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第19話 斧は木を切るもんだー

「た、助けてけろー!」


 金属の魔物が叫ぶ。


「おら、食ってもうまぐねぇぞー!」


 魚の魔物がまた飛びかかった。


 ガリッ。


「ひぃぃぃ!」


「アルヴィンさん」


「はい」


「助けるんですか?」


「助けを求めていますので」


「ですよね」


 杖を構える。


「土よ。ソイル」


 川辺の地面が盛り上がる。


 金属の魔物を囲むように土が隆起し、噛みついていた魚の魔物をまとめて押し上げた。


 魚たちが宙を舞う。


 そのまま川へ。


 バシャバシャと水しぶきが上がった。


「…………」


 再び水面から何匹かが飛び出してくる。


「まだ来ます!」


「はい」


 飛びかかってきた1匹を杖で叩き落とす。


 次。


 蹴る。


 もう1匹も川へ落とす。


 しばらくすると、魚の魔物たちは水の中へ逃げていった。


「…………」


「…………」


 金属の魔物は、まだ丸くなっていた。


「もう大丈夫ですよ」


「…………」


「行きました」


「ほんとが?」


「はい」


 ゆっくり顔を上げる。


 赤く光る目。


 鉄の顔。


 大きな身体。


 やはり見た目だけなら、とても助けを求めて丸くなるような魔物には見えない。


 金属の魔物が辺りを見回す。


「魚、もういねが?」


「いません」


「ほんとに?」


「はい」


 リナが金属の身体を見る。


「噛まれてましたけど大丈夫なんですか?」


「痛ぇ」


「金属なのに?」


「金属だって痛ぇもんは痛ぇんだ」


「そうなんだ……」


 金属の魔物が立ち上がった。


 大きい。


 近くで見ると、私よりかなり背が高い。


 背中には弓。


 腰には矢筒。


 手には大きな斧。


「その武器、使わなかったんですか?」


 リナが聞く。


「魚相手に?」


「はい」


「無理だべ」


「どうしてです?」


「怖ぇがら」


「…………」


「…………」


「その斧、かなり強そうですけど」


「斧は木を切るもんだ」


「木?」


「薪割るには便利だ」


「じゃあ弓は?」


「鳥追っ払うのに使ってる」


「…………」


 リナが私を見る。


「農家?」


「かもしれませんね」


「魔物ですよね?」


「おそらく」


「いやぁ、助がった」


 金属の魔物が頭を下げた。


「ありがどさまな」


「いえ」


「おめぇら、人間だべ?」


「はい」


「おら魔物だけど、いいのが?」


「助けを求められましたので」


「変わってんなぁ」


「よく言われます」


 金属の魔物が笑う。


 笑っているのかどうか、顔からはよく分からないが、赤い目が少し柔らかくなった気がした。


「それにしても」


 リナが少し首を傾げる。


「魔物って、みんな喋れるんですか?」


「みんなじゃねぇ」


「そうなんですか?」


「喋れるやつもいるし、喋れねぇやつもいる」


「種類によるんですか?」


「おら、そういう難しいごど分がんねぇがら」


「自分のことなのに」


「喋れんなら困らねぇべ」


「まあ……そうですけど」


「あのー……」


 リナが金属の魔物を見る。


「名前があったりは?」


「ゴンスケだ」


「…………」


「…………」


「ゴンスケ?」


「んだ」


「それ、元々ついてた名前なんですか?」


「いや」


 胸を張る。


「おらがつけた」


「自分で?」


「かっこいいべ?」


「…………」


 リナが私を見る。


「私に聞かれても困ります」


「聞いてません」


「昔は名前なかったんですか?」


 私が聞く。


「番号みてぇなのはあったな」


「番号?」


「なんだったかなぁ……」


 ゴンスケが首を傾げる。


「忘れだ」


「忘れたんだ」


「もう使わねぇがらな」


「では、ゴンスケさん」


「さん?」


「はい」


「なんか照れるな」


 ゴンスケが頭を掻く。


 金属同士が擦れて、ガリガリと音がした。


「お礼してぇがら、うち来るが?」


「うち?」


「近くだ」


「どこです?」


「すぐそこの畑だー」


「やっぱり農家なんだ」


 ◇


 川から少し離れた場所。


 木々の間を抜けると、小さな畑があった。


「…………」


「…………」


 思っていたより立派だった。


 畑はいくつかに分かれていて、葉物。


 根菜。


 見たことのない丸い実。


 奥には小屋もある。


「全部ゴンスケさんが?」


「んだ」


「すごいですね」


「へへ」


「褒めたらすごい嬉しそう」


 ゴンスケが畑へ入る。


「そこ踏むなよ」


「はい」


「そっちも駄目だ」


「はい」


「そこも」


「どこ歩けばいいんです?」


「真ん中歩けばいいべ」


「最初に言ってください!」


 ゴンスケが畑の端から何かを引き抜く。


 大きな芋のようなもの。


「食うが?」


「これは?」


「知らね」


「知らないもの育ててるんですか?」


「食えるぞ」


「そこじゃないです」


「焼ぐとうめぇはずだ」


 リナがゴンスケを見る。


「味、分かるんですか?」


「分がんねぇ」


