第17話 魔法はしっかり詠唱しましょう
魔物の棍棒が振り上げられる。
私は地面を蹴った。
「来るな!」
勇者が叫んだ。
足が止まる。
「……え?」
「来んな!」
勇者が床へ手をついたまま、こちらを見る。
その顔には恐怖が浮かんでいた。
だが。
次の瞬間。
笑った。
「別にいいんだよ」
「何がです?」
「俺は勇者だぞ」
魔物が棍棒を振り下ろそうとしている。
勇者が片手を前へ向けた。
「死んだって、生き返れるんだからよ!」
「待ってください!」
魔力が膨れ上がる。
まずい。
「リナさん!」
「はい!?」
リナを抱き寄せる。
「我が身を燃やし――」
「やめてください!」
「全部吹っ飛べ!」
光が弾けた。
◇
轟音。
身体が浮く。
咄嗟にリナを抱え込み、背中を丸めた。
「風よ。ヒューイ!」
風を地面へ叩きつける。
爆風とぶつかる。
「ぐっ……!」
押される。
足が滑る。
壁。
床。
天井。
何もかもが揺れている。
やがて音が止んだ。
「……リナさん」
「い、生きてます」
「よかったです」
「よかったですじゃないです! なんなんですか今の!」
「自爆でしょうか」
「でしょうかじゃないですよ!」
煙が立ち込めている。
先ほどまで魔物がいた場所は、大きく抉れていた。
魔物の姿はない。
勇者も。
「……勇者は?」
「恐らく」
言いかけた時。
床が揺れた。
「え?」
今度は爆発ではない。
もっと低い。
塔の奥から響いてくるような音。
ゴゴゴゴゴ――。
「アルヴィンさん」
「はい」
「これ、嫌な音じゃないですか?」
「そうですね」
壁に亀裂が走った。
「…………」
「…………」
天井から石片が落ちる。
「崩れますね」
「そんな冷静に言わないでください!」
大きな音。
外壁の一部が崩れ落ちた。
穴の向こうに空が見える。
「下りましょう!」
「はい。 ですがAnother Ed ――」
「いますぐ!」
階段へ向かう。
だが。
足を止めた。
「……アルヴィンさん?」
下を見る。
この塔にはまだ人がいる。
先ほど逃げてきた冒険者。
怪我をして動けない者。
それに。
「勇者は蘇生できますが」
「はい?」
「死体が残らなければ蘇生できません」
リナが顔を引きつらせた。
「まさか」
「探しながら下りましょう」
「やっぱりそうなりますか!」
◇
階段を駆け下りる。
「た、助けてくれ……」
「右!」
リナが叫ぶ。
崩れた壁の下に男がいた。
足が瓦礫に挟まれている。
「今行きます」
瓦礫を持ち上げる。
「えっ」
男がこちらを見る。
「足を抜いてください」
「あ、ああ!」
引きずり出す。
足から血が出ている。
「彼の者に癒しの雫を。ヒール」
「歩けますか?」
「なんとか!」
「では下へ!」
「ありがとう!」
男が走っていく。
「アルヴィンさん!」
「はい!」
「次の階段、たぶん長く持ちません!」
「どのくらいです?」
「そんなの――」
リナが一瞬黙る。
階段を見る。
亀裂。
崩れ方。
「……15秒くらい!」
「分かりました」
「たぶんですよ!」
「十分です」
「その信用の仕方怖いんですけど!」
走る。
途中に2人。
「歩けますか?」
「俺は大丈夫だ! こいつを!」
片方が肩を押さえている。
「リナさん」
「この人だけ治してください! もう1人は歩けます!」
「分かりました」
治療。
その間にも、天井が崩れる。
「あと8秒!」
「終わりました」
「早い!」
2人を下へ向かわせる。
私たちも走る。
「あと3秒!」
階段を渡り切る。
直後。
背後で崩れ落ちた。
「…………」
「…………」
「本当に3秒でしたね」
「今それ言います!?」
◇
下る。
助ける。
また下る。
途中で魔物も出た。
「左! 人に届くまで5秒!」
「はい!」
蹴る。
「次、右! 4秒!」
「風よ。ヒューイ!」
飛ばす。
「その人は歩けます!」
「こちらは?」
「無理です!」
「分かりました」
治す。
走る。
塔が崩れていく。
それでも。
最初に上っていた時より。
ずっと早く下りていた。
「アルヴィンさん!」
「はい!」
「前!」
崩れた床。
その先に。
人の腕が見えた。
「勇者です!」
瓦礫をどける。
先ほどの勇者だった。
全身がひどく焼けている。
だが。
身体は残っている。
「生きてます?」
「いいえ」
「…………」
「ですが、これなら蘇生できます」
「持っていくんですか?」
「はい」
「ですよね!」
勇者を背負う。
「重くないですか?」
「大丈夫です」
「そういう問題じゃないんですけど!」
再び走る。
◇
地上が見えた。
「出口!」
リナが叫ぶ。
