魔法vs兵器
正体不明の奇襲によって小屋の下へと埋められた際、彼は瓦礫を振り払うための足場を探っている途中で、先程自分が拾っていたそれを発見していた。
幸い、倒壊の衝撃による損壊もなく、揃えて置いていた弾薬一式も近くで見付けた彼は、その自らの世界の武器を用いて、こちら側における謎の敵対勢力への反撃に打って出た。
空気の抜ける発射音と合わせ、直径の広い銃口より飛び出した焼夷弾は、即座にメリッサを囲っていた暗い壁の一端へと飛翔する。直後、着弾した焼夷弾は爆炎と共に地面を抉り、近くにいた使い魔数体を強烈な爆風によって薙ぎ倒した。
突然の爆発に泡を食う彼らに、カイトは立て続けに弾倉に残る弾を浴びせていく。その過程においても、彼は爆発の有効範囲を厳密に計算し、包囲されているメリッサへの被害が最小限度に収まる位置を正確に狙い続けた。
次々と使い魔達を駆逐していく猛烈な炎と風に、その余波に曝されたメリッサは叩き付けられるように地面へとしゃがみ込む。両耳をしっかりと手で塞ぎ、全身を包む爆音を耐え忍びながら、彼女はグレネードランチャーを連射するカイトを驚愕の眼差しで見上げた。
今までのメリッサの理解では、彼の持つ鋼骸器は何の価値もない、ただの出所不明な鉄屑の一つでしかなかった。
だからこそ、カイトの左手に搭載されたハッキングシステムによって封印が解除され、その兵器としての真価を発揮している様は、彼女にとってまるで信じられない光景だった。
茫然自失となって固まる彼女の後ろでは、配下の使い魔が続々と討滅させられているギスティアもまた、愕然とした驚きの視線をカイトへと射差していた。
「鋼骸器を、従えているだと……!? まさか、お前も、そうだと言うのか―!?」
巻き起こる苛烈な炎と土の嵐の中、引きつった唇で忌々しそうにそう呟いた彼は、頭部を守っていた両腕を胸の前へと降ろす。再び先程と同じ構えを見せる相手に、それを確認したカイトは銃口を素早く返し、機先を制する形で弾を放った。
微かな放物線を描いて宙を裂いた焼夷弾は、瞬く間にメリッサの頭上を越えて、攻撃の態勢を整えていたギスティアのすぐ手前で炸裂する。
だが、標的を捉えたとカイトが確信した刹那。
等分の勢いで広がっていたはずの爆炎が、急に見えない壁に行く手を阻まれたかのように、ギスティアの所だけを奇妙な形に押し広げられながら迂回していった。
彼を避けて拡散していく黒い煙に、カイトは自分の目を疑いながらも、続け様に残弾を発射する。しかし、直撃の弾道へと乗っていた三発の焼夷弾は、いずれも目標に命中する前に空中で起爆し、その密度の増した炎と衝撃波のいずれも、対象へと届くことはなかった。
眼前を包む凄まじい暴威の塊に、それでもギスティアは髪の毛一本乱されることなく、不敵な笑みをカイトへ送る。そんな彼の周りには、先程不可視の攻撃を行った際と同様、半透明の波紋が向かい合った掌を基点にして発生し始めていた。
原理は分からないが、相手は何か見えない障壁で身を守っている。
攻撃を残らず防がれたカイトは、相手の無傷のままの姿にそう判断を下す。
直後、彼はグレネードランチャーを瓦礫の隙間へ突き刺すように立てると、銃身の下にある円形をした空の弾倉を、足元に置いていた別の物と取り替える。
左手一本で素早く準備を整えたカイトは、そのまま装填の完了した銃を携え、前方にいるメリッサの所へと一足跳びに跳躍する。
戸惑いと恐怖の面持ちで身を引く彼女に、彼は強引に顔を寄せると早口で囁きかけた。
「俺の後ろに隠れて、目と耳をしっかりと閉じていろ! じゃないと、今日はずっと眩暈や耳鳴りと付き合うことになるぞ!」
ある種の脅しとも取れるその言葉に、メリッサの瞳には更に警戒の色が浮き上がる。
