第9話 これは凶器です
始まりの街を出て。
私とリナは、次の街へ向けて歩いていた。
「…………」
しばらく進む。
「アルヴィンさん!」
「はい?」
「待ってください!」
振り返る。
少し離れたところで、リナが息を切らしていた。
「どうしました?」
「速いです!」
「そうですか?」
「そうです!」
いつもの速度で歩いていただけなのだが。
「もう少しゆっくりお願いします」
「分かりました」
リナが追いつくのを待つ。
今度は隣に合わせて歩き始めた。
「このくらいですか?」
「はい。このくらいで」
「なるほど」
一人なら気にする必要はなかった。
仲間と旅をするというのは、こういうことなのかもしれない。
◇
「グルルルル……」
街道から少し外れたところ。
牙狼が3体。
こちらを囲むように姿を現した。
「ひっ」
リナが私の後ろへ下がる。
「魔物……」
「牙狼ですね」
「大丈夫なんですか?」
「この程度なら」
「…………」
「?」
「アルヴィンさん」
「はい」
リナが両手を握る。
「が、がんばれー!まけるなー!」
「ありがとうございます」
本当に応援だけらしい。
牙狼が飛びかかってくる。
一体目。
踏み込みに合わせて掌底。
「ギャンッ!」
二体目。
横から飛び込んできたところへ蹴り。
「ギャッ!」
三体目。
喉元へ手刀。
「ギュッ!?」
終わった。
「…………」
後ろを見る。
リナが口を開けていた。
「どうしました?」
「ほぇー……」
「?」
「本当に素手だけで倒しちゃうんですね」
「この程度なら」
「神父ですよね?」
「はい」
「攻撃魔法とかは?」
「初歩的なものなら使えますよ」
「じゃあ、なんで使わないんです?」
「直接叩いた方が早いので」
「…………」
「何か?」
「魔法を使える職業って、魔法を中心に戦うものでは?」
「魔法より叩いた方が早いので」
「なるほど」
納得したようだ。
私は腰からナイフを取り出して、倒した牙狼へ近づく。
「アルヴィンさん?」
「はい」
「何するんです?もう死んでますよね?」
牙狼の腹へ刃を入れた。
「ひっ!?」
「少し離れていてください」
「え? え?」
腹を開く。
そのまま。
中へ手を入れる。
「アルヴィンさん!?」
「どうしました?」
「何してるんですか!?」
「…………」
「た、たのしいですか?」
「…………」
手探り。
少しして。
「ありましたね」
手を抜く。
金貨が数枚。
「げっ!?」
「今日は入っていました」
「き、金貨?」
もう一度。
手を入れる。
「まだ探すんですか!?」
「もう少し何かないでしょうか」
「そんな普通の顔で……」
「ん?」
何か硬い。
引っ張り出す。
「これは?」
鍋の蓋だった。
「…………」
「…………」
「ほぇー」
リナが変な声を出した。
「冒険者が魔物を倒してお金を稼いでるのは知ってましたけど」
「はい」
「てっきり牙とか毛皮とか、素材を売ってるんだと思ってました」
「もちろん素材も売れますよ」
「じゃあ、なんで金貨が?」
「分かりません」
「分からないんですか?」
「なぜか魔物は金貨やら道具やらを飲み込んでいることがあります。ただこの鍋の蓋は明らかに牙狼の口より大きいですが……」
「…………」
リナが牙狼を見る。
「金貨とか道具が好きなんですかね」
「そうかもしれません」
「冒険者と変わらないですね」
「確かに」
鍋の蓋を見る。
少し汚れている。
「一応、持っていきましょうか」
「持ってくんですか?」
「使えるかもしれません」
「何に?それにちょっと臭いです」
「物を粗末にするべからずです」
荷物へ入れておく。
◇
「そろそろご飯にしましょうか」
「そうですね!」
道から外れた草地に私は荷物を下ろした。
「リナさんもどうぞ」
パンと水を差し出す。
「あ……ありがとうございます」
リナがパンを見る。
少し首を傾げ。
口に入れた。
「かたっ!?」
「どうしました?」
「歯が!」
「?」
「これパンですか!?」
「パンです」
私も一欠片割る。
ポリッ。
口へ。
バリッ。
バリッ。
「ひゃっ!?」
「?」
「音!」
「音?」
「パンから出ちゃいけない音がしてます!」
「そうですか?」
「そうです!」
私はもう一口食べる。
バリッ。
「私は何年もこのタイプなので」
「何年もこれを!?」
「教会へ寄付されるパンは、最初は柔らかいのですが」
「はい」
「日が経つにつれて、だいたいこんなものになります」
「こんなものになりませんよ!」
「ですが、捨てるのは申し訳ないでしょう」
「…………」
リナが自分のパンを見る。
そして。
投げた。
「…………」
「何を?」
草むらの向こうへ飛んでいく。
「もったいないですよ」
「いいんです!」
「物を粗末に――」
「それもください!」
「え?」
私の手からパンを奪う。
「リナさん?」
「こんなの食べちゃダメです!」
投げた。
「待って――」
ゴンッ!!
「ぐえっ!?」
「…………」
「…………」
少し離れた街道。
一人で歩いていた冒険者が倒れた。
「…………」
「…………」
「気絶しましたね」
「見てください!」
リナが倒れた冒険者を指差す。
「あれはパンではなくて凶器です!」
「…………」
「ほら!」
「かなり硬かったようですね」
「今気づいたんですか!?」
倒れた冒険者へヒーリングをかけておいた。
◇
「アルヴィンさん」
「はい」
「火をください」
「火?」
「料理します」
「おお」
リナが大きなリュックを開く。
中からパン、野菜、塩、香辛料、小さな鍋。
次々と出てくる。
「随分持ってきましたね」
「旅するんですから、ご飯は大事ですよ」
「なるほど」
先ほど倒した牙狼から肉を切り出す。
手際がいい。
「火、お願いします」
「はい」
薪へ指を向ける。
「火球」
ぽっ。
小さな火が灯った。
「…………」
「どうしました?」
「さっき魔物素手で殴ってた人と同じ人とは思えないくらい小さい火ですね」
「料理用ですから」
「そんな調整もできるんですね」
「初級魔法ですので」
「便利だなぁ」
リナは鍋を火へかける。
肉を焼き。
野菜を加え。
香辛料を振る。
少しすると、いい匂いがしてきた。
「…………」
「もう少しです」
「分かるのですか?」
「はい。あと38秒くらい」
「時計もないのに?」
「だいたい分かります」
「便利ですね」
「そうですか?」
「はい」
しばらくして。
「よし」
リナが火を止めた。
皿へ盛る。
「召し上がれ」
「いただきます」
一口。
「…………」
「どうです?」
「美味しいですね」
「でしょ?」
「これは」
もう一口。
「旅というものは、なかなかいいものですね」
「食事だけで!?」
「大事ですよ」
「さっきまで凶器みたいなパン食べてた人が言っても説得力ないです」
「そうでしょうか」
「そうです」
リナも食べ始める。
「これでエールでもあれば最高なんですけどね」
「持ってきていないのですか?」
「旅に樽を持ってくる人います?」
「そうですか」
「そうですよ」
温かい食事。
隣には仲間。
教会にいた頃とは随分違う。
「リナさん」
「はい?」
「仲間というのは、いいものですね」
「まだ初日ですよ?」
「そうでした」
私はもう一口。
美味しい。
魔王城までは、まだ遠い。
だが。
とりあえず、食事の心配はしなくてよさそうだった。




