第15話 左!3秒!
階段を駆け上がる。
上からは、魔物の鳴き声と人の叫び声が途切れず聞こえていた。
「アルヴィンさん」
「はい」
「さっきみたいに飛んだ方が早くないですか?」
「それでは途中にいる方を見落としてしまいます」
「……あ」
「魔物もそのまま下へ行ってしまいますし。今回は階段で行きましょう」
「アルヴィンさんが初めてまともに見えました!感動してます!」
上へ急ぐ。
しばらく進むと、壁際に2人の冒険者が倒れていた。
「大丈夫ですか?」
「た、助けてくれ……」
1人は肩から血を流している。
もう1人は足を押さえ、立ち上がれずにいた。
私は足を止める。
「アルヴィンさん」
「はい」
「どのくらいかかります?」
「すぐです」
「じゃあお願いします」
肩を負傷している男へ手を当てる。
「彼の者に癒しの雫を。ヒール」
光が傷を包み、流れていた血が止まる。
続けて、もう1人の足を見る。
「少し触りますよ」
「あ、ああ」
腫れた足へ治癒をかける。
「立てますか?」
男が恐る恐る足をつき、何度か踏みしめた。
「ああ……いける」
「では下へ向かってください」
男が私を見る。
「でも、上に仲間がいるんだ。魔物が流れ込んできて、途中ではぐれた」
「どの辺りですか?」
「分からない」
「分かりました。見つけたら助けます」
男は少し黙ったあと、頭を下げた。
「頼む」
「はい」
2人が階段を下っていく。
「行きましょう」
リナが先に駆け出す。
「リナさん」
「何ですか?」
「治療を止めるかと思いました」
「そんなことしませんよ。でも、全員ここで完全に治してたら、原因のところに着く前に怪我人がもっと増えます」
「…………」
「歩けるくらいまで治したら下へ。それでいきましょう」
「なるほど」
「原因を止めれば、これ以上怪我する人も減るでしょう?」
確かに。
目の前の人を治すことばかり考えていたが、怪我人を生み続けている原因そのものを止めればいい。
「リナさん」
「はい」
「頭がいいですね」
「今気づいたんですか?」
「酒場でも仕事が早かったです」
「褒めるなら、あとでエールでも奢ってください」
「えぇ。おいしいエールを飲みましょう」
再び階段を上る。
その途中にも、何人かの冒険者とすれ違った。
歩ける者は下へ。
重傷者だけ治す。
リナが状態を見て、私が必要な者だけ治療する。
いつの間にか、役割が分かれていた。
◇
「アルヴィンさん!」
リナが前を指差す。
逃げてくる冒険者が3人。
その後ろから、4体の魔物が追ってきていた。
「右の2体から!」
「右?」
「先頭の人に追いつくまで4秒です!」
私は右へ走る。
1体目の顎を杖で跳ね上げ、そのまま2体目の腹へ蹴りを入れる。
「次、左奥! あと3秒!」
振り返る。
確かに、別の1体が冒険者へ迫っていた。
「風よ。ヒューイ」
風が直撃し、魔物が塔の壁へ叩きつけられる。
「最後! まだ5秒あります!」
残る1体へ走り、拳を叩き込む。
冒険者たちはそのまま階段を駆け下りていった。
「……すごいですね」
「だいたいですけどね」
「酒場で時間を読むのが得意っていっていたので知っていましたが、ここまでわかるなんて!」
「私もこんな使い方したことないですから。でも、速さと距離を見てたらなんとなく」
「なるほど」
「そんな感心してる場合じゃないですよ。次、来ます!」
さらに上る。
また魔物。
「左です! あの人まで6秒!」
「分かりました」
「その次、右! 4秒!」
私はリナの指示通りに動く。
倒す。
次。
また倒す。
「次は?」
「正面! あと3秒!」
「はい」
気づけば私は、魔物を見るだけではなく、リナの声まで聞いてから動くようになっていた。
◇
さらに上ったところで、今までより一回り大きな魔物が階段を駆け下りてきた。
その前を冒険者たちが逃げている。
「アルヴィンさん! 右の1体、あと5秒!」
