表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄嫁が婚約者と愛の逃避行!? 赤ん坊を置いて持ち出した物、全て返して頂きます!  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/33

5 追いかける!

 少しして、グレイヴスが御者のハリスを連れて戻ってきた。

 ハリスはまだ息が整っていない。帽子を両手で握りしめ、扉のところで立ち止まる。


「お嬢様、申し訳ありません」

「謝罪は後。どこで降ろされたの」

「南の古橋の手前です」

「なぜ」

「シャーリーン様が、気分が悪いから少し外の空気を吸いたいと。馬車を止めました。するとそこに、男の方が」

「クリス様ね」

「はい。フェンウィック家のクリス様でした。私は驚きまして」

「それで?」

「クリス様が、自分で御者をすると。私は戻るようにと。シャーリーン様も、今日はもう帰らなくていい、旦那様には私から言う、と」

「それで帰ったの?」


 ハリスは顔を伏せる。


「おかしいとは思いました。ですが、シャーリーン様はこの家の奥様で、クリス様はお嬢様の婚約者で……」

「それはそうね」


 責めるには弱い。確かにその組み合わせなら、御者は逆らいにくい。


「荷物は」

「小さな旅行鞄が二つ。ひとつはシャーリーン様のもの。もうひとつは、クリス様が持ってきておりました」

「大きさは?」

「膝に乗るくらいです」


 ジェイが口を開く。


「では、長旅の支度ではありません」

「そうなの?」

「兄は服にうるさい。逃げるにしても、王都まで行くなら大きなトランクを使います」

「シャーリーン様もよ」


 私はうなづく。義姉は美しい人だった。

 いや、今でもそれは否定しない。金色の髪を結う飾り紐ひとつにも、必ず文句を言う人だ。袖口のレースの幅が少し違うだけで、半日機嫌が悪くなる。

 その人が、小さな旅行鞄ひとつで遠くへ行くとは思えない。


「では、近場ね」

「はい」


 ジェイはハリスを見る。


「南の古橋を渡ったあと、二手に分かれますね。右は王都街道。左は湖沿いの道」

「はい」

「どちらへ向かいましたか」

「左です」

「湖沿い」


 私は思わず眉を寄せる。


「あちらには大きな街はないわ」

「宿はあります」


 ジェイが言う。


「湖畔の白鹿亭。兄は以前、狩りの帰りに泊まったことがあります。景色がいいと気に入っていました」

「シャーリーン様が好きそうね」


 風光明媚。湖。小洒落た宿。駆け落ちにはたいそうお似合いだ。

 赤ん坊を置いていった後の宿としては、反吐が出るほど似合わない。


「何時間前?」


 ハリスが答える。


「朝の九つ半頃です」

「今は」

「昼を少し過ぎました」


 三時間ほど。馬車なら、まだ追いつける距離だ。

 ジェイを見る。


「行ける?」

「すぐに」

「グレイヴス、ベスは」

「用意できております」

「ジェイ様の馬は?」

「門にあります」


 さすがだ。来た時点で、追うつもりだったらしい。

 すると兄が椅子から立ち上がる。


「私も行く」

「駄目」

「アマンダ」

「兄さんはヘンリーを見て」

「だが、私の妻だ」

「だからよ」


 兄の手が止まる。


「兄さんが行ったら、シャーリーン様は泣くわ。たぶん綺麗に泣く。退屈だったとか、寂しかったとか、女として見てほしかったとか、そういうことを言う。兄さんは聞いてしまう。聞いてしまったら、この子を置いていったことまで、あの人の寂しさにされる」


 兄は何も言わない。


「それは駄目」


 私は言う。兄の指が、机の端に触れる。ぎゅっと握るわけでもない。ただ、触れている。


「私は、ヘンリーの代わりに怒りに行く」

「……アマンダ」

「兄さんの代わりにも」


 それからジェイを見る。


「それと、自分の分もね」


 ジェイは短くうなずく。


「私も、フェンウィック家の分を持って行きます」

「それは重そうね」

「かなり」


 初めて、ジェイの口元がほんの少し動いた。

 笑った、というほどではない。けれど、それで十分だ。


「では行きましょう」

「はい」


 扉へ向かう。出る直前、兄が呼んだ。


「アマンダ」


 振り向くと、兄は眼鏡の奥から、まっすぐこちらを見ている。まだ顔色は悪い。

 けれど先ほどより、ほんの少しだけ目に力が戻っている。


「無茶はするな」

「無茶をするのは、あの二人よ」

「分かっている」

「私は回収に行くだけ」


 兄はそこで、困ったように息を吐いた。


「お前は本当に、頼もしく育ったな」

「兄さんが育てたのよ」


 そう返すと、兄は何も言えなくなる。

 それでいい。今は、それでいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