第18話 おらを食ってもうまぐねぇぞ
塔が崩れてから、しばらく経った。
幸いにも、被害は思っていたほど大きくならなかった。
怪我人は多かったが、塔から逃げてきた冒険者たちの多くは自力で動けたし、重傷者も私が治療することができた。
身体が残っていた勇者たちは蘇生できた。
街の一部と露店には被害が出たが、それでも塔そのものが崩れたことを考えれば、よくこの程度で済んだと思う。
「アルヴィンさん」
「はい」
「もういいんじゃないですか?」
「何がです?」
「治療ですよ。さっきから軽い切り傷まで全部治してるじゃないですか」
「怪我をされていますので」
「それはそうですけど」
リナが周囲を見る。
「重傷者はもういません。歩けない人もいない。あとは街の人たちに任せましょう」
「ですが」
「アルヴィンさん」
「はい」
「また何でも自分でやろうとしてますよ」
「…………」
塔で言われた言葉を思い出す。
なんでも神父だからで終わらせないでください。
「……そうですね」
「はい」
「では、今日はここまでにしましょう」
「そうしてください」
立ち上がる。
その時。
「神父さん!」
声をかけられた。
振り返ると、治療した冒険者が立っていた。
「ありがとうございました」
「いえ」
「助かりました。本当に」
頭を下げる。
「神父さんがいなかったら、もっと酷いことになってたと思います」
「そんなことは」
「いや」
男は首を振った。
「俺たち、ちゃんと見てましたから」
「…………」
「ありがとうございました」
もう一度頭を下げて、男は去っていった。
「アルヴィンさん」
「はい」
「今の聞きました?」
「はい」
「どうです?」
「どう、とは?」
「嬉しくないんですか?」
「嬉しいですよ」
「顔に出ないですね」
「そうですか?」
「いつも通りの覇気のない顔です」
リナが笑った。
ただ。
私には一つだけ。
どうしても気になっていることがあった。
◇
「…………」
私はエールの入った木杯を見つめる。
「アルヴィンさん。どうしました?」
「Another Edition……」
「そこですか?」
「はい」
「塔崩れたんですよ?」
「分かっています」
「怪我人もたくさんいたんですよ?」
「分かっています」
「アルヴィンさんが吹き飛ばしたんですよ?」
「…………」
「そこだけ黙らないでください」
あのあと、Another Editionを探した。
瓦礫の周辺。
街の外。
紙が飛んでいった方向。
何人かの冒険者にも聞いてみた。
だが、見つかったのは数枚の紙切れだけだった。
本体がどうなったのかは分からない。
「せっかく、ここまで来たのですが」
「でも、あれって1冊しかないわけじゃないんですよね?」
「恐らくは」
「だったら、持ってる人もいるでしょう」
「…………」
「旅してれば、どこかで見つかるかもしれませんよ」
顔を上げる。
「本当ですか?」
「なんで私に聞くんですか」
「ですが」
「少なくとも、あの塔にしか存在しないって決まったわけじゃないでしょう?」
「はい」
「なら、道中で探しましょう」
「リナさん」
「何ですか?」
「ありがとうございます」
「そんな真面目に言われると困るんですけど」
リナがエールを飲む。
「それより」
「はい」
「約束、覚えてたんですね」
「約束?」
「エールですよ」
「ああ」
そういえば。
「褒めるなら、あとでエールでも奢ってください」
そう言われていた。
「もちろんです」
「てっきり忘れてると思ってました」
「忘れませんよ」
「私のレベル上げは忘れてたのに?」
「…………」
「なんで黙るんですか」
「おいしいですね、エール」
「話を逸らした!」
冷たい。
体に染み渡るようだ。
「おいしいですね」
「2回言った!」
リナが呆れたように笑った。
しばらくして。
「アルヴィンさん」
「はい」
「昨日のあれ」
「どれでしょう」
「ヒューイです」
