも関わらず、強大な衝撃波や不可視の障壁を発生させていた。
その、あまりにも常識外れで確固とした事実は、それを目の当たりとしていたカイトへと、ここが自分のいた場所とは時間軸の違いに収まらない、決定的に異なる原理に支配された世界であるという懸念を抱かせ始めていた。
D・ウォルトは自らが製造した時空間転位装置について、まだ本格的には運用をしてはいないようなことを口にしていた。だとすれば、彼が元々『時間』の移動を目的として設計したその装置が、実際には想定と全く異なる作用を及ぼしていたとしても、何の不思議もない。
加えて、その機械は外部からのハッキングによってシステムを書き換えられるという、極めて不安定な状態の下で稼働していた。
そうした幾つかの条件や状況証拠、そして「こちら側」で遭遇した異様な事象などを総合して判断すると、現代兵器の数々に聞き慣れない異称を与えているこの世界は、来訪者である自分にとって時間や空間に留まらない、全く別の次元の場所に当たる可能性が濃厚となってくるのだった。
仮に、そうしたカイトの予想が的中していた場合、状況は彼の想像以上に最悪だった。
自身の持つ常識がほとんど通用しないとなると、この異世界における行動は、非常に困難を極めることになる。そうなると、元の世界に戻る手段を探し当てられなくなるばかりか、先程のように予期し得ない非常事態へと巻き込まれる恐れも必然的に高まってくる。
そして、それらの危険性を前もって排除するには、こちら側の情報に長けた水先案内人が必要になるのだが、カイトにとってその役目を期待できる相手は、現時点ではメリッサをおいて他にはなかった。
だが、当の本人は彼へと敵意を剥き出しにしているばかりか、理由は不明だが「悪魔」であるというあのギスティアという男にも付け狙われているようであり、同行者としての不安と不確定の要素には尽きない。
それでも、この世界で初めて出会った人間であり、誤解によるものではあったにせよ一時的に友好な関係性にあった彼女だけが、今のカイトにとって唯一頼りにできる人物であった。
しかし、そんな相手の切実な思いを斟酌する素振りも見せず、メリッサは彼の言葉をただひたすら冷淡に撥ね付け続けた。
「ああっ、もう、しつこいしつこい! 何を言われようとも、もう私はあんたと無関係なの、どうなっても知ったことじゃないの! だから、これ以上私に、つきまとわらないで!」
「おい、待ってくれ! お願いだから、俺の話を聞いてくれ―」
取り付く島もなく、足早に傍らを通り抜けようとするメリッサに、カイトは半身を捩り左手を伸ばす。
自分を引き留めようとするその腕を、彼女は触れるのも嫌だと言わんばかりに、力任せに振り払う。直後、抵抗と呼ぶにはあまりにも非力な腕力で押し退けられたカイトは、打たれた左腕に引き落とされるような格好で、そのまま地面の上へと倒れ伏した。




