第14話 神父だから
次の階へ向かう階段を上る。
左には塔の外壁、右を見れば、遥か下に街が広がっている。
そして頭上には、塔を大きく取り巻きながら上へ続く階段。
「やはり遠回りですね」
「まだ言ってるんですか?」
「はい」
「塔ってそういうものじゃないですか?」
「ですが、次の階段はあそこですよね」
頭上を指差す。
今いる場所より高い。
しかし、距離だけならそれほど遠くない。
「……そうですね」
「ここから直接行けば早いのでは?」
「直接って……? 直接行けないから階段があるんじゃないですか?」
私は階段の外側を見る。
「アルヴィンさん」
「はい」
「何で外を見るんですか?」
「少し考えていまして」
「嫌な予感しかしないんですけど」
今いる階段。
その上を通る階段。
さらにその上。
塔の外周を歩けばかなりの距離になるが、真上に行くだけならそう遠くはない。
「なるほど」
「何がなるほど?」
「やってみる価値はありますね」
「何がっ!?」
「リナさん」
「いやいやいや……嫌です」
「まだ何も言っていませんよ」
「その顔で分かります!」
リナが後ずさる。
「普通に登りましょう」
「ですが時間がかかります」
「レベル上げは!?」
「はい?」
「私のレベル上げはどうなったんですかー!?」
「…………」
「今忘れてましたよね!?」
「ある程度上がったのではないでしょうか」
「知らないですよ!」
「昨日よりは強くなっています」
「それで済ませる気ですか!?」
「それに」
上を見る。
「Another Editionが待っています」
「やっぱり本が目的じゃないですか!」
「もちろんリナさんの成長も大切ですよ」
「もう信じない!」
私は階段の外側を見る。
「では、ここから行きましょう」
「どこへ?」
「上です」
「どうやって?」
「外から」
「…………」
「リナさん?」
「意味が分からない」
「上の階段まで跳びます」
「ムリムリムリムリ」
私はリナの前にしゃがむ。
「背中にどうぞ」
「嫌です」
「危ないですよ」
「だから行かないんです!」
「大丈夫です」
「その言葉、最近すごく嫌いです!」
リナが階段の外側を見る。
遥か下に街がある。
そして私を見る。
「絶対嫌です」
「分かりました」
「よかった……」
リナを抱える。
「っ?! 何も分かってない!」
「しっかり掴まってください」
「降ろして! 降ろして降ろして!」
階段の手すりに立つ。
「待って待って待って!」
「行きます」
「行かないでぇぇぇ!」
地面を蹴った。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
階段の外側へ飛び出す。
足元から塔が離れる。
「何してるんですかぁぁぁ!」
「跳んでいます」
「それは分かってるーー!」
身体は斜め上へ進む。
しかし、このままでは塔から離れていく。
「では」
「では!? 神父に殺されるーー!」
空いた手を塔とは反対側へ向ける。
「風よ。ヒューイ」
風を放つ。
その反動で身体が塔側へ押し戻された。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
そのまま上の階段へ着地する。
「…………」
「着きました」
「…………」
「リナさん?」
返事がない。
腕の中を見ると、目を固く閉じていた。
「着きましたよ」
「……い、生きてる?」
「生きています」
「地面ある?」
「あります」
そっと足を下ろす。
リナが階段に四つん這いになった。
「地面……」
「階段です」
「今はどっちでもいい!」
見下ろす。
かなり下に、さっきまで歩いていた階段が見える。
「随分短縮できましたね」
「二度とやらないでください」
「もう少し上にも行けそうです」
「聞いてます!?」
私はさらに上を見る。
「次は」
「次はじゃない!」
「大丈夫です」
「嫌です!」
「1度も2度も差はないでしょう」
「そればっかり!」
どうやら気に入ってはもらえなかったらしい。
◇
その後。
結局もう一度だけ試した。
結果、今回も無事に着地したが、リナにはひどく睨まれた。
「……アルヴィンさん」
「はい」
「私、もう絶対やりませんからね」
「そうですか……いい案だと思ったのですが……」
随分上まで来た。
正確な階数は分からないが、先ほどの休憩所はかなり下にある。
「やはり早いですね」
「私は寿命が比例して短くなってます」
「回復しますか?」
「そういうのも治せるんですか?」
「無理ですね」
「じゃあ言わないで!」
今度は普通に階段を上る。
しばらく進んだ時だった。
上から。
ドドドドドド――。
低い音が響いた。
「…………」
リナが私を見る。
「アルヴィンさん」
「はい」
「今の」
「私ではありません」
「本当に?」
「何もしていません」
「もう信用しませんからね!」
再び。
ドドドドドド――。
今度は先ほどより近い。
何かが大量に走っているような音。
「……何でしょう」
「また嫌な予感が……」
