表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄嫁が婚約者と愛の逃避行!? 赤ん坊を置いて持ち出した物、全て返して頂きます!  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/33

4 兄さんは悪くない

 書斎に戻ると、兄はまだ椅子に座っていた。

 膝の上で両手を組んでいる。けれど指先が落ち着かない。右の親指が、左の親指の爪を何度も擦っている。


「兄さん、赤ちゃんは眠ったわ」

「ああ」

「ルーシーが見ている。メアリーも呼ばせた」

「ありがとう、アマンダ」

「だから謝らないでってば」

「礼だよ」


 そう言われると、少し困る。私は返事をせず、テーブルの上の手紙をジェイに差し出した。


「これが、シャーリーン様の手紙よ」

「拝見します」


 ジェイは受け取る。立ったまま読む。速い。けれど雑ではない。ひとつひとつの文を、目で押さえていっている。

 最後まで読み終えると、もう一度、上から下まで目を通し、それから便箋を畳んだ。


「兄の名があります」

「ええ」

「兄の筆跡ではありません」

「そこは見れば分かるわ」

「兄は、こちらには何も書き残していないのですね」

「少なくとも、兄さんは受け取っていない」


 兄を見る。すると小さく首を横に振る。


「クリス君からは、何も」

「こちらにはこれが」


 ジェイは懐から紙を出した。封筒はない。折った紙だけだ。


「読んでも?」

「どうぞ」


 私は紙を受け取る。字は知っている。婚約者だった男の字だ。

 妙に大きく、勢いだけはある。本人は男らしい字だと思っていたようだが、私は時々、羽根ペンが気の毒になる字だと思っていた。


 ――父上、母上、申し訳ありません。

 ――私は家を出ます。

 ――どうか探さないでください。

 ――ジェイなら、私の代わりを務められるはずです。

 ――いずれ落ち着いたら、すべてお話しします。


 以上。


「……こちらの方が短いわね」

「はい」

「しかも、私のことが一文字もない」

「そこは、私も気になりました」


 気になった。その程度で済ませるのが、ジェイらしい。

 私は紙をテーブルに置く。


「クリス様は、私との婚約を忘れて出て行ったのかしら」

「忘れてはいないでしょう」

「では、わざと書かなかった?」

「その可能性が高いと思います」

「どうして」

「書けば、自分が婚約者を捨てたことを認めることになるからです」


 なるほど。アマンダという婚約者の名を書かなければ、彼の手紙の中ではただの家出になる。シャーリーンの名もない。

 つまり、誰を連れて行ったかも書いていない。自分が何をしたのか、紙の上から消している。


「便利な手ね」

「兄は昔から、都合の悪いものは少し横に置きます」

「横に置かれても、こちらには落ちてくるわ」

「申し訳ありません」

「だから、あなたが謝るところではないって」


 ジェイは一度、口を閉じる。それから兄に向き直った。


「ウィリアム様」

「はい」

「兄が、このようなことをしました。フェンウィック伯爵家の一員として、まずお詫びします」


 兄は慌てて顔を上げる。


「いえ、ジェイ殿が悪いわけでは」

「それでも、兄は私の兄です」


 ジェイは頭を下げる。深く、きちんと。

 兄は困っている。こういう時、兄は本当に困る。怒るより先に、相手の立場を考えてしまう人だからだ。

 だから私は口を挟む。


「ジェイ様。謝罪は後でいいわ」

「はい」

「兄さんも、受け取るかどうかは後でいい」

「アマンダ」

「今ここで丁寧に頭を下げ合っても、逃げた二人は止まらないでしょう」


 兄は黙る。ジェイも何も言わない。よろしい。


「まず確認するわ。シャーリーン様はどこから出たの」


 扉の外に控えていたグレイヴスが、すぐ答える。


「裏手の馬車口です。今朝、奥……シャーリーン様が、少し王都の仕立屋に手紙を出したいとおっしゃって、小型の馬車を出させました」

「御者は?」

「ハリスです。ですが」

「ですが?」

「途中で降ろされたようです。つい先ほど、徒歩で戻ってきました」

「呼んで」

「すぐに」


 グレイヴスが出ていく。私は兄を見る。


「兄さん、知らなかったのね」

「ああ。今朝はヘンリーがぐずっていて、シャーリーンが少し出ると言った時も、私は」


 そこで兄の声が止まる。ヘンリー。

 甥の名が出た瞬間、胸の奥が痛む。兄とシャーリーンの子。まだ母親の腕を探す、小さな子。


「兄さんは悪くない」

「だが」

「悪くない」


 強く言う。

 兄は目を伏せる。そのまま膝の上の指を見ている。

 泣くなら泣けばいい。ただ、この人はたぶん今は泣けない。

 赤ん坊を抱いて、家の者に指示を出されて、客が来て、謝られて。泣く場所まで奪われている。

 だから余計に腹が立つ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