人々が外へ逃げている。
最後の階段を駆け下りる。
塔を出た。
「外!」
「はい」
「やった!」
リナが息を吐く。
私は背負っていた勇者を地面へ下ろす。
周囲を見る。
負傷者。
倒れている者。
泣いている人。
露店もいくつか潰れていた。
すでに塔の一部が落ちたらしい。
「アルヴィンさん」
「はい」
「とりあえず、離れましょう」
リナが塔を見上げた。
私も見る。
「…………」
「…………」
塔が傾いていた。
「アルヴィンさん」
「はい」
「あれ」
「落ちますね」
「ですよね!?」
塔の上部が大きく崩れる。
大量の瓦礫。
街へ。
人へ。
露店へ。
一斉に落ちてくる。
「逃げろー!」
誰かが叫んだ。
人々が走り出す。
だが。
間に合わない。
すでに怪我をして動けない人もいる。
私は上を見る。
「これをどうにかしないといけませんね」
「どうにかって!?」
「吹き飛ばします」
「吹き飛ばすって、アルヴィンさん上級魔法使えないでしょう!?」
「はい。使えません」
「じゃあどうするんですか!」
考える。
風。
いつも使っている。
だが。
この量を吹き飛ばすには。
「『週刊・冒険入門』第42刊」
「はい?」
「『魔法はしっかり詠唱しましょう。その方が強いから』」
「今それ!?」
「リナさん」
「何ですか!」
「あの瓦礫を吹き飛ばせる限界まで、あと何秒ですか?」
「そんなの分かるわけないでしょう!」
「大体で構いません」
「大体って!」
リナが空を見る。
落ちてくる瓦礫。
高さ。
速さ。
距離。
「え、ええと……」
目を細める。
「2秒!」
「分かりました」
「たぶんですからね!」
「十分です」
「え?」
杖を構える。
息を吸う。
ちゃんと詠唱する。
いつ以来だろう。
「天を巡る風よ」
空気が動く。
「我が声を聞き、その身を束ね」
杖の先へ。
風が集まっていく。
「吹き荒れ、押し返し、我が前にあるものを遠くへ運べ」
瓦礫が迫る。
「アルヴィンさん!」
「風よ――」
杖を振る。
「ヒューイ!」
風が爆発した。
◇
音が消えた。
いや。
聞こえなくなっただけかもしれない。
暴風。
落ちてきていた瓦礫が。
止まる。
次の瞬間。
一斉に吹き飛んだ。
塔の残骸が空へ舞い上がる。
大きな石も。
折れた柱も。
砕けた壁も。
何もかも。
街とは反対側へ。
遠くへ。
飛んでいった。
「…………」
「…………」
風が止む。
静かになった。
「リナさん」
「…………」
「大丈夫ですか?」
「……ヒューイ?」
「はい」
「今のが?」
「はい」
「初級魔法ですよね?」
「そうですね」
「初級魔法って、塔の瓦礫全部吹き飛ばせるんですか?」
「しっかり詠唱しましたので」
「そういう問題じゃないでしょ!」
周囲の人たちも、こちらを見ている。
「…………」
「…………」
「アルヴィンさん」
「はい」
「見られてます」
「そうですね」
「めちゃくちゃ見られてます」
「困りましたね」
「なんで困るんですか!」
その時。
空から何かが落ちてきた。
ひらひら。
ひらひら。
紙。
「……?」
手を伸ばす。
1枚の紙切れが、手のひらへ落ちた。
「何ですか?」
「少し待ってください」
焦げている。
端も破れている。
だが。
文字が残っていた。
『――職業ごとに、人は驚くほど似た行動を選択する。
神父は人を癒し。
冒険者は未知へ進み。
勇者は――』
そこで破れている。
「…………」
「何て書いてあるんです?」
「続きがありません」
「破れてるんだから当たり前でしょう」
紙を裏返す。
まだ少し読める。
『では、本来の役割とは異なる行動を選び続けた場合――』
その先も。
ない。
「…………」
「アルヴィンさん?」
「気になりますね」
「何がです?」
「続きです」
「今それ気にします?」
「はい」
紙の上部を見る。
小さく。
タイトルの一部が残っていた。
『――Another Edition』
「…………」
「どうしました?」
「リナさん」
「はい」
「Another Editionです」
「え?」
「これ」
紙を見せる。
リナが覗き込む。
「……これだけ?」
「……のようです」
「本体は?」
周囲を見る。
ない。
塔も。
ない。
「…………」
「…………」
「アルヴィンさん」
「はい」
「もしかして」
「はい」
「さっき全部吹き飛ばしました?」
「…………」
遠くを見る。
空の彼方へ、小さな紙が何枚か舞っていた。
「その可能性はありますね」
「…………」
「…………」
「少し」
「はい?」
「泣いてもいいでしょうか」
「好きにしてください」




