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第3話 転移したので魔王軍に入りました

「彼の者に癒しの雫を。ヒーリング」


 10分後。


「彼の者に癒しの雫を。ヒーリング」


 30分後。


「彼の者に癒しの雫を。ヒーリング」


「…………」


 私は顔を上げた。


「ミア」


「はい」


「今日はやけに怪我人が多くありませんか?」


「私も思ってました。今日はアーメンよりヒーリングの方が人気です!」


 今日は蘇生ではない。


 みな生きている。


 そこだけは喜ばしい。


 だが。


 朝から教会の前には、見たこともない列ができていた。


「どうしてポーションを使わなかったのですか?」


 腕を切った冒険者に聞く。


「買えねえんだよ」


「売り切れですか?」


「それもある。だけどそもそも高すぎる」


「高すぎる?」


「ああ。最近この辺じゃ、ポーションの値段が何倍にもなってる」


「なぜ?」


「魔王軍が買い占めてるらしい」


「…………」


 私は杖を止めた。


「魔王軍が?」


「ああ」


「今までそんなことありました?」


「ねえよ」


 別の冒険者が口を挟む。


「魔物が店で買い物するわけでもねえしな」


「それはそうですね」


「でも最近、魔王軍に変なのが入ったらしい」


「変なの?」


「転移者だよ」


「…………」


「元勇者」


 嫌な言葉だった。


「魔王軍に寝返ったんだとさ」


「なぜ勇者が魔王軍へ?」


「知らねえよ。他の人と違うことをしたかったんじゃないのか」


「…………」


「ただ、かなりのやり手らしいぜ」


「やり手?」


「ああ。人間側のことを知ってるからな」


 冒険者は指を折る。


「ポーションを押さえる。街道を狙う。冒険者が集まる場所も知ってる」


「なるほど」


「勇者だったんだから、勇者の弱点も知ってる」


「…………」


 私は教会を見る。


 勇者が死んだ時。


 どこへ運ばれてくるのか。


 当然、知っている。


「神よ」


 なぜ。


 魔王はいつまでも倒せないのに、敵に回ってから有能になるのでしょう。


 その時だった。


 ドォンッ!!


「…………」


 天井が消えた。


「きゃあああああ!?」


 ミアの悲鳴。


 木片と瓦が降ってくる。


 私は上を見る。


 青空。


 その向こうに。


「よー、神父!」


 巨大なドラゴンが浮かんでいた。


 その背中に。


 一人の男が立っている。


 黒い鎧。


 赤い外套。


 正義のヒーローっぽくはなかった。


「……どちら様でしょう」


「まさか忘れたのか?」


「はい」


「即答!?」


 男が胸を押さえる。


「前に蘇生してもらったことあるんだけど! 世界を救う勇者くらい覚えておくのが礼儀ってもんじゃないの?」


「何人蘇生していると思っているのです?」


「あー……」


「累計なら数万体は蘇生していますので」


「それはさすがに難しいか。ただ何体って数えるのは気に入らねぇな」


「ご理解いただけて何よりです」


「まあいいや」


 男はドラゴンの上で立ち上がる。


「俺は魔王軍幹部、ゼクト様だ!」


「あなたが噂の。そうですか」


「反応薄くない?」


「屋根を直す費用の方が気になっています」


「今から壊すんだから気にすんなよ」


「…………」


「ポーションも潰した」


 男――ゼクトが笑う。


「次は教会だ」


「なるほど」


「薬もねえ。復活地点もねえ」


 剣を抜く。


「これで勇者連中はまともに戦えない」


 なるほど。


 確かに。


 やり手ではある。


「ついでに神父も殺しとくか」


「私ですか?」


「お前が回復も蘇生もしてるんだろ?」


「そうですが」


「気に入らねえし、死んでてくれや」


 ゼクトが剣を振った。


 光の刃が飛んでくる。


「アルヴィン神父!」


 ミアが叫んだ。


 しかし。


 光の刃は私の前で霧散した。


「なにっ!? お前何をした?」


「何もしていませんが」


「これならどうだ!」


 今度は二本。


 またもや私の前で霧散した。


「なんで当たんねえんだよ!」


「一つお伺いいたします」


「あ?」


「転移した時の説明はお聞きになりました?」


「あぁ、最初の街でなんか説明されたやつか。そんなもん聞いてるわけないだろ。俺は元の世界で何十本もRPGやってきたんだ。だいたい分かる」


「そうですか」


 私はため息をつく。


「勇者に与えられた力では、この世界の住民を直接傷つけられないそうですよ」


「へっ?」


「あなたは魔王軍に入っても、元は勇者です」


「…………」


 ゼクトは少しの間考え込み。


 剣を納めた。


「なら」


 ドラゴンの首を叩いた。


「こいつなら関係ねえ!」


「グオオオオオオオッ!」


 ドラゴンが大きく口を開く。


 喉の奥が光り出した。


「アルヴィン神父!」


 ミアの声。


「大丈夫です」


「何がですか!?」


 私は杖を置いた。


 膝を曲げる。


「アルヴィン神父?」


 地面を蹴った。


「は?」


 ゼクトが間抜けな声を出す。


 一気に。


 ドラゴンの腹まで跳ぶ。


「いやいやいやいや!」


「よいしょ」


 拳を握る。


 下から。


 思い切り。


 アッパー。


「グォッ!?」


 巨大なドラゴンの体が、への字に曲がった。


「え?」


 ゼクトも浮いた。


「うおおおおおお!?」


 そのまま遠くの森へ落ちていった。


 ズゥンッ!!


「…………」


 静かになった。


 私は地面へ着地する。


「アルヴィン神父」


「はい」


「今、ドラゴンを殴り飛ばしました?」


「そうですね」


「そうですね?」


 その時。


 森の方から、一匹の翼を持つ魔物が飛び上がった。


 背中にゼクトがしがみついている。


「覚えてろよ神父ー!」


「…………」


「次は絶対教会潰すからなー!」


 遠ざかっていく。


 私は見送った。


 そして。


 ゆっくり周りを見渡す。


 屋根。


 ない。


 患者。


 大量。


 ポーション。


 ない。


「…………」


 私は目を閉じた。


「神よ」


 今度は。


 何も言葉が出てこなかった。

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