第8話 戦闘はできません。
「できませんよ!?」
男性店員が即答した。
「そうなのですか」
「そうですよ! あの子、うちの従業員ですよ?」
「知っています」
「冒険者でもないです」
「それも知っています」
「じゃあ、なんで!?」
私は1階を見る。
料理を運ぶ。
注文を取る。
空いた皿を片付ける。
新しい客を案内する。
途中で酔った客に呼び止められ。
対応しながら、別の卓へ料理を運ぶ。
忙しそうではある。
だが。
無駄がない。
「一番効率よく動いていたので」
「…………」
「少し、お話を聞いてみたいのですが」
「まあ……本人がいいなら」
「ありがとうございます」
◇
「えっと……」
先ほどの女性店員が、困った顔で向かいに座っていた。
「私、なんでここに呼ばれたんですか?」
「少しお聞きしたいことがありまして」
「はあ」
私は単刀直入に聞く。
「魔王に、早くいなくなってほしいと思いますか?」
「…………」
女性店員が瞬きをした。
「そりゃそうですよ」
「そうですか」
「早く平和になってほしいですし。魔物だって減ってほしいし」
少し考えて。
「勇者も、もう少し減ってくれると助かります」
「なるほど」
十分だ。
「では次に」
「まだあるんですか?」
「あなたの得意なことは何です?」
「得意なこと?」
女性店員が腕を組む。
「うーん……」
しばらく考えて。
「あ」
「はい」
「エールを必ず黄金比の8対2で注げます!」
「ほう」
「泡が2。エールが8。絶対外しません」
「それは、いつでも美味しいエールが飲めそうですね」
「そうなんですよ!」
「他には?」
「他?」
「はい」
「ほか……ほか……」
女性店員が悩む。
「だいたい、どのお客さんが席についてから何分経ったかは分かります」
「ほう」
「注文してからどのくらい経ったかも」
「全員ですか?」
「だいたい」
「店内にこれだけ人がいても?」
「はい」
「なるほど」
「?」
「だから、あんなに効率よく動けていたのですね」
「そうなんですかね?」
「素晴らしい能力だと思います」
「能力ってほどじゃないですよ」
「他には?」
「まだ聞きます?」
「はい」
「うーん……」
また考える。
「朝起きる時間は絶対分かります」
「時計を見ずに?」
「はい。毎日同じ時間に起きます」
「寝る時間が違っても?」
「徹夜してても分かります」
「ほう」
「あと、開店時間と閉店時間も絶対分かります」
「素晴らしい」
「そんな褒められることですか?」
「少なくとも、私にはできません」
「…………」
女性店員が少し照れた。
「では」
「はい?」
「一緒に魔王を倒しに行きませんか?」
「…………」
「…………」
「へっ?」
「魔王を」
「いや、聞こえましたよ!」
女性店員が立ち上がる。
「魔王!?」
「はい」
「私が!?」
「はい」
「なんで!?」
「先ほどお話しした通りです」
「どこが!?」
「魔王に早くいなくなってほしい」
「思ってますけど!」
「仕事もできる」
「酒場の仕事です!」
「時間にも正確」
「だから!?」
「十分でしょう」
「何が!?」
私は首を傾げる。
「私、戦えないですよ!?」
「その辺りは私がしますので、問題ありません」
「大問題ですよ!」
「そうでしょうか」
「そうです!」
女性店員が頭を抱えた。
「普通、魔王討伐って剣士とか魔法使いとか誘うんじゃないんですか!?」
「先ほど何人かお話しました」
「ですよね?なのになぜ私なんでしょう?」
「魔王を倒す気がありませんでした」
「…………」
「あなたはあります」
「ありますけど!」
「なら、こちらの方がいいでしょう」
「そういう決め方!?」
「はい」
「…………」
女性店員はしばらく私を見つめた。
「変な人ですね」
「よく言われます」
「でしょうね」
ため息。
そして。
「……ちなみに」
「はい」
「本当に戦わなくていいんですか?」
「はい」
「魔物とか出ても?」
「私が倒します」
「盗賊とか出ても?」
「私が倒します」
「勇者が変なことしても?」
「…………」
「なんでそこで考えるんですか?」
「なるべく私が対応します」
「勇者が一番危ないじゃないですか」
女性店員が笑った。
「……分かりました」
「おお」
「でも、条件があります」
「なんでしょう」
「途中で本当に無理だと思ったら帰ります」
「もちろんです」
「お給料」
「払います」
「食費と宿代」
「こちらで」
「休み」
「…………」
「休み」
「……善処します」
「そこは確約してください!」
その後。
店主にも話を通した。
「魔王討伐!?」
当然、驚かれた。
だが。
「まあ、こいつが自分で決めたなら止めねえよ」
最後にはそう言って。
「生きて帰ってこいよ、リナ」
「はい!」
彼女の名前は、リナというらしい。
「それと神父さん」
「はい」
「こいつ、戦えねえからな」
「聞いています」
「本当に守ってやってくれよ」
「もちろんです」
「ならいい」
店主はそう言って、私の肩を叩いた。
◇
翌朝。
始まりの街の門。
「…………」
私は隣を見る。
大きな鞄を背負ったリナが立っていた。
「重くないですか?」
「ちょっと」
「持ちましょうか?」
「大丈夫です」
「全部持てますよ?」
「自分の荷物くらいはちゃんと持てますよ!」
「そうですか」
「そうです!」
リナが鞄を背負い直す。
「というか」
「はい?」
「本当に行くんですね」
「はい」
「魔王城まで」
「その予定です」
「昨日まで酒場でエール注いでたんだけどなぁ……」
「今日からは冒険者ですね」
「冒険者じゃないです」
「そうでした」
「忘れないでください」
門の向こう。
街道が続いている。
次の街へ。
その先へ。
さらにその先へ。
魔王城がどれほど遠いのか。
まだ私は知らない。
「では行きましょう」
「はい!」
歩き出す。
35歳の神父。
元酒場店員の少女。
勇者はいない。
剣士もいない。
魔法使いもいない。
どう見ても。
魔王を倒しに行く一行には見えないだろう。
「アルヴィンさん」
「はい?」
「次はどこなんです?」
「まずは東の街です」
「なんで?」
「冒険者の基本ルートらしいので」
「…………」
「何か?」
「いや」
リナが笑う。
「しっかり基本から行くんですね」
「基本は大切です」
こうして。
勇者に任せることをやめた神父と。
何者でもない酒場の店員は。
魔王を倒す旅へ踏み出した。
この時。
二人ともまだ知らなかった。
この旅の先で。
勇者ではない者たちの名前が。
世界中に知られることになるなど。




