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第16話 勇者は確かに強かった

 階段を上る。


 先ほどから聞こえていた声が、だんだん近くなってきた。


「おらっ!」


 ガンッ!


 大きな音。


「もうちょいだ!」


「勇者様、本当にやめませんか?」


「今さら何言ってんだよ」


 声の主たちが見えた。


 男が3人。


 女が2人。


 その中心にいる男が、大剣を振り上げていた。


 目の前には、次の階へ続く扉。


 すでに何度も叩かれたのか、大きくへこんでいる。


「その扉を壊すのは、おやめなさい」


「あ?」


 大剣を持った男が振り返った。


 こちらを見る。


 次に私の服を見る。


「神父?」


「はい」


「何しに来たんだよ」


 リナが前へ出た。


「あなたたちが扉を壊して、魔物を下に流してるせいで大変なことになってるんです!」


「だから?」


「だからって……怪我人がたくさん出てるんですよ!」


「冒険者だろ?」


 男が大剣を肩へ担ぐ。


「魔物くらい自分で倒せばいいじゃん」


「あなたたちが倒すはずだった魔物でしょう!」


「なんで俺たちが、あんな雑魚をいちいち全部倒さなきゃいけねえんだよ」


「そういう塔だからでしょう!」


「だから面倒なんだって」


 リナが言葉を失う。


 男の隣にいた仲間が笑った。


「勇者がこんな塔で律儀に雑魚狩りする意味ないでしょ」


「なあ?」


「後ろから来る冒険者もいるんだから、そいつらに任せればいいじゃん」


「…………」


「それにさ」


 勇者が笑う。


「勇者でもねえ奴らが、俺たちと同じところまで登ってくるのも気に食わねえんだよ」


「だから魔物を下へ?」


「そういうこと」


「…………」


「こっちは魔王倒すためにこの世界に呼ばれてんの。雑魚の相手するためじゃねえから」


「確かに」


「え?」


「Another Editionを早く手に入れたいお気持ちは、私にも痛いほど分かります」


「……Another Edition?」


 勇者が眉を寄せる。


「なんだそれ。高く売れんのか?」


「え?」


 私は勇者を見る。


「ご存じないのですか?」


「知らねえよ」


「…………」


「アルヴィンさん」


「はい」


「Another Editionにつられてるの、アルヴィンさんだけですから!」


「そうなのですか?」


「今更ですか?!」


「…………」


 少し残念だ。


「とにかく」


 リナが勇者たちを見る。


「もう扉を壊さないでください」


「は? なんでお前らに指図されなきゃいけねえんだよ」


「ですから」


 私は勇者を見る。


「おやめなさい」


「話聞いてた?」


「聞いていました」


「なら分かるだろ」


「分かりませんでした」


「は?」


「あなたが勇者であることと、他の方へ魔物を押しつけていいことに、どのような関係があるのでしょうか」


「…………」


 男の顔から笑みが消える。


 隣で、リナが小さく息を吐いた。


「アルヴィンさん」


「はい」


「たぶん、正論言えば通じる相手じゃないです」


「そうですか」


「聞こえてるぞ!」


「すみません」


「謝るな!」


 勇者が大剣を握り直した。


「もういい。こんなのに付き合ってらんねえ」


「では、下へ戻っていただけますか?」


「違えよ!」


 勇者が扉へ向き直る。


「さっさと上行くって言ってんだよ!」


 大剣を振り上げる。


「おやめなさい!」


 だが。


「おらあっ!」


 大剣が扉へ叩き込まれた。


 ガンッ!


 扉が大きくへこむ。


「ちょっと!」


「うるせえ!」


 ガンッ!


