第21話 どっちも大事
小川から畑まで、水路はつながった。
「おお……」
ゴンスケが流れる水を眺めている。
「これなら水やりはできますね」
「すげぇな、神父」
「『週刊・冒険入門』の応用です」
「またそれですか」
リナが水路を見る。
「でも」
「はい?」
「これ、誰が調整するんです?」
「…………」
ゴンスケを見る。
「おら、いねぇぞ」
「そうでした」
「そこ忘れてたんですか!?」
水は何とかなる。
だが、結局。
畑を見る人間は必要らしい。
「誰かに頼むしかありませんね」
「誰に?」
ゴンスケが首を傾げる。
「近くの村の方など」
「人間?」
「はい」
「おらの畑を?」
「はい」
ゴンスケが少し考えた。
「人間、ここ来ねぇぞ」
「どうしてです?」
「知らねぇ」
「近くに村はあるんですよね?」
「ある」
「話したりは?」
「ねぇ」
「作物を売ったり」
「ねぇ」
「買い物は?」
「森で拾う」
「…………」
「…………」
「交流ゼロですね」
「んだな」
「なんで誰も来ねぇんだべな」
リナがゴンスケを見る。
大きな金属の身体。
斧。
弓。
赤く光る目。
「なんとなく分かりますけど」
「なんで?」
「今説明しても多分分かりません」
その時。
「あのー……」
木々の向こうから声がした。
農作業用らしい服を着た男が立っている。
「はい?」
男はこちらを見る。
次にリナ。
そして。
ゴンスケ。
「…………!」
一歩下がった。
「あの」
「はい」
「その魔物……大丈夫なんですか?」
「おら?」
ゴンスケが自分を指差す。
「襲わねぇぞ」
「本当に?」
「今はボスじゃねぇがら」
「…………?」
男が私を見る。
「どういう意味です?」
「説明すると少し長くなります」
「聞かなくて大丈夫です」
リナが即答した。
「そ、そうですか」
男はまだゴンスケから距離を取っている。
「近くの村の方ですか?」
「ええ」
「この畑について少し相談がありまして」
「畑?」
男が見る。
「ああ……」
「ご存じですか?」
「知ってますよ。近くじゃ結構有名です」
「おらが?」
ゴンスケが嬉しそうに前へ出た。
「うわっ!」
男が下がる。
「ゴンスケさん」
「ん?」
「近いです」
「そうが」
一歩下がった。
「有名って、どういう意味です?」
リナが聞く。
「いつの間にか畑ができてて。誰が作ってるんだろうって」
「おらだ」
「それは今分かった」
「全部おらが育てた」
「分かったって」
ゴンスケが胸を張る。
「でも」
男が続ける。
「でっかい魔物がいつもいるから、誰も近づかなかったんですよ」
「…………」
ゴンスケが固まった。
自分の身体を見る。
腕。
斧。
金属の身体。
そして。
頭を触る。
「モヒカンがねぇがらかなぁ」
「そこじゃないと思います」
リナが即答した。
「違うが?」
「たぶん全身です」
「全身?」
「大きいし、金属だし、斧持ってるし」
「斧は木を切るもんだ」
「村の人は知りませんよ!」
ゴンスケが男を見る。
「モヒカンあったら怖くねぇ?」
「もっと怖いです」
「…………」
「そうなのがぁ」
少し残念そうだった。
「何でそこ残念そうなんですか」
「かっこいいのに」
「それと怖くないは別です」
「難しいな、人間」
私は話を戻す。
「ゴンスケさんが魔王城へ行きたいそうなのですが、畑を離れられず困っていまして」
「魔王城?」
「はい」
「なんで?」
「モヒカンを取りに」
「…………」
男が私を見る。
「すみません」
「はい」
「やっぱり説明してもらっていいですか?」
「でしょうね」
◇
簡単に事情を説明した。
「なるほど……」
男が頭を押さえている。
「いや、なるほどなのか?」
「私に聞かれても困ります」
「もしよければ」
私は畑を見る。
「しばらく、この畑を見ていただけませんか?」
「俺が?」
「はい」
「なんで俺?」
「これも何かの縁ですし、他に頼める方を知りませんので」
「おらも知らねぇ」
男がため息をついた。
それから畑へ入る。
しゃがむ。
葉を見る。
土を触る。
「……かなりちゃんとしてるな」
「ほんとか?」
ゴンスケがすぐ隣へ来た。
「近い!」
「あ」
「ゴンスケさん」
「悪ぃ」
「前から気にはなってたんですよ」
男が畑を見る。
「これだけ育ってるなら、村で欲しがる奴もいると思う」
「人間が?」
「食べるよ」
「おらの野菜を?」
「ああ」
ゴンスケが畑を見る。
「うめぇぞ」
「味分からないんでしょう?」
リナが言った。
「よぐ育ってるがらうめぇ」
「まだその理論なんですね」
男が首を傾げる。
「味、分からない?」
「おら味覚ねぇがら」
「なのに野菜作ってるのか?」
「育つの楽しいぞ」
「…………」
「変が?」
「いや」
男が少し笑った。
「まあ、いいんじゃないか」
少し考えてから。
「俺が見てやってもいいですよ」
「ほんとか!」
「ただし、収穫した分を少しもらっていいか?」
ゴンスケが考える。
「食う?」
「食うよ」
「捨てねぇ?」
「捨てない」
「ちゃんとうめぇって言う?」
「それは食ってみないと分からないだろ!」
「…………」
「そこは嘘つけねぇよ!」
ゴンスケがしばらく考える。
「まあいいべ」
「そこはいいんだ」
「食ってくれるならいい」
「では決まりですね」
「ちょっと待ってください」
リナがこちらを見る。
「はい?」
「この人、まだ名前も聞いてませんよね?」
「…………」
男もこちらを見る。
「確かに」
「すみません。お名前は?」
「ダリオです」
「ダリオさん」
「はい」
「畑をよろしくお願いします」
ゴンスケも頭を下げる。
「頼む」
「ああ」
◇
翌朝。
ゴンスケは旅支度を終えていた。
斧。
弓。
矢筒。
そして大きな袋。
「それ何です?」
リナが聞く。
「野菜」
「全部?」
「途中で食うべ」
「ゴンスケさん食べませんよね?」
「おめぇらが食う」
「私たち用なんだ……」
「助かりますね」
「アルヴィンさんは普通に受け入れるんですね」
ダリオも畑の前に立っていた。
「じゃあ、頼んだぞ」
「任せとけ」
「水と、草と、虫と――」
「分かってる!」
「ほんとか?」
「昨日散々聞いたよ!」
「ならいい」
ゴンスケが満足そうに頷いた。
「では行きましょうか」
「んだ」
歩き出す。
数歩。
ゴンスケが振り返る。
「…………」
「ゴンスケさん」
「ん?」
「気になりますか?」
「ちょっと」
「大丈夫ですよ」
また歩く。
今度は振り返らない。
「寂しいですか?」
リナが聞く。
「ちょっとな」
ゴンスケが頭を触った。
「でもモヒカンも欲しい」
「結局そこに戻るんですね」
「どっちも大事だがらな」
「そうですね」
しばらく歩く。
リナが私を見る。
「なんか一人増えましたね」
「そうですね」
「アルヴィンさん、仲間を集めてる自覚あります?」
「ありません」
「ですよね……」
前を歩くゴンスケが振り返った。
「神父」
「はい?」
「畑、大丈夫だべが」
「まだ出発して5分も経っていませんよ」
「ちょっと見てぐるが?」
「行きません!」
「そうが」
ゴンスケは少し名残惜しそうに。
また前を向いた。




