改めての真実
「こんのっ、放せ、放してえっ! 早く、私を下に、降ろしなさいよっ!!」
腰へと回された相手の腕の力に喘ぎつつ、うつ伏せの姿勢で抱きかかえられていたメリッサは、両手両足をばたつかせて抗議の声を上げる。
拘束を解こうと必死になって暴れる彼女に、入り組んだ木々の合間を飛び跳ねるように駆け抜けていたカイトは、さほど意にも介することなく後方を確認する。
自分達が通過してきた仄暗い闇の向こうには、追跡者の影や気配はない。
どうやら、スタングレネードによる撹乱は思惑通りに敵の目を眩ませ、こちらの行き先を完全に見失わせられていたようだった。
脱出が無事に成功したのを見て取り、カイトは安堵に胸を撫で下ろす。
それでも、彼は念を入れて戦闘区域より更に遠くへと離脱を続け、結局メリッサを要求通りに解放したのは、水車小屋から3㎞程の距離を置いた場所へと着いた頃だった。
周りからは索敵されにくい、数本の木立に囲まれた窪地へと降り立ったカイトは、メリッサを抱え起こすようにして地面に立たせる。
彼女は両足が下へと着くや否や、彼の体を突き飛ばし、緩んでいた相手の左腕を力任せに振り払う。
少しふらつきながら後ろへと下がっていく間も、その固く鋭い光を宿した目は、油断なくカイトの方を見据えていた。
「あんた、さっきの、どういうこと……? 自分が悪魔じゃないなんて、それって、本気で言ってんの?」
強張った細い肩を震わせながら、メリッサは乱れた息で懸命に言葉を紡いでいく。
かろうじて識別できる程に小さく、そして悲壮なまでの強い響きを帯びたその声に、カイトは思わず、視線を斜向かいの木の根元へと逸らした。
「……ああ、本当だ。俺はさっきも言ったように、君の言う『悪魔』なんかじゃない」
「そん、な…………じゃあ、あんたは、いったい何だっていうの!? ギスティアの奴に吹き飛ばされても怪我一つしないで、しかも、鋼骸器を使って爆発を起こすなんて、まさか、人の姿をした鋼骸種だとでも言うの!?」
「……今のところ、それが一番適切な表現かもしれないな。ただ、この義身こそは普通のそれとは全く違うけれど、俺は自分の頭で考えて、そして心で物事を感じられる、れっきとした一人の人間なんだ。色々と理解のできないことだらけの君の目には、どうしてもそうは映らないかもしれない。だけど、俺は君を騙したり傷つけたりするつもりは、これっぽっちもない。それだけは、どうか、信じて欲しい」
絶叫にも似たメリッサの問いに、カイトはひとつ息を入れて、眼差しを彼女の方へと戻す。
そして、真っ白に青褪めた彼女の相貌を見つめながら、彼は自分が悪意のある存在ではないと、可能な限りの誠意を込めた言葉で説得した。
自らを『鋼骸種』に類する者と認めることは、その存在を危険視している相手にとって、あまり得策とは言えない手段ではある。
だが、現状における情報が圧倒的に不足している今、下手な釈明や反論を行うことは、更に彼女の疑念を深めてしまう結果にも繋がり兼ねない。
であれば、ここはどのような形であっても、こちらの存在性を一度認識してもらう。
その上で、自分が彼女と敵対する側にはないのだと、改めて再認識してもらうのが最も適切な方策であると、カイトはそう判断したのだった。
もはや賭けにも近い、彼の捨て身な内容の発言の後、二人のいる森の一角には凍るような静寂が戻ってきた。
頭上を覆う木立の天蓋から零れる、疎らな木漏れ日の光に照らされながら、メリッサは自身と対峙する正体不明の存在を、瞬きを忘れた双眼で凝視する。
鉄か氷を連想させるその冷たい瞳の輝きに、カイトはそれを視界の外に置きたい衝動に駆られながらも、懸命に正面から彼女の視線を受け止め続けた。
やがて、呼吸器系のユニットが動作不良を起こしているかと錯覚するような、カイトにとっては数時間にも匹敵する数十秒の時が流れた頃。
徐々に血色の戻り始めていたメリッサの頬に、不意に小さな痙攣が走った。
それに合わせて、真一文字に引き結ばれていた薄い唇が僅かに緩み、その合間から乱れ気味な吐息が、ゆっくりと静かに吐き出されていった。
それらの唐突な動きに思わず身構えるカイトに対し、メリッサは微かに弛緩させていた表情へと今一度緊張を漲らせ、戸惑いの滲む沈んだ口調で詰問した。
「分かったわ……いいえ、本当は全然、分かってなんかないんだけど……ああ、もう、とにかくこれだけは確認しておくわ。あなたは、本当に私の召喚に応じて顕現した、地獄の住人である悪魔じゃあない。それで間違いないわね、そういう意味なのよね!?」
苛立ちのこもった調子で投げやりに尋ねる彼女に、カイトはその気迫に面食らいつつ、即座に首肯を返す。
そうした彼の反応を目にしたメリッサの顔には、まるで泣き出す寸前の幼子のような、激情的な悲しみと失望の色が一瞬過ぎる。
だが、それら剥き出しの感情を、すぐさま鉄仮面の下に押し殺した彼女は、自分の様子をそれとなく窺っているカイトに対し、冷ややかな眼差しと共に冷淡な声を投げつけた。
「そう……だったら、私があなたと一緒にいる意味は、全くこれっぽっちも全然ないってことね。じゃあ、私はギスティアの奴が追いかけてくる前に、さっさと逃げさせてもらうとするわ。あなたも精々、あいつに壊されないように頑張りなさい」