「…………」


「…………」


「じゃあなんで美味しいって言ったんです?」


「よぐ育ったがらな」


「それ、味と関係あります?」


「あるんでねーが?」


「私に聞かないでください」


「ならいただきましょう」


「アルヴィンさんは気にしないんですね!」


 ゴンスケが嬉しそうに小屋へ向かう。


「火ぃつけっから待ってろ」


 その背中を見送りながら、リナが小声で言った。


「普通に農家ですね」


「そうですね」


「味分からないのに」


「そうですね」


「さっきまで魚に襲われてた金属の魔物なのに」


「そうですね」


「気にならないんですか?」


「何がです?」


「全部です!」


 ◇


 しばらくして。


 私とリナは畑の横で、焼いた芋のようなものを食べていた。


「おいしいですね」


「んだべ?」


「ゴンスケさんは味分からないんですよね?」


「分がんねぇ」


「なのに嬉しそうですね」


 ゴンスケが畑を見る。


「育ってぐの見んのが楽しくてなぁ」


「育つのが?」


「ちっちぇえ芽が出てよ。それが毎日ちょっとずつでっかくなってぐんだ」


 太い金属の指で、小さな芽の大きさを作る。


「水やった次の日に伸びてだりすっと、なんか嬉しいんだ」


「へえ……」


「だから味は分がんねぇけど、ちゃんと育ったやつはうめぇはずだ」


「そういうものなんですかね」


「そういうもんだべ」


 ゴンスケが大きく頷いた。


「ゴンスケさん」


「ん?」


「ずっとここで畑を?」


「いや。始めだのは最近だ」


「その前は?」


 ゴンスケの動きが止まった。


「前?」


「はい」


「…………」


 少し考える。


「魔王軍にいだ」


 リナの手が止まった。


「……魔王軍?」


「んだ」


「やっぱり魔物なんですね」


「今さらですか?」


「喋るし畑やってるから、ちょっと忘れてました」


「何をしていたのですか?」


 私が聞く。


「ボス」


「…………」


「…………」


「ボス?」


「んだ」


「何の?」


「洞窟の」


 リナが眉を寄せる。


「洞窟のボス?」


「勇者とか冒険者とか来たら、襲ってだ」


「襲ってたんですか!?」


「ボスだったがらな」


「じゃあ今は?」


「襲わねぇ」


「なんでです?」


「ボスじゃねぇがら」


「…………」


「…………」


 ゴンスケが不思議そうにこちらを見る。


「何だ?」


「いや」


 リナが首を傾げる。


「そんな簡単なものなんですか?」


「何が?」


「人間を襲うとか、襲わないとか」


「ボスの仕事だったがら」


「仕事」


「んだ」


「じゃあ、人間が嫌いだったわけじゃない?」


「別に」


「勇者も?」


「別に」


「じゃあ何で戦ってたんです?」


「だから」


 ゴンスケが畑を指差す。


「ボスだったがらだべ」


「…………」


 リナが私を見る。


「アルヴィンさん」


「はい」


「なんか似たような人、知ってる気がするんですけど」


「誰でしょう」


「分からないならいいです」


「で、クビになった」


「クビ?」


「んだ」


「魔王軍にもクビってあるんですか?」


「あるみてぇだな」


「なぜです?」


「勇者が来たんだ」


「勇者?」


「魔王軍に」


 私とリナが顔を見合わせる。


「……もしかして」


「ゼクトってやつだ」


 やはり。


「知ってるんですか?」


「名前だけ」


「元勇者です」


「んだ。それだ」


 ゴンスケが頷く。


「そいつ来てがら、いろいろ変わったんだ」


「どう変わったんです?」


「知らね」


「知らないんだ」


「おら頭よぐねぇがら」


 あっさり言った。


「ただ、ある日そいつが来て」


 ゴンスケが低い声を真似する。


「『ここにボスを置く意味はない』」


 元の声に戻る。


「って言われだ」


「それで?」


「終わり」


「終わり?」


「んだ」


「それだけ?」


「それだけ」


「それで畑を?」


「最初は何すっか分がんなかったんだけどな」


 ゴンスケが周囲を見る。


「近くに使ってねぇ土地あったがら、なんとなぐ耕してみた」


「なんとなく」


「そしたら芽ぇ出た」


 畑を見る。


「それ育ってぐのが面白くてなぁ」


「それで続けてるんですね」


「んだ」


 ゴンスケが嬉しそうに頷いた。


「でも」


 自分の斧を見る。


「ボスでねぐなったら、戦う理由もねぐなったんだ」


「…………」


「勇者見でも、冒険者見でも」


 斧を持ち上げる。


「これ振る理由ねぇなぁって」


「それで戦わなくなった?」


「んだ」


 ゴンスケは斧を置くと、また畑へ目を向けた。


 元・魔王軍の洞窟ボス。


 それが今では、魚を怖がりながら畑を耕している。


「…………」


 その時。


 リナがゴンスケをじっと見た。


「ゴンスケさん」


「ん?」


「さっきから気になってたんですけど」


「何だ?」


 リナが指を差す。


「頭」


「…………」


 ゴンスケの手が。


 ゆっくりと頭へ伸びた。


「見るな」

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