階段の先から、人影が現れた。
「逃げろ!」
大量の冒険者が走ってくる。
負傷している者も多数いた。
「どうしました?」
「上だ!」
1人の男が私たちの前で止まり、息を切らしている。
片腕からは血を流し、片足を引きずっていた。
「上がおかしい!」
「何があったんですか?」
「魔物の集団が降りてきてる! 上の階の扉が壊されてるって言ってた」
「壊されている?」
「扉が壊れてるから、魔物がどんどん下の階で合流して降りてくるんだ」
リナの表情が変わった。
「何体くらいですか?」
「知らねえよ! 数えてる場合じゃなかった!」
私は男の腕を見た。
「見せてください」
「は?」
「腕です」
「いや、そんなことしてる場合じゃ――」
「彼の者に癒しの雫を。ヒール」
光が傷を包む。
血が止まり、傷が閉じていく。
「……治った」
「足もですね」
「お、おう……」
足にも治癒をかける。
「ありがとうございます」
「上にはまだ人がいますか?」
「いる」
男の顔が曇った。
「かなりいるはずだ。俺も仲間と一緒だったけど、途中ではぐれた」
「そうですか」
私は上を見る。
「行きましょう」
「待ってください」
リナが私の腕を掴んだ。
「リナさん?」
「今の話聞いてました?」
「はい」
「魔物が上から降りてきてるんですよ?」
「そのようですね」
「じゃあ下りましょう」
「ですが上に困ってる人がいます」
「分かってます」
「でしたら」
「だからって、なんでアルヴィンさんが行くんですか? アルヴィンさんは神父でしょ? 勇者じゃない」
「……そうですね」
なぜだろう。
そう聞かれると、うまく答えられなかった。
確かに私は勇者ではない。
この塔を守る者でもない。
上にいる人たちと知り合いなわけでもない。
下へ逃げたところで、誰かに責められることもないだろう。
それでも。
助けを求める声を聞いて、下へ降りるという選択はなぜか思いつかなかった。
「アルヴィンさん?」
「……神父だから、ですかね」
「私に聞かないでください!」
「すみません」
「神父だからって何でも助けに行かなきゃいけないんですか?」
「どうでしょう」
「どうでしょうって!」
私にも分からない。
父から教えられたからなのか。
15年間、そうしてきたからなのか。
それとも。
最初からそういうものだったのか。
困っている人を見ると、放っておく方が難しい。
理由を考えるより先に、身体が動く。
「ですが」
「何ですか」
「助けられるかもしれません」
「かもしれないでしょう?」
「はい」
「だったらもう少し自分のことも考えてください!」
本気で怒っている。
いつものツッコミではない。
「アルヴィンさんが神父なのは知ってます。でも神父だからって、怪我してもいいわけじゃない。死んでもいいわけでもないんです」
「……はい」
「なんでも神父だからで終わらせないでください!」
その言葉に、少しだけ胸が引っかかった。
「神父だからで……」
なぜそこまで怒るのか、一瞬だけ分からなかった。
でも。
もしかすると、私のことを心配しているのだろうか。
そう思うと、少し不思議な気分になった。
「確かに、リナさんの言う通りかもしれません」
「だったら――」
「ただ」
私は上を見る。
「勇者に任せるのは、もうやめましたので」
「……だからって」
なぜか、少しだけ笑ってしまった。
リナは何か言いたそうにしていたが、それ以上は何も言わなかった。
上から再び音がする。
ドンッ。
何かが壁にぶつかった。
続いて。
「助けてくれ!」
悲鳴。
私は杖を握る。
「リナさん」
「……何ですか」
「ここで待っていてください」
「は?」
「危険ですから、私だけで行きます」
「ちょっと待ってください」
「何かあれば下へ――」
「今まで散々連れ回しておいて」
リナが鍋の蓋を握った。
「危なくなったら置いていくんですか?」
「そういう意味では」
「じゃあ行きます」
「危険ですよ」
「知ってます」
「リナさん」
「私だって、さっきまで魔物と戦ってたんですから」
「それはレベル上げで」
「レベル上げは忘れてたくせに!」
「忘れてはいません」
「絶対忘れてた!」
一瞬。
いつもの調子に戻る。
だが。
リナの顔は真剣だった。
「行きます」
「…………」
「一緒に」
私はリナを見る。
本当なら、ここに置いていった方がいい。
その方が安全だ。
でも、さっき言われた言葉が残っている。
なんでも神父だからで終わらせないでください。
私は神父だ。
それは間違いない。
では。
神父でなかったら。
私はどうするのだろう。
今はまだ分からない。
「分かりました」
「はい」
「私から離れないでください」
「アルヴィンさんもです」
「私も?」
「勝手に1人で突っ込まないでください」
「分かりました」
「本当に?」
「努力します」
「そこは約束してください!」
私は階段の上を見る。
先ほどまでは、ただ早く登りたいだけだった。
今は違う。
「行きましょう」
「はい」
上から、また大きな音が響いた。