それでも、相手の有無を言わせない強い口調と物腰に、著しい混乱から正常な判断力を失っていた彼女は、反射的に小さな首肯を返していた。
メリッサが指示に従い、小走りで背後へと回るのを確認した後、カイトは視界の端へとギスティアの姿を入れる。そして、攻撃準備を最終段階まで進めていた敵へと、彼は再びグレネードランチャーの照準を合わせた。
「鋼骸器を用いようと、そいつを盾にしようと、俺には通用しないぞ! お前が何者かは知らないが、次で真っ二つに切り裂いてやる!!」
執拗に迎撃を試みるカイトを、ギスティアは唇を曲げて嘲弄する。
抵抗は無意味であると詰る彼に、しかしカイトは少しも耳を貸さず引き金を引いた。
銃口より撃ち出された円筒形の弾は、即座にギスティアの目前へと迫る。
高速で飛来する爆発物に、彼は表情へと変わらず余裕を漂わせながら、前の物と同様に空中で難なく撃ち落とす。刹那、先程の紅蓮の炎や鈍い爆発音とは異なる、強烈な白い閃光と鋭利な高音が潰れた弾の内より溢れ出した。
カイトがグレネードランチャーより発射していたのは、本体に元々収まっていた焼夷弾とは異なる、非殺生用の武装である特種閃光音響弾だった。
通常の攻撃が意味を為さないと把握した彼は、森の中で銃器と併せて拾得していた、その対人戦制圧用の弾種を用いていた。
ギスティアの展開している防御壁は、観察する限りでは衝撃や熱を完全に遮断する一方で、ある程度の音と光は通過させていた。ならば、正しくそれらを武器としているその弾種を使えば、彼を一時的にでも無力化できるのではないかと、カイトは推測したのだった。
だが、そんな経緯を知るはずもないギスティアは、間近で起こった種類の違う爆発に、苦悶の声を上げて顔を覆う。その鮮烈な光を正面から受けた彼の視野は、曇りのない濃密な白に、完全に閉ざされてしまっていた。
視力と聴力を同時に喪失したギスティアは、自身を見えない壁で覆い尽くし、カイトからの追撃に備える。そして、彼は全方向への防御を継続しながら、酷く傷付いていた眼球や鼓膜へと魔力を注ぎ、瞬く間に機能の修復を行っていった。
やがて、ものの十秒も経たない内に回復を終えたギスティアは、顔面に押し当てていた指の隙間から正面を見据える。しかし、そこには既にカイトとメリッサの姿は無く、代わりに役目を終えたグレネードランチャーが、地面の上へと無造作に放置されていた。
二人が逃亡したことを知ったギスティアは、周囲へと素早く視線を巡らせる。
それでも、まだ微かに白みがかっている彼の視界には、鬱蒼とした森の巨大な陰が映るだけで、二人の逃走先を示す痕跡は何一つとして窺えなかった。
無惨にも焦土と化した水車小屋の庭では、所々でもがいている辛うじて無事な使い魔達の間に、それが消滅する際の黒い煙が棚引いていた。未だに残っている手勢は、当初の一割程しかおらず、山狩りを行って彼らを追うことも、ほとんど不可能であった。
つまりは、対象を完全に見失い、行く先も分からず追跡の術も無い以上、メリッサの捕獲が失敗に終わったことは、疑いようのない事実となっていた。
予想だににしない展開と結果に、ギスティアはしばし焦土の中で、黙然として棒立ちとなる。
その後、原型を留めていない小屋の方へと歩を進め、最後にカイト達が立っていた場所へと着いた彼は、足元に転がっていた鋼鉄の塊を一撃の下に踏み砕いた。
靴底で粘土のように潰れている鉄の塊を、ゆっくりと丹念に踏みにじりながら、ギスティアは静寂に沈む黒い森へと向け、熱い憤怒の吐息を吐き掛けた。
「鋼骸器を行使していたあの男……まさか、あいつが口にしていた奴だというのか……? だとしたら、神も何とも皮肉めいた、底意地の悪い演出をするものだ―」