「ああ」
「あれ、本当に初級魔法なんですよね?」
「はい」
「本当に?」
「『週刊・冒険入門』にも載っています」
「そういう意味じゃないです」
「?」
「普通、初級魔法で塔の瓦礫全部吹き飛ばせるんですか?」
「しっかり詠唱しましたので」
「だから、その説明で納得できないんですよ」
「そうですか」
「そうです」
リナが木杯を置く。
「それに」
「はい」
「私の方も」
自分の手を見る。
「魔物が止まったみたいになったやつ」
「はい」
「あれ、何だったんでしょうね」
「分かりません」
「ですよね」
「ですが」
「ですが?」
「また起きるかもしれません」
「怖いこと言わないでください」
「すみません」
「だから謝られると怖いんですって」
リナがエールを飲む。
私も飲む。
結局。
私の魔法も。
リナに起きたことも。
何も分からない。
Another Editionに書かれていた、破れた文章。
『本来の役割とは異なる行動を選び続けた場合――』
その続きも分からない。
分からないことが増えた。
だが、旅を続ければ。
いつか分かるかもしれない。
「リナさん」
「はい」
「明日には出発しましょう」
「そうですね」
「Another Editionを探しながら」
「魔王を倒す旅ですからね?」
「…………。もちろんです」
「その間なんですか? 信用できないなー」
◇
翌朝。
私たちは次の街へ向けて歩き出した。
塔がなくなってしまったため、予定より少し早い出発になった。
「次の街までどのくらいです?」
「順調なら2日ほどですね」
「今度は寄り道しませんよね?」
「おそらく」
「分からないんだ」
「何か興味深いものがあれば」
「寄り道する気満々じゃないですか」
「ですがAnother Editionを探さなければなりません」
「それを理由に全部寄り道するつもりじゃないでしょうね?」
「…………」
「アルヴィンさん?」
「川がありますね」
「話を逸らした!」
道の先。
林の向こうから水の流れる音が聞こえていた。
少し進むと、大きな川が見えてくる。
水は澄んでいる。
流れもそれほど速くない。
「ちょうどいいですし、ここで少し休みます?」
「そうですね」
川辺へ向かう。
その時。
水面が大きく跳ねた。
「ん?」
もう一度。
バシャッ。
バシャバシャッ。
「何でしょう」
「魚じゃないですか?」
「ずいぶん元気ですね」
「元気で済ませていい音じゃない気がしますけど」
さらに近づく。
そこで。
「…………」
「…………」
何かがいた。
川辺。
銀色の大きな身体。
人のような形。
だが、人ではない。
全身が金属で覆われている。
片手には大きな斧。
背中には弓まで背負っていた。
「……あれ、何でしょう」
「魔物のようですが」
「それは見れば分かります」
その金属の魔物を囲むように、川から次々と魚のような魔物が飛び出している。
大きな口。
鋭い牙。
何十体も。
金属の身体へ噛みついていた。
ガリッ。
ガリガリッ。
「仲間割れでしょうか」
「いや」
リナが指差す。
「どう見ても、魚みたいな魔物が金属の魔物を一方的に襲ってますよね?」
「そうですね」
「しかも」
金属の魔物を見る。
立派な斧を持っている。
弓まである。
なのに戦っていない。
川辺で丸くなり、頭を両腕で抱えている。
「……なぜ戦わないのでしょう」
「私に聞かないでください」
「かなり立派な武器ですが」
「ですよね」
「強そうにも見えます」
「私もそう思います」
魚の魔物がまた飛びかかる。
「ひぃぃぃぃ!」
「…………」
「…………」
声がした。
「今」
「喋りましたね」
もう一度。
「た、助けてけろー!」
金属の魔物が叫ぶ。
「おらをくってもうまぐねぇぞー!」
「…………」
「…………」
リナが私を見る。
「アルヴィンさん」
「はい」
「魔物って喋るんだ……」
私も。
少し驚いていた。