 金属が軋む。


 蝶番が外れる。


「もう一発!」


 勇者が大剣を振り下ろした。


 轟音とともに、扉が塔の内側へ倒れた。


「ほら」


 勇者が笑う。


「これで雑魚倒さなくて済むだろ」


 誰も動かなかった。


「何だよ」


 勇者が仲間を見る。


 仲間たちは、壊れた扉の向こうを見ていた。


「……勇者様」


「ん?」


「あれ」


 暗い室内。


 その奥。


 何かが動いた。


 大きい。


 今まで見てきた魔物とは明らかに違う。


 ゆっくりと前へ出てくる。


 床を踏むたび、鈍い音が響いた。


「へえ」


 勇者が笑う。


「やっとそれっぽいの出てきたじゃん」


「アルヴィンさん」


 リナが小さく言う。


「はい」


「強そうですよね」


「そうですね」


「どのくらい?」


「分かりません」


「珍しいですね」


「初めて見ますので」


「それ、かなり嫌な答えです」


 魔物が姿を現した。


 勇者の何倍も大きい。


 太い腕。


 身体を覆う硬そうな皮膚。


 手には巨大な棍棒を持っている。


「行ってくるわ」


 勇者が大剣を構える。


「待ってください」


「まだ何かあんのかよ」


「相手の様子を見た方が」


「ビビってんの?」


「いえ」


「なら見てろよ」


 勇者が踏み込んだ。


 速い。


 先ほどまでの態度とは違う。


 大剣を両手で振り上げ、一気に魔物との距離を詰める。


「くらえ!」


 大剣が振り下ろされる。


 魔物が棍棒を上げた。


 ぶつかる。


 大きな音が響いた。


「おっ……!」


 勇者の大剣が押し戻される。


 だが、すぐに踏み直す。


「結構やるじゃん!」


 横薙ぎ。


 魔物が受ける。


 今度は身体をひねり、そのまま斬り返す。


 勇者は確かに強かった。


 少なくとも、今まで見てきた冒険者とは違う。


 それでも。


「アルヴィンさん」


「はい」


「押されてません?」


「そうですね」


 勇者の攻撃を、魔物はほとんど受け止めている。


 逆に。


 魔物が棍棒を振った。


「っ!」


 勇者が大剣で受ける。


 次の瞬間。


「ぐっ――!」


 勇者の身体が浮いた。


 そのまま壁へ叩きつけられる。


「勇者様!」


「っ……いてえな!」


 立ち上がる。


 まだ動ける。


「舐めんな!」


 また向かう。


 大剣を振る。


 魔物が受ける。


 棍棒が振り下ろされる。


 勇者がかわす。


 そのまま懐へ入り込む。


「もらった!」


 大剣を腹へ叩き込む。


 鈍い音。


 魔物が少しだけよろめいた。


「ほら見ろ!」


 勇者が笑う。


 だが。


 魔物の腕が動いた。


「え?」


 拳。


 勇者の腹へ直撃した。


「がっ……!」


 身体が折れる。


 そこへ。


 棍棒が横から振り抜かれた。


 勇者が吹き飛ぶ。


 床を何度も転がり、壊れた扉の近くまで戻ってきた。


「勇者様!」


 仲間の1人が叫ぶ。


 勇者はすぐには起き上がらなかった。


「……っ」


 腕をつく。


 震えている。


「おい……」


 何とか顔を上げる。


「何見てんだよ……」


 仲間たちは動かない。


「加勢しろ! 補助魔法もだ!」


 返事がない。


「早く!」


 魔物がこちらへ歩いてくる。


 ドン。


 ドン。


 一歩ずつ。


「おい! 魔法!」


 魔法使いらしい女へ叫ぶ。


「撃てよ!」


「む、無理……」


「は?」


「こんなの聞いてない!」


「何言ってんだよ!」


「無理よ! 勇者があんなに簡単に……!」


 勇者が、今度は別の女を見る。


「回復!」


「…………」


「早く治せ!」


 女が後ずさる。


「おい」


 さらに一歩。


「何してんだよ」


 女が背を向けた。


「え?」


 走る。


 階段を下へ。


「おい!」


 それを見た他の仲間たちも、次々に後を追った。


「ちょっと待て!」


 誰も止まらない。


「おい!」


 勇者が叫ぶ。


「戻ってこいよ!」


 足音が遠ざかっていく。


「ふざけんな!」


 勇者が立とうとする。


 だが、足に力が入らない。


 倒れる。


「くそ……!」


 魔物が近づく。


 勇者が大剣を探す。


 少し離れたところに落ちている。


 届かない。


「おい……」


 魔物が棍棒を持ち上げる。


「待てって……」


 勇者の顔から、完全に余裕が消えていた。


「アルヴィンさん」


 隣でリナが声を出す。


「はい」


 私は杖を握った。


 魔物の棍棒が、ゆっくりと振り上げられていく。


 その下で。


 勇者が動けずにいた。

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