「はい!」
先頭を倒す。
「左! 4秒!」
次。
「その奥! 3秒!」
また次。
だが。
「リナさん!」
「え?」
最後の1体が、逃げる冒険者ではなくリナへ向きを変えた。
「ちょっ――」
リナが鍋の蓋を構える。
魔物が一気に距離を詰める。
「リナさん!」
遠い。
間に合わない。
「……来る」
リナが呟いた。
魔物の後ろ足が沈む。
「3……」
身体が前へ傾く。
「2……」
地面を蹴る。
「1――」
その瞬間。
魔物の動きが、鈍った。
「…………?」
遅い。
いや。
一瞬だけ。
止まったようにも見えた。
リナも目を見開いている。
次の瞬間、魔物が再び動いた。
「リナさん!」
地面を蹴る。
今度は間に合った。
魔物の横腹へ蹴りを入れ、外壁へ叩きつける。
動かなくなったのを確認してから、リナへ駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「……はい」
リナが鍋の蓋を下ろし、自分の手を見る。
「今、何かしました?」
「え?」
「魔物の動きが」
「……遅くなりましたよね?」
「私には、一瞬止まったように見えました」
「…………」
リナが倒れた魔物を見る。
「私、何もしてないです」
「何も?」
「いつ来るか数えてただけです」
「時間を?」
「はい。ずっとやってたみたいに」
「…………」
「何ですか、その顔」
「いえ」
「何か知ってるんですか?」
「知りません」
「アルヴィンさんでも?」
「はい。私も見たことがありません」
リナが、もう一度自分の手を見る。
「……何だったんだろ」
「分かりません」
「怖いこと言わないでください」
「すみません」
「謝られると余計怖いです」
しばらく2人で黙っていたが、上からはまだ魔物の鳴き声が聞こえている。
「行きましょう」
リナが鍋の蓋を拾った。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないですけど」
一度息を吐く。
「原因を止めるんでしょう?」
「はい」
「だったら行きます」
「無理はしないでください」
「それ、アルヴィンさんにも返します」
「分かりました」
「本当に?」
「努力します」
「やっぱり信用できない!」
◇
さらに上へ進む。
そこで。
「……アルヴィンさん」
「はい」
「これ」
リナが指差した先。
扉が壊れていた。
開いているのではない。
片側が大きく歪み、蝶番ごと外れている。
「魔物が壊したんですかね?」
「どうでしょう」
扉と、周囲に散らばった破片を見る。
壊れ方がおかしい。
「妙ですね」
「何がですか?」
「中から外へ壊れたようには見えません」
「…………」
リナが扉を見る。
「外から?」
「そのようですね」
さらに上る。
次の扉も。
その次も。
同じように壊されていた。
「全部?」
「そのようです」
「誰がこんなことを……」
その時。
上から声が聞こえた。
「ったく、面倒くせえ塔だな!」
私とリナは顔を見合わせる。
「今の」
「聞こえました」
「いちいちこんな雑魚倒して、扉開けんのダルすぎだろ!」
別の声が続く。
「こんなの真面目にやってられっか!」
ガンッ!
何かを叩く大きな音。
「勇者様、もうやめた方がいいんじゃ……」
「うるせえ!」
また音が響く。
「俺たち勇者だぞ?」
リナが私を見る。
「……勇者?」
「そのようですね」
「冒険者どもと同じように、ちまちま雑魚倒して登ってられるかっての!」
「そうだそうだ!」
「ていうか、勇者でもねえ奴らが俺たちと張り合って登ってくるのがムカつくんだよ!」
「全部ぶっ壊して、魔物は下に流しとけ。後ろの奴らが勝手に倒すだろ! さっさと先に行こうぜ!」
ガンッ!
また扉を叩く音がした。
「…………」
「アルヴィンさん」
「はい」
「原因」
私は階段の上を見る。
「見つかりましたね」